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プロローグ 寝過ごしちゃいまして……わわっ! まさか天界追放?!
その六 お昼寝して夢を見ている間に、裁定が下ったようです!
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すらりとした立ち姿のその人は、薄桃色の光に包まれて、柳の木の下に佇んでいた。
子豪様よりも少し広い背中が頼もしい。駆け寄って飛びつきたくなる。
その人は、左手に小さな花束を持っていた。
わたしへの贈り物だ。
嬉しくて、その人の名前を大きな声で叫ぶ。飛び跳ねて思い切り手を振る。
すると、その人は振り返り、わたしの名前を呼ぶ。何度も、何度も、……。
◇ ◇ ◇
「深緑! 深緑! これ、起きなさい、深緑!」
「は、はーい……」
目をこすり、ゆっくり起き上がる。少し名残惜しさを感じながら、目を開ける……。
あれっ? ここは……、どこだっけ? 天人寮の房……、じゃないわよね?
「しっかりなさい、深緑! 牢獄でお昼寝する者がおりますか?!」
「あっ?! あれ?! 雨涵姉様? なぜ、ここに?!」
わたしの肩をつかんで名前を呼んでいたのは、下天したはずの雨涵姉様だった。
姉様の後ろから、困り顔をした牢番の天人が、わたしの顔をのぞき込んでいた。
そうだ! わたし、紫微宮の牢獄に閉じ込められていたのだっけ!!!
「天帝様からのお使いがいらして、翠姫様とわたくしは人間界から呼び戻されたのです」
「わ、わたくしのせいです! わたくしが、うっかり青蛙の問いかけに答えてしまったから……」
「それは……、もういいのです。実は、人間界がちょっと困ったことになっていて、翠姫様もそろそろ戻らねばならないようねと、おっしゃっておいででしたから――」
人間界が、困ったことになっている? それって、もしや……。
「わたくしたちは、お召しに従い謁見の間に集まったのですが、牢番殿が、いくら呼んでも、そなたが起きぬと言ってきたので、天帝様のお許しを得て、わたくしが起こしに来ました。わたくしたちの留守に何があったのかは、お使いから伺っています。大変でしたね。さあ深緑、一緒に参りましょう。皆様がお待ちですよ!」
雨涵姉様とわたしは、牢番の天人に従って、謁見の間へと移動した。
相変わらず、謁見の間には楝色の薄い靄が立ちこめていた。
謁見の間にいたのは、翠姫様だけではなかった。
天空花園の始末を終えた、玄姫様と林杏姉様、そして、なぜか紅姫様や雅文までいた!
皆、玉座の方を向いて、静かに叩頭している。
あら? でも、蘭玲姉様の姿が見えない。翠姫様と一緒のはずなのに――。
わたしは、謁見の間付きの天人に引き渡され、最も玉座に近い場所に連れて行かれた。
わたしも皆様と同じように叩頭して、天帝様からのお言葉を待った。
やがて、靄が幾分濃くなり銀砂のような煌めきを放ち始めると、楽の調べとともに天帝様のお声が降りてきた。
「玄姫、そして林杏よ! 天空花園の後始末、大儀であった。焼き払ったところも、天水の力で、時を経ずして元の姿に戻るであろう。そして、翠姫、二度とこのようなことが起こらぬよう、手下の者たちをしっかり躾けるのだぞ、良いな?」
「ははーっ!」
お三方は、お声を合わせて天帝様に感謝と恭順の意を表された。
天空花園は、もとの姿に戻るのね。良かった……。
もう、わたしがお世話をすることは、二度とないかもしれないけれど……。
「さて、深緑!」
「は、はい……」
「天空花園が危機に瀕することになった責は、やはり主としてそなたにあるものと余は判断した。実は、ことの始末は、天空花園の修復だけでは、まだ足りぬのだ。この二日ほどの間に、人間界に落ちた種どもが、いろいろと悪さを始めおった。放っておけば、そこからまた新たな種子や株が広がり、彼の地に甚大な被害を及ぼしかねぬ――」
やっぱりそうか! 下天していらした翠姫様や姉様たちは、もしかすると、天界から落ちてきた天空花園の悪しき種が、人間界にはびこる様子をご覧になってしまったのかもしれない――。
何しろ、天界の一日は、人間界の一年に相当するのだもの。
きっと、何が起きたのかをお察しになって、急いで天界へ戻ろうとしてらしたのだわ。
「そこで、深緑。そなたは、これより下天し、人間界で悪しきものに姿を変えた、天空花園の花々を始末して参れ! 天の庭で生まれた花々は、どのように姿を変えても、必ずその内に天のものである証の『種核』をもつ。天水をつかってその『種核』を取り出し、天界へ返すのだ。返すべき種核は、全部で七つ。それらが、一つ残らず天界に戻ったとき、そなたの償いは終わる。これは、罰ではない。一人前の天女となるための修業だ。どれほどの歳月がかかろうとも、必ずやり遂げよ! それまでは、そなたが天界へ戻ることは叶わぬと思え!」
「ははーっ! 御意のとおりに!」
下天し、天水を用いて種核を天界へ返す――。いったいどうやるんだろう? 想像もつかないわ! 下天だって初めてなのに……。そんな難しいことを任されても……。でも、急がないと、どんどん悪しき質の花々が、人間界にはびこり増えてしまうのよね……。
天帝様ぁ、半人前天女には、あまりに重いお役目でございますってばーっ!
