その乙女、天界の花園より零れ墜ちし者なれば ~お昼寝好き天女は、眠気をこらえながら星彩の柄杓で悪しき種を天の庭へ返す~

國居

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三粒目 黄金李 ~『貪欲は必ず身を食う』の巻~

その五 何が何でも金の李を手に入れたい人が、李畑にやってきました!

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「兄上、お気を悪くなさったのなら謝ります。申し訳ありません。内緒にしているつもりはなかったのですが――」
「父上が勇仁から買い取った金の李の種を、わたしが県令様に差し上げたことは、おまえも知っておろう。県令様は、たいそうお気に召して、もし再びこれが手に入ったなら、是非、刺史様に献上するようにとおっしゃっていたのだ! それなのにおまえときたら――それほどまでにおまえは、わたしの栄達を阻みたいのか?!」
「そ、そのようなつもりは――」

 ああ、この人は、友德様のお兄さんなのね。納得。いかにも大地主のご子息っぽいもの!
 こんなに私兵を引き連れてきて、いったい何をしようというのかしら?

「久しぶりに邸にもどってみれば、金の李を採ろうとして、また誰かが崖から落ちたらしいと下働きの者たちが話していた。ひと月前には、李が実をつけていたというではないか! なぜ、父上やわたしに知らせなかったのだ?! 惜しまず金を使って、早く収穫すべきであった。そうすれば、崖から落ちるような者を出さずにすんだはずだ」
「そ、それは、確かに――」
「李畑の管理はおまえに任せてきたが、金の李は別だ。わたしの方でなんとかする。そのために、今日は我が家の兵を連れてきた。まずは、弓の名手といわれる者に、射落とさせてみよう。
難しいようなら、崖の上から岩棚へ綱で人を下ろしてみるつもりだ。とにかく、今日中に金の李を持って帰る。おまえも手伝うのだぞ!」
「は、はい……」

 勝手なものね! 小作人や李畑の管理は、友德様に任せっぱなしで里にも寄りつかない人が、金の李だけは自分のものにしたがるなんて! 
 こんな人は、金の李にたぶらかされて泣きを見ればいいんだわ!
 彼が、しくじって悔しがる姿を思い浮かべ、つい、忍び笑いを漏らしてしまった。

「ん? な、なんだ、おまえは? いつからそこにいた! 何を笑っている?!」

 ようやく、友德様の隣にいるわたしに気づいた彼は、今度は暴言の矛先をわたしに向けてきた。あーあ……、目をつけられちゃったかしら?!
 わたしは、急いで悲しげな顔をして、気恥ずかしそうにうつむいた。

「ふん! 今さら殊勝な顔をしても遅いぞ! わたしを馬鹿にして笑っていただろう?! 怪しげな娘だ。その姿、どうやら旅の物売りのようだが、おまえは――」
「兄上、お止めください!」

 伸ばされた手からわたしを庇うように、友德さんが両腕を広げて前に出てくれた。

「この人は、深緑シェンリュさんといって、霊験あらたかな薬水を売りながら、旅をしていらっしゃる方です。静帆ジンファンが風邪をひいたようなので、薬水を分けてもらいました。ついでに、薬水で作物が元気にならないかと思い、李畑を見てもらっていたのです」

 薬水で、畑の作物を元気にする?
 慌てておかしな言い訳をしているだけのようにも聞こえるけれど、それって案外いい考えかもしれない。
 畑の作物にだって、気は流れているはずだ。それならば――。

「何?! 静帆が風邪をひいた?! それはいかん! 医師にはみせたのか?」
「この深緑さんがお持ちの薬水で、静帆は、咳も治まりすっかり良くなりました」
「そ、そうか……。これは、失礼した。わたしは、友德の兄で、文偉強ウェンウェイチャンと申す。深緑とやら、静帆の件、わたしからも感謝する……」

 あら、偉強様ったら、お顔に紅葉を散らしていらっしゃる。
 ちょっと、もごもごしたりして――。ふーん……。
 偉強様は、二つ三つ咳払いをすると、先ほどまでの変な威厳を取り戻し、大きな声で兵たちに命じた。

「と、とにかく、金の李を早急に射落とさねばならん。弓の用意ができたら、金の李を狙いやすい場所をおのおの探してみよ!」
「ははっ」

 四名の兵士が、それぞれ岩棚からの距離を目測しながら、金の李に射掛けやすい場所を探し始めた。
 岩棚を見上げると、金の李が葉を押し分けるようにして、その姿を衆目にさらしていた。
 日差しを受けていっそう明るく輝く金の李は、「射落とすことができるならば、射落としてみよ!」と、兵士たちを挑発しているかのようだった。
 やがて、兵士たちは、それぞれ場所を決め、矢を射る準備を整えた。

「よし! 順番に放て!」

 偉強様の号令で、一番離れたところに立つ兵士から矢を放ち始めた。
 名手というだけあって、どの兵士も李の木を大きく外すことはなかった。
 葉を落としたり、細い枝をかすめたりした矢もあった。
 しかし、残念ながら、全員が五本ずつ放ち終わっても、金の李を射落とすどころか、揺らすことすらできなかった。

 友德様やわたしと一緒に、李畑の柵の中で様子を見ていた偉強様は、明らかにがっかりした顔になり、後ろに控えていた兵士たちをじろりと見た。

「弓の名手が聞いて呆れるわ! 誰一人として、金の李を射落とせぬとは! おまえたちの中に、腕に覚えがある者はおらぬか?! 上手く射落とすことができれば、褒美をやるぞ!」
 
 兵士たちは、互いに顔を見合わせていたが、誰もが小さく首を振り、偉強様と目を合わせないように下を向いてしまった。
 しばらく待ってみたが、もう手を上げる者はいないと見て、偉強様が次の方法を試そうと、兵士たちに支持を出しかけたそのときだった。

「わたしに射させてください!」

 李畑の入り口の方から、声をかけた者がいた。
 えっ?! あれって、思阿シアさん?! へっ?!

 思阿さんは、私たちの方へ近づいてくると、偉強様に丁寧にお辞儀をした。
 あまりにも思阿さんが堂々としていたので、偉強様はすっかり気圧されてしまったようだ。
 
「お、おぬしは、な、何者だ?」
「わたしは、思阿と申します。諸州を旅し、詩作の修業に励んでいる者ですが、故あって、今はこちらの深緑さんの用心棒をなりわいとしております。いささか武芸の心得もございます。わたしに、あの金の李を射落とすことをお命じいただけませんでしょうか?」
「弓の名手といわれる者が、四人がかりで射掛けても射落とせなかったのだぞ! それをおぬしはできるというのか?」
「はい」
「よ、良かろう――、射てみよ! だれか、この者に弓と矢を貸してやれ!」

 李畑に控えていた兵士の一人が、思阿さんに弓と矢筒を差し出した。
 しかし、思阿さんは、弓と矢を一本だけ受け取り、矢筒は兵士に返してしまった。

「お、おぬしは、一矢で射落とすというのか?!」

 思阿さんは、呆れた顔で問いかける偉強様に、返事をする代わりにニヤリと笑いかけた。
 こういう顔をするときの思阿さんは――、無敵だ。
 思阿さんは、ここしかないとでもいうように、迷いなく足を進め、岩棚からけっこう離れた場所に陣取った。

 大きく息を吐き、矢をつがえ狙いを定めると、思阿さんは、力を込めてゆっくりと弓を引き分けて、矢を放った。
 よどみのない動きは、彼がかなりの手練であることを示していた。
 矢は、うなりを上げ、岩棚の李の木に向かってまっすぐに飛んでいった。
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