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三章 祐二の過去とこれから
………祐二の独白①
しおりを挟む僕が「優夜」になったのは
──そう、あの日を境の事だった。
その時僕は14歳。まだ中学ニ年生の頃だった。
呼び鈴の音──そして佐伯さんは玄関へと向かった。
そう──僕はその時佐伯さんの部屋に住んでいた。
新宿の街に倒れたところを助けてもらい、病院に入れて貰った。
そして退院後──どこにも行き場の無かったこの僕を、佐伯さんは部屋に置いてくれていたのだった。
「やあ熊田原君、待っていたよ。どうぞ上がってくれたまえ」
「はいオーナー、お邪魔します」
僕は黙ったまま、佐伯さんの部屋を訪れたその男の人に頭を下げた。
「祐二君、紹介しよう。彼は私の店のひとつ、BLUE BIRDS のマスター、熊田原君だ 」
「あら、こちらが噂の祐二君?佐伯オーナーの秘蔵っ子ね。確かに中々の美形だわ」
──熊田原って、僕は思わず吹き出しそうになってしまった。瞬間、熊とダルマを連想してしまったのだ。
熊ダルマ──その人の風貌からして、実に言い得て妙な苗字だった。
「秋本祐二です。よろしくお願いします」
「あらあなた、今私の名を聞いて笑い出しそうになったわね?いいのよ笑っても。私は慣れてるんだから♪」
「いえ、そんな……」
BLUE BIRDS のマスターはとても気さくな笑顔を見せた。僕は申し訳無ささに下を向く。
どうやら見た目のいかつさに反比例して気の良さそうな、優しそうな人だった。
「熊田原君、君に来て貰ったのは他でもない。実はこの祐二君のことなんだが、どうしても私の下で働かせて欲しいと言う事なんだ」
「え?佐伯さん、だってこの子、まだ中学生でしたわよね ?」
「ああ、それが色々と事情が有ってね」
「まあ……」
熊田原マスターは絶句し、ただただ佐伯さんと僕を交互に見渡す。僕はたまらず口をはさんだ。
「僕が無理やりお願いしたんです。他に何も出来ませんから……」
「それにしたってあなた…」
「まあ熊田原君、事情はおいおい私の方から話すとして、とにかく指導の方をよろしくお願い出来ないかな?」
「それは……はい、オーナーのご命令とあれば……」
「差し当たって仕事について貰うとなると、けじめの上からも私の部屋へ住まわせておく訳にはいかない。今後は BLUE BIRDS の寮に入って貰おうと思っているのだがね」
「ええっ!BLUE BIRDS に立たせるおつもりなんですか?それはいけません!未成年者ですよ?摘発されたら大変ですわ!」
マスターは驚愕に声を荒らげた。
「働かせていただけるなら何でもします!」
僕は恐縮に肩をすぼめる。
「おいおい待ちたまえ、いくらなんでも中学生を二丁目の店には出せない。それに義務教育はちゃんと済ませて貰うよ。客筋のコネが利く私立を知っているんだ。君にはそこへ転入して貰おうと思ってる 」
「私立なんてそんな……」
「金の事なら大丈夫だ。ちゃんとその分は稼がせて貰うよ。それなら君も気が済むのだろう?」
「……はい」
「熊田原君、いくら商魂逞しい私でもこの子を二丁目の店に立たせる気は無い。それはあまりにも危険だ。
普段は寮から中学に通わせ、仕事は土曜の夜だけ手伝って貰おうと思ってる。衆目にさらす必要の無いところでね」
「なるほど、白馬会ですね? 」
「その通りだ」
二人は意味ありげな視線を交わしたが、僕には意味が分からなかった。
「白馬会?それは何ですか?」
「仕事の詳細は後で熊田原君から説明があるだろう。特殊な仕事だがは覚悟は出来ているね?」
「はい」
「熊田原君、指導は君が専門だ。よろしく頼む」
「はい、あの、それで源氏名は?」
「そうだな、あまり本名と掛け離れない方が馴染みやすいと言うものだ。
ゆうや……そう、ゆうやという響きは登録済みかね?」
「ゆうやですか?ええっと、裕介に優太、友一ならいますけど……そうですね 、ゆうやと言う子は今いませんね」
「それならそれに決めよう。 そうだな、見た目が儚げだから、優しい夜と書いて優夜と言うのはどうだろう?」
「あら、素敵じゃありませんか」
「よろしい、決まりだ。
祐二君、今日から君は白馬会の優夜だ。いいね?」
(優夜……僕の新しい名前)
それが僕にとってのもう一人の自分──
「優夜」との出会いだった。
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