昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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二章 再会は胸を締め付ける

No,59 宿命の行為

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(今俺の目の前にいる祐二は何も変わらない。俺の知ってる、あの頃のままの祐二だ)


 祐二の両手をそっと握りしめ、明彦は静かに語りかけた。

「祐二、慌てているんだろ?
俺が突然目の前に現れたりしたから」

「え、そんな事ない。僕は何も慌ててなんかいない」

「おまえの考えている事ぐらい俺には容易に察しがつく。おまえの気持ちは、あのパリでくれた手紙のまま何も変わってはいない。
俺に迷惑の掛かる事を恐れるのか、それとも自分の過去が俺との再会を邪魔するのか……」

 何気なさそうに明彦の手を振りほどく祐二──。

「何を言っているのか分からないよ。ただ僕はもう、昔の事は全て忘れた……」

 微笑みを浮かべながらそう答える祐二だったが、その唇は怯えたように引きつり、そっと伏せたまつ毛は微かに震えていた。

「自分と関わっちゃいけないって、おまえは俺にそう書き残して姿を消した。だけどそれは全くの思い違いだ祐二!
覚えているか?二人の家を買うために俺は頑張るんだって 、祐二のためだからこそ俺は頑張るんだって!あの時、おまえにそう約束したじゃないか」

「そんな事、有ったっけ…」

 祐二は無表情に、抑揚の薄い声でそっと答えた。

「白い椿の花が咲く俺たち二人の家だよ。そのために俺は郷田の家に入った。だけど、結果はそのせいでおまえに辛い思いをさせてしまった。許してくれ、本当に俺のせいでおまえは……」

 祐二は言葉に詰まった。
 何か言えば途端に涙がこぼれそうだ。

(アキ兄ちゃん言わないで!それ以上は、もう何にも言わないで!)

 懸命に耐える祐二に向かい、明彦はさらに言葉を繋げる。

「俺に必要なのは祐二、おまえだけだ!家を買っても、そこに椿を植えても、おまえがいなければ何の意味も無いんだ」

「…………」

「家なんていらない!祐二、おまえと一緒にいたい!そのためなら俺は豪田の跡取りの立場も、物産での仕事も、何もかも全部捨ててしまったって構わないんだ!」

 裕二の唇がピクリと動いた──小さく肩をすぼめる。


(アキ兄ちゃん!だめだ、もう僕は耐えられない !)


──瞬間、裕二の身体から力が抜けた。
 必死に表情をつくろい、平静を保とうと張り詰めていた緊張がふわりと飛んだ。

 遠くを見詰める虚ろな瞳。
 独り言のように呟いた。

「今……何時?さっき三時の時計が鳴った……
お茶を、お茶を入れなきゃ」

 まるで自分自身に言い聞かせるようにそう呟くと、祐二は突然階下に向かい、不自然なほど大きな声でタキの名前を呼び始める。

「タキさん!タキさん!!」
「祐二どうした?!」
「お茶を!三時のお茶を入れなくちゃ!」

 突然ベッドから飛び起きると、祐二は明彦を振り払いドアへ向かう。
「祐二!!」
 明彦は慌てて後ろから祐二を抱き止めた。
 しかし祐二は力ずくでそれに歯向かい、なおさらにドアをどんどん叩いた。
「タキさん!タキさん!」

 ただ事ではない裕二の様子に明彦も戸惑う。
「落ち着け祐二!タキさんは今さっき帰った。とにかく落ち着くんだ!」

 音を立てて絡み合う二人。
 抱き締めようとする明彦に対し、祐二は力まかせに必死の抵抗を見せた。

「嫌だ!離せ!もうこんなの沢山だ!」
「祐二なぜだ!どうしたんだ祐二!」

 一度に押し寄せた止めどない涙に、祐二は顔をぐしゃぐしゃにゆがめて嗚咽した。

「離せ!もう、何も話すことはないんだから!」
「祐二!!」

 明彦が強引に祐二のあごを掴んだ──自分の方へと向き直らせる。
 驚きに顔をそむけようとする祐二──その頬を両手で抱えると突然、明彦は思いの全てをぶつけるがごとく、激しく祐二の唇を奪った。


(祐二!!)
(あ!)


 幼馴染み?
 幼少の頃から兄弟のように育った二人。

 
──明彦と祐二の初めての
くちづけ


 それは、これからの二人の新しい関係を決定付ける宿命の行為だった。
 

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