昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,28 二人の生い立ち

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 明彦が育った児童施設は、日本海に面した帆ノ崎と言う小さな町に建っていた。

──1964年。
 一人の年端も行かない男の子が何の置き手紙もなく、施設の前に置き去りにされた。
 男の子は涙のひとつも見せず、名を尋ねると幼いながらもしっかりと答えた。

──かとうあきひこ。

 そして年齢を尋ねると、男の子は黙って指を四本立てた。
 だからこう言う施設の子供には有りがちなように、あきひこの正確な生年月日を知る者は誰一人としていない。つまりあきひこの誕生日は、施設に入所したその日とされている。
 ただ、自身で指を四本立てた申告は受け入れられた。その後の身体検査においても、その年齢は妥当だと判断されたのだ。

「かとうあきひこ」との氏名についても「かとう」はおそらく名字として一般的な「加藤」であろうと──ただし「加東」や「河東」の可能性も否めない。
 そして「あきひこ」と言う名前も「昭彦」なのか「秋彦」なのか定かではなかったが、時の園長は日の光、月の光のように明るく育って欲しいとの願いを込め、男の子に「明彦」との文字をあてた。

 明彦には施設に入る前の記憶がまるで無かった。
 4歳と言えばもう相当に知能も記憶もはっきりしている筈だし、ましてや明彦は幼い中にも何か才気を感じさせる非凡な子供だった。
 にも関わらず、明彦は両親の事も、育った環境の事も、何ひとつまともには憶えていなかったのだ。
 おそらくこの施設に捨てられる直前、幼子には耐え切れぬ程の何か衝撃的な出来事に直面したのだろう──と、当時のカウンセラーは判断した。

 明彦はその名の通り、明るく活発に育って行った。誰の目から見ても、賢く利発な少年へと成長していた。
──誰一人として、真実明彦の心の奥に広がる果てしない孤独と、やりきれない程の寂しさに気付く者はいなかった。

 明彦はそんな少年だった。


────────────


──1966年。
 明彦が施設に入ってから2年目の厳冬──。

 誰よりも先にその泣き声に気付いたのは、当時6歳になる明彦だった。
 深々と雪の降りしきる深夜──その悲痛な泣き声に眠りの浅かった明彦ははっとした。
 上着だけを羽織り、パジャマのまま外に出た明彦が見たその光景を、彼は生涯忘れる事は無いだろう。

 一面を覆った雪が銀白色に淡い光を放つ園庭。風ひとつ無くゆっくりと舞い降りる無数の粉雪。
 そして、まるでこの雪が世界中の音を包み込んだのではないかと思える静粛な夜。
 門柱に付いた外灯の明かりの下で幼子がひとり雪を被り、うずくまりながら泣き叫んでいた。

 驚き、駆け寄る明彦。
 幼子も明彦の姿を見つけ、泣きながら明彦の元へ駆け寄ろうとしたが、そのあまりにもたどたどしい動作に足を滑らせ、前のめりに倒れ込んだ。

 抱き起こす明彦。
 幼子は明彦の腕の中で声を詰まられ、泣き続けた。

「大丈夫だよ、俺が来たからもう安心!全然平気だよ!」

 着ていた上着を脱ぎ、幼子の身体を包みながらそう言って励ます明彦。
 あまりにも悲惨な幼子の様子に、明彦も止めど無く大粒の涙をこぼした。


 悲しくて惨く、そして幼すぎる二人の──それが運命の出会いだった。


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