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一章 黄昏のパリは雪に沈む

No,2 養子の責務

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 思えばこうして日本を離れるまで、明彦には全くと言って良いほど自分の時間が無かった。

 中学から高校時代──ただでさえ豪田家の子息と言う事で周りは明彦を特別視し、その上勉強一筋で部活動にも参加しない特異性は、確かに彼を近寄り難い存在として定着させるに十分だった。
 実際、明彦には親しく口を利く友人さえ、満足に作る余裕は持てなかった。

 規則正しい起床時間。朝食前のランニング。学校での授業。
 そして、帰宅すれば定刻通りにやって来る各種専門の家庭教師。
──学校の科目に留まらないそのハードな勉学は、毎日夜を徹して行われた。

 確かに彼は抜群の成績をもって高校を卒業し、傍目には前途洋々とも見えるのだが──しかし彼は常に自問自答するのだった。


(俺は一体何をやっているんだ。
俺は野心が有って豪田家に入った訳じゃない。なのに、こんな毎日で良いのか?
人生って、こんなものか……)


 明彦は、目標を見失っていたのだ。

 豪田家に養子として入った当初は、明彦にも確固たる目標と夢が有った。
──が、しかしその夢は数年前、ある出来事を切っ掛けに何もかも破綻してしまった。

 それからと言うもの、明彦は何を目的にこれからを生きて行けば良いのか皆目見当も付かず、訳もなく思い悩む事が多々有る。

 けれど結局答えはひとつ──。


(俺は父には逆らえない。身寄りのない俺の素養に目を掛け、引き取ってくれたのは父だ。
そして父は、この巨大な会社と家を俺に引き継がせるべく懸命になっている。
俺は、そんな父の期待に応えなければならない……)


 確かに幼少の頃より、明彦はそんな養父の厳しい教育にも耐え、また期待に添うだけの資質を持った優秀な少年だった。
 だがその期待は、同時に彼の人生に伸し掛かる責任の重さを自覚させ得るに十分過ぎる程の圧迫でもあった。

 そんな明彦がようやく自分の時間を持てるようになったのは高校卒業後に日本を離れ、養父の元を離れてからの事だった。


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