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一章 黄昏のパリは雪に沈む
No,29 明彦の変化
しおりを挟む明彦と祐二はいつだって一緒に、まるで肩を寄せ合うように生きて来た。
他人が見たらきっと頼っているのは一方的に祐二の方で、明彦はいかにも祐二を助け、守っているかのように見えたかも知れない。
けれど事実は違っていた。
祐二こそが明彦の生きる張り合いであり、夢でもあった。
明彦は病弱な祐二を慰め、励ます時、常にそれを自分自身にも言い聞かせて来たのだ。
苦しい時、辛い時──そんな時こそ祐二をかばい、守り抜くためだからこそ挫けること無く、明彦自身が遺憾なく力を発揮する事も出来た。
他にも大勢いる施設の仲間たちの中で、特に明彦と祐二だけが選ばれたように強い絆で結ばれ、寄り添って生きて来た事実は特筆すべき事柄とも言える。
だが見様によっては、それは当然至極な成り行きとも言える──まるで宿命のように。
何かにつけ身体をいとわなければならない祐二は、いつも周りの仲間達から一歩遅れた存在として育って行った。
そんな祐二にはどうしても常に気を配ってくれる存在が必要だったし、その役割を明彦が買って出るのも、祐二の発見者としては自然な成り行きだと周りは受け止めていたのだ。
実際、時々面会者の訪れる他の仲間達の中にあって、明彦と祐二のような全くの孤児には当然、訪れる人も皆無だった。
似たような境遇の二人が互いだけを心の支えに、まるで兄弟のように生きて来たのも容易に理解出来る。
いや、実際の兄弟の多くがその存在の意味を無意識に送っている事を鑑みると、正に彼らは兄弟以上の関係だったとも言えるかも知れない。
そんな二人の関係が微妙に変化し始めたのは明彦14歳、いわゆる思春期と言われる季節の真っ只中にいた頃からだ。
その頃の祐二はまだ10歳前後で、ようやく小学校も高学年に差し掛かろうと言う年頃だったが、病弱のためか、その精神と感性は妙に大人びた雰囲気を持つ少年へと育っていた。
そして何より、祐二は年を追うごとに、美しい少年へと成長していたのだった。
いつの日からか、明彦にはそんな祐二の姿が徐々に眩しく、そして切ないほど愛おしいものへと変わって行った。
けれど明彦のそんな想いは、決して祐二の美しい容姿ゆえに変化して来た訳では決してない。あくまでも祐二への兄弟愛に似た思いが、少しずつその質と形を変化させて来たに過ぎない。
一般に──恋が愛に変わる、と言われる。
恋は束の間だが、愛は不変だ──とも言われる。
ところが明彦の場合、幼い頃からの祐二に対する紛れもない深い「愛」が、思春期を迎えていつしか、胸を締め付ける「恋」へとすり変わってしまったのだ。
祐二に対する切ない想いと自分自身への大きな戸惑い──。
その不可解な感情を自覚してからと言うもの、明彦はその悩み多き思春期に苦しまざるを得なかった。
そんな或る日、明彦の元に豪田家からの養子縁組の話が持ち上がった。
豪田家からの申し出は将来に有益なだけでなく、実は祐二への不安定な感情に思い悩む明彦に対して、ひとつの道筋を示唆してくれた。
──当分のあいだ祐二と離れて暮らせば、きっと訳の分からないこんな不自然な気持も昇華され、以前のように祐二の事を冷静に、弟のように考えられるように戻れるかも知れない。
今や何ものにも代え難い程に想いを寄せる祐二と離ればなれに暮らす事は、明彦にとって身を切られるように辛い事ではあった。
が、しかし明彦は決心した。
それが二人の将来にとっても最善の方策と信じた。
(豪田家との縁組は俺のような孤児にとって一生に一度のチャンスだ。俺は必ず成功を収め、やがて祐二と一緒に……!)
──1975年。
明彦、15歳の時であった。
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