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一章 黄昏のパリは雪に沈む
No,12 彼女の正体
しおりを挟む侯爵邸での夜会の日。
昨夜中々寝付けなかった明彦は、昼近くになってようやく目を醒ました。
昨夜の彼女の様子が幾分気にはなったが、それでも一夜明ければ、やはり彼女と正面から会える期待で胸踊る明彦だった。
そしていよいよ夕刻時、夜会に出向く支度に忙しい明彦の元へ藤代が訪ねて来た。
「明彦さん、やはりお一人で出掛けられるのですか?」
「藤代さん、これは豪田物産とは関係なく、あくまでも僕個人の用向きなのです。どうかご心配はなさらないで下さい」
藤代は苦い顔をし、しばし沈黙していたが、思い切って語り始めた。
「明彦さん、例の女性について……ある程度の事は分かりましたが……」
「本当ですか?ありがとうございます。それで、彼女の名は?」
明彦は嬉々として藤代にたずねた。
「はい、名前は……優夜と言うそうです」
「ゆうや?」
「はい、優しい夜と書いて優夜と読ませるそうです」
「そうですか、優夜ですか。で、名字は?」
「はい、それが……名字は無く、ただ、優夜と言う事で……」
「え?」
一呼吸おいて、藤代が意を決した様子で話し始める。
「実は、その優夜嬢についてですが、好ましくない風聞を耳にしました。彼女はその……一応、侯爵の愛人と言うことで」
「え……愛人……」
明彦にとって、それは意外な事実ではなかった。
むしろそんな雰囲気はオペラ座で出会った時から既に感じていたし、それならばなるほど、昨夜のやけに大人びた様子も容易に理解出来る。
しかしその様な事実も、遥かに遠大な想いに駆られた明彦にとって、今やどうでも良い事だった。
それよりも明彦は、藤代の言った他の言葉に引っ掛かりを感じた。
「藤代さん、彼女が侯爵の愛人だと言う事は分かりました。
でも、藤代さん言うその一応……と言うのは何ですか?」
「問題はそれです。私が調べましたところ、彼女は侯爵が丸一年のの契約で日本から連れ帰った……その……娼婦だと言う話です」
「しょうふ……?それは……春をひさぐ娼婦の事ですか?」
「はい、その通りです」
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