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二章 再会は胸を締め付ける
No,52 佐伯との対峙 ⑨
しおりを挟む「分かりました。ここからは僕も祐二ではなく、あくまでも優夜の話としてお聞きしましょう」
「優夜は頭の良い子です。教えられた事はどんな事でも一度で吸収し、さらに自分なりに消化する。
駆け引きと心配り。薄情と厚情の使い分け。この商売に必要なあらゆるノウハウを彼は驚くほど短期間に自分のものとしました。
何よりも貴重なのは、この商売に有りがちな媚びを売る卑屈さや荒んだ乱れを全く感じさせない、天性の気品とも言える独特の個性でしょうかね。優夜は瞬く間にうちの看板となりましたよ 」
明彦はパリ・オペラ座で見せた優夜の和服での所作、流暢なフランス語でのやり取り、そして公爵邸で踊った見事なワルツのステップなど、そうした数々の場面を思い返してみた。
確かに、その優雅にして完璧な立ち居振る舞いを見知っている者としては、その優夜への高い評価を受け入れざるを得ない。
──今初めて、明彦の中で祐二と優夜が結び付いた。
佐伯は明彦の顔色を伺いながら静かに話を続けた。
「今ここでその名を明かす訳にはいきませんが、優夜に付いた客は全て一流の上客ばかりです。皆さん、優夜を心から慈しみ、病気の事も承知の上で無理もさせず、身体をいたわって下さる方ばかりだった」
「…………」
黙りこくり、明彦はただ歯を食いしばるしかなかった。
「優夜は恵まれていたと、私は思っているのですがね」
「……それで、優夜は本当に幸せだったのでしょうか……」
「どう考えても、あんな暴力的な父親の元にいるよりは遥かに良かったと私は思います。
あの獣のような男があの子に何をしたか、先程お話したでしょう?そんな残虐な事実をあえて貴方にお話したのは、彼の心の傷を共有して頂きたいと思ったからです。
彼は……生まれて初めての相手が父親だったのです。しかもまだ幼く何も知らないところに無理やり力ずくで!」
「やめてください!!分かりました!もういいです!」
明彦はがっくりと肩を落とした。納得なのか妥協なのか、言葉を無くしてうなだれる。
明彦の肩に佐伯は手を置き、独特の優しげな声で話し掛けた。
「お教えしましょう、あの子の居場所を」
「佐伯さん」
「優夜は貴方達の故郷、帆ノ崎におります。どうか少しも早く会いに行ってやってください」
「え!帆ノ崎?どうしてあの町に……」
「驚くのも無理はないですね。
実はある篤志家が彼の静養のためにどこか良い場所はないかと持ち掛けて下さり、本人の希望も有って故郷の帆ノ崎に小さな家を借りて貰ったのです。
ご存知の通り静かで空気も良く、彼の静養には最適な町です。実はここ数年間、彼は東京と帆ノ崎を行ったり来たりして過ごしているのですよ、なにせ新幹線が出来て近くなりましたからね」
「確かに帆ノ崎は僕たちにとって懐かしい町です。
佐伯さん……あなたにこんな風に感謝する事になろうとは、本当に思いもしなかった……」
明彦の脳裏に今まで語られた長く複雑な話が脈絡もなく渦巻く──この分では、今夜はとても眠れそうにない明彦であった。
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