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第1章 黄昏のパリは雪に沈む
No,4 嬉しい電話
しおりを挟む冬のパリの朝日は冷たい。
(また祐二の夢をみた……この頃多いな……)
シャワーを済ませ、濡れた髪をかき上げながらバス・ルームを出ると、まるでタイミングを図ったかのように電話が鳴った。
(今日の会議についてか?)
明彦は無表情に受話器を取り、流暢なフランス語で応対した。
『明彦さん、お久しぶりです。藤代です』
『え、藤代さん?』
『昨夜こちらに到着致しました。本日より明彦さんと行動を共にさせて頂く事になります』
『本当ですか?それは嬉しいけど、全然知りませんでした』
『はい、私も社長から突然申し付かりまして……実はちょうど所用でブリッセルへ来ていたのです。昨夜は到着が遅かったので電話は控えたのですが、社長から連絡は無かったのですか?』
『連絡なんて何もありません、急で驚きました。でも藤代さんに来ていただけるなんて助かります。おそらく父なりの配慮なのかも知れません』
『社長らしいですね。明彦さんの事をいつも気に掛けていらっしゃいますから』
『そうでしょうか……』
藤代とは、明彦が豪田の家に引き取られて以来、ずっと世話役として働いてくれていた耕造の秘書の一人である。
未だ若年にも関わらず、その才気と信頼に値する性格は構造にいたく気に入られ、その期待は後継者である明彦の世話役を任せ切っている事でも十分に察せられる。
明彦にとっても藤代は大切な存在だった。
慣れない豪田家に入ってより常に親身に面倒を見てくれ、時には相談相手ともなってくれる頼もしき兄のような存在──取りも直さず、明彦にとって藤代は豪田家において唯一気のおけない存在だと言えた。
沈んでいた心に明るい気分が甦る。
『正直言ってこのところ気が重かったんです。今日の会議なんて僕ではしどころが無いし、明日の夜なんて接待オペラですよ?
藤代さんが一緒なら心強い。また以前のように頼りにさせて下さい』
『はい、お供させて頂きます。
実はこの藤代、明彦さんが豪田物産に入社した時点をもって、正式に明彦さん付きの秘書として任ぜられる事となりました』
『そんな、新入社員の分際で秘書だなんて!』
『全ては社長のご意思です。それに、私が明彦さんの世話役である事は今まで通り何ら変わりありません。このパリでの滞在中も及ばずながら補佐をさせて頂きます。何事もご遠慮なく、この藤代にご命じありますように』
『藤代さん、何だか言葉遣いが今までと違います。そんなに改まれたんじゃ僕、あ、いえ私も気軽には話せなくなる……』
『私に対するお気遣いは無用です。どうぞこれまでと変わらずお気軽にお話下さい。私の前では(僕)で一向に構いません。
ただ、つまり明彦さんは新入社員と言っても他とは違うと、そこだけはしっかりとご自覚下さい』
いよいよ豪田物産への入社を卒業後に控え、自分自身ばかりでなく、その周辺さえも刻々と変わり行くのを自覚せざるを得ない明彦であった。
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