昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,15 冷やかな優夜

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「何ですって?貴方そこいきなり失礼じゃありませんか!
僕は……」

 明彦が何か言いかけたその時、場内が一際大きくどよめいた。
 侯爵とその愛人、優夜の登場であった。

 はっとして振り返った明彦の目に映ったのは、今まさに侯爵に手を取られ、ホール中央の大階段を静かに降りてくる美しき優夜の姿だった。

 佐伯が苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「豪田さん、ここで失礼しますが今の話、とくとお考え下さい。
貴方のような立場の方にとって、あのような者との関わりはいずれ必ず汚点となりましょうから」

──が、今の明彦に佐伯の言葉など耳に入らない。その目を見開き、優夜の姿だけが明彦の心を奪う。

 今宵の優夜は象牙色の艶やかなドレスを身にまとい、腰まで届くその栗色の髪は華やかなウェーブを描いている。
 そしてその豊かな髪に挿した一輪の名花──左耳の上に飾った大輪の花は紛れもなく白き花椿であった。
──確か優夜は漆黒の断髪姿だった筈である。一体どちらが優夜の真の姿なのか──。

 一座に取り囲まれた侯爵と優夜はそれぞれに離れて場を移し、集まり来た人々と何やら談笑に花を咲かせる。
 明彦は圧倒され、為す術もなく立ち尽くすしかなかった。
──そんな明彦に一瞥もくれず、優夜はその存在さえ無視している様子だ。

 しかし明彦も決意した。優夜のそんな冷たい態度などものともせず、ゆっくりと真っ直ぐに歩み寄る。
 明彦の意識の中ではつい今しがた佐伯から言われた辛辣な言葉も消し飛び、ただ優夜の事だけがその思考を占領していた。


(確実に俺を意識している。それなのにそれを隠し、わざと俺から視線を外した)

──と、明彦は確信した。

 
 優夜の、あの周りに振りまく笑顔に帯びた憂愁。そしてスペイン扇で隠した唇の震え──その全てが、明彦には自分を意識し、動揺している心の現れとしか思えなかった。

 いよいよ間近に迫った明彦の真剣な眼差し──全身から発する燃える情熱に、ついに優夜も気付かぬ素振りなど出来ないところまで追い詰められた。

 ただ、じっと見詰め合う二人。


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