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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,7 思い掛けない招待

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 歌劇が終了し、劇場を去る人々がひしめく玄関ロビー。
 明彦は自分の気持ちを整理する事も出来ぬまま、ただ漠然と彼女の姿を探し求めた。
 そして一際目立つ大振袖のその姿を見付ける事は、いとも容易い事ではあった。

 が、しかし、全くの初対面で何のつてもない明彦が、一体どう言って声を掛ければ許されるものか──明彦は途方に暮れ、機転の利かぬ自分自身に苛立ちを覚えた。


(このままやり過ごしてしまったら、もう二度と会う事も叶わない!)


 明彦は人波をかき分けた。
 突如として彼女の前に姿を現し、いきなり声を掛けるしかなかった。
 それは明彦自身、全く思いもしない衝動的かつ大胆な行動である。

「突然で失礼します。私は豪田明彦と言う者ですが、あなたは、あなたのお名前は……」

 透かさず後ろに控えていた日本人らしき男が明彦の前に立ちはだかった。

「君!いきなり無礼じゃないか!」

 いきり立つ男の腕に手を伸ばし、彼女が無言でそれを押し止めた。
──男はやむなく、黙って引き下がるしかない。

 彼女が隣に立つ侯爵の耳元に何事かささやく。明彦は自分の犯したあまりの不躾に狼狽した。

「申し訳ありません!他意は無いのです。私はただ……」

 彼女は言葉を続けようとする明彦に左手を掲げてそれを制し、たったひと言だけ声を発した。


「明後日の夜会にご招待申し上げます。ぜひ、いらして下さいませ」


──全く予想もしていなかった成り行きに立ち尽くす明彦。
 そしてそんな明彦に振り返りもせず、白椿の美女は静かにその場を立ち去って行った──。


 明彦の奇行に気付いた藤代が慌てて駆け付けてきた。

「どうしました!侯爵の一行と何か有ったのですか?」

 いまだ我を失い、呆然とする明彦がつぶやくように言葉を漏らした。

「藤代さん、調べて下さい。あの人を……あの人のことを……」

「明彦さん?」

 藤代は唖然とした。いまだかつて、明彦が女性に関心を抱くなど全く無かった事である。
 そしてそれは厳しい養父の監視下のもと、凄まじいスケジュールの中ではそんな余裕などある筈も無い事と理解し、ある意味、明彦に対して同情心を抱いていた藤代だった。

(せめて日本に戻るまでの束の間、明彦さんに夢を見させて差し上げても罰は当たるまい)

 藤代はそう考え、決心して明彦に答えた。

「分かりました。どうぞお任せ下さい」

 底冷えのする夜半過ぎ──パリ・オペラ座の灯が今ひとつずつ消されていく。
 しかし運命の人とも思える巡り逢いを迎えて、その大きな期待と不安に燃え盛る若き明彦であった。


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