昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,20 悲しい会話

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「もう……そのくらいでいいだろ?離せよ……」

「祐二?」

 思いも掛けぬ冷淡な態度に、明彦は歓喜に湧いた気勢を削がれた。

「だから……離せ……」

 優夜は自分を抱く明彦の両手を振り解くと、ゆっくりと明彦の元を離れ、傍らに置かれた花瓶の生花を虚ろに見詰める。

「どう?変わっただろ……
もう、見る影も無いだろ……」

 そう言って優夜は、一輪の花を握り潰した。

「祐二……」

「何も聞かないんだね……
ふっ……そりゃそうか……こんな道化のような格好を見せられたんじゃ、何も言えないよな」

「祐二……それは……」

「何せこの身は社交会で浮き名を流す特殊な女……然るにその中身はとんでもない化け物だもんね。
ああそうか、とっくに僕の正体なんてご存知だったって訳か。懸命に演じていた僕がまるで馬鹿みたいだ。まさに道化だ」

「いや……今夜こうして会うまで確信は得られなかった。
本当に優夜が祐二なのかどうか」

「あはっ……ただの相似形だったら気楽だったのにね……
そうさ、僕の事さ!
侯爵自慢の日本人形。
パリの夜に咲く東洋の仇花。
口さがない人々が好奇と軽蔑を込めてささやく不埒な浮き名!
それが優夜……僕の事さ……」

「祐二」

「そんな名で呼ぶな!
僕はあんたの知ってるそんな男じゃないんだ!
見てみな?この顔、こんなにべったりと厚化粧してさ!どう?このドレス、結構いかすだろ?
ふふっ……ははっ……」

「知らなかったよ祐二。
まさかおまえがこんな境遇に生きていようとは……俺は何も知らなかった。
なぜ……どうしてこんな事に」

「だろうね……あれから何年?
素顔ですれ違ったってあんたにゃ分かりゃしないさ。僕の事なんてもうとっくに忘れていたんだろ?
だよね、豪田の御曹司にとっちゃ僕みたいな孤児、どうなったって知ったこっちゃないもんな」

「祐二、どうしてそんな悲しい事を言うんだ」

「だから!だからそんな名で呼ぶなって言っただろ!そんなの……今の僕の名前じゃない……」

「俺にとっておまえは祐二だ!優夜なんて……呼べない……」

「ふっ、僕は男娼の優夜さ。
僕だってそれなりに出世したんだ。綺麗な洋服を着て美味しい物を食べて、一介の孤児には考えられないくらい贅沢な暮らしを満喫している。
これでも侯爵様のお気に入りって事だし、このパリでは蝶よ花よとちやほやされてる!」

 そして優夜は、険の有る微笑みを明彦に向けた。

「もっとも、あんたには面白くも何ともない話だろうけど、これが僕の商売……僕の現実……
祐二だなんて……僕は、あんたの知っているそんな男じゃないんだ……!」

「…………」

 明彦は──押し黙るしかなかった。


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