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第1章 黄昏のパリは雪に沈む

No,10 辛辣な会話

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『まぁ、どうなさったのかしら?そんなに思い詰めたお顔をなさって』
 彼女は流暢なフランス語で青年に話し掛けた。

『私の気持ちはもう十分にご存知でしょう?
今宵こそは是非あなたと二人でお話がしたくて、ずっと機会を伺っていたのです』

『あら、そんな事に大切なお時間をお潰しになったの?困った方ね』

『愛しているのです、あなたの事を!片時もあなたの事を忘れ得ず、悲しみにこの胸は張り裂けんばかりなのです。
どうか、どうかその広いお心のほんの片隅にでも、私の想いを受け留めて下さる場所は無いのでしょうか?』
──どうやらこれは求愛らしい。明彦の全身が強張った。


(これは、とでもない場面に出くわしてしまったぞ。益々出るに出られない)


 彼女は事も無げに笑みを浮かべた。
『いけませんわ?そんな心にも無い軽はずみな事をおっしゃっては。
今のお話、楽しい遊興の場での粋な言葉遊びとしてお聞き流し致しましょう』

『いつでもあなたはそんな風にはぐらかす!
一度だって、あなたは私の話を真面目に受け取ってくれた事は無いんだ!』

『いいえ、わたくし、はぐらかしてなどおりませわ。冗談として済ませましょうと申し上げているのです。
貴方は、わたくし達の友人関係を壊しておしまいになるおつもり?』

『とんでもない、私はただ、この切なる想いを知っていただきたくて……』

『貴方って本当に世慣れず、物分かりの無い方ね。
良くって?わたくしのような者はね、初対面で一も二も無く承諾するか、或いは命を懸けられても永久に不承諾か、そのどちらかしか無いものなのよ?』

『そんな……』

『貴方とは一年もの間、本当に良き友人としてお付き合いして来ましたものを、どうして?
どうして今更、貴方を恋人などと呼べるでしょう。侯爵との契約もまだ残って折りますのに』

 彼女の物憂い気な様子に、青年は益々いきり立つ。
『あ、あなたのその残酷な言葉がどれほど私を傷付けるのか、あなたには思い遣りと言う心は無いのですか?』

『この一年の間、今の今まで、ずっと貴方を大切な友人として思い遣って来たではありませんか。
だから最初にわたくしは、冗談としてお聞き流し致しましょうと申し上げたのです。
それなのに、貴方はその助け舟をご自分で沈めてしまわれた』

『冗談なんてひとつも言っていない。あなたは侯爵との契約を持ち出しましたが、私は契約なんて考えていない。
私は、あなたを妻として迎えたいのです』

『まぁ、なんて物知らずな!
貴方はわたくしが何者なのか少しも理解していないのね!』


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