子豪様よりも少し広い背中が頼もしい。駆け寄って飛びつきたくなる。
その人は、左手に小さな花束を持っていた。
わたしへの贈り物だ。
嬉しくて、その人の名前を大きな声で叫ぶ。飛び跳ねて思い切り手を振る。
すると、その人は振り返り、わたしの名前を呼ぶ。何度も、何度も、……。
◇ ◇ ◇
「深緑! 深緑! これ、起きなさい、深緑!」
「は、はーい……」
目をこすり、ゆっくり起き上がる。少し名残惜しさを感じながら、目を開ける……。
あれっ? ここは……、どこだっけ? 天人寮の房……、じゃないわよね?
「しっかりなさい、深緑! 牢獄でお昼寝する者がおりますか?!」
「あっ?! あれ?! 雨涵姉様? なぜ、ここに?!」
わたしの肩をつかんで名前を呼んでいたのは、下天したはずの雨涵姉様だった。
姉様の後ろから、困り顔をした牢番の天人が、わたしの顔をのぞき込んでいた。
そうだ! わたし、紫微宮の牢獄に閉じ込められていたのだっけ!!!
「天帝様からのお使いがいらして、翠姫様とわたくしは人間界から呼び戻されたのです」
「わ、わたくしのせいです! わたくしが、うっかり青蛙の問いかけに答えてしまったから……」
「それは……、もういいのです。実は、人間界がちょっと困ったことになっていて、翠姫様もそろそろ戻らねばならないようねと、おっしゃっておいででしたから――」
人間界が、困ったことになっている? それって、もしや……。
「わたくしたちは、お召しに従い謁見の間に集まったのですが、牢番殿が、いくら呼んでも、そなたが起きぬと言ってきたので、天帝様のお許しを得て、わたくしが起こしに来ました。わたくしたちの留守に何があったのかは、お使いから伺っています。大変でしたね。さあ深緑、一緒に参りましょう。皆様がお待ちですよ!」
雨涵姉様とわたしは、牢番の天人に従って、謁見の間へと移動した。
相変わらず、謁見の間には楝色の薄い靄が立ちこめていた。
謁見の間にいたのは、翠姫様だけではなかった。
天空花園の始末を終えた、玄姫様と林杏姉様、そして、なぜか紅姫様や雅文までいた!
皆、玉座の方を向いて、静かに叩頭している。
あら? でも、蘭玲姉様の姿が見えない。翠姫様と一緒のはずなのに――。
わたしは、謁見の間付きの天人に引き渡され、最も玉座に近い場所に連れて行かれた。
わたしも皆様と同じように叩頭して、天帝様からのお言葉を待った。
やがて、靄が幾分濃くなり銀砂のような煌めきを放ち始めると、楽の調べとともに天帝様のお声が降りてきた。
「玄姫、そして林杏よ! 天空花園の後始末、大儀であった。焼き払ったところも、天水の力で、時を経ずして元の姿に戻るであろう。そして、翠姫、二度とこのようなことが起こらぬよう、手下の者たちをしっかり躾けるのだぞ、良いな?」
「ははーっ!」
お三方は、お声を合わせて天帝様に感謝と恭順の意を表された。
天空花園は、もとの姿に戻るのね。良かった……。
もう、わたしがお世話をすることは、二度とないかもしれないけれど……。
「さて、深緑!」
「は、はい……」
「天空花園が危機に瀕することになった責は、やはり主としてそなたにあるものと余は判断した。実は、ことの始末は、天空花園の修復だけでは、まだ足りぬのだ。この二日ほどの間に、人間界に落ちた種どもが、いろいろと悪さを始めおった。放っておけば、そこからまた新たな種子や株が広がり、彼の地に甚大な被害を及ぼしかねぬ――」
やっぱりそうか! 下天していらした翠姫様や姉様たちは、もしかすると、天界から落ちてきた天空花園の悪しき種が、人間界にはびこる様子をご覧になってしまったのかもしれない――。
何しろ、天界の一日は、人間界の一年に相当するのだもの。
きっと、何が起きたのかをお察しになって、急いで天界へ戻ろうとしてらしたのだわ。
「そこで、深緑。そなたは、これより下天し、人間界で悪しきものに姿を変えた、天空花園の花々を始末して参れ! 天の庭で生まれた花々は、どのように姿を変えても、必ずその内に天のものである証の『種核』をもつ。天水をつかってその『種核』を取り出し、天界へ返すのだ。返すべき種核は、全部で七つ。それらが、一つ残らず天界に戻ったとき、そなたの償いは終わる。これは、罰ではない。一人前の天女となるための修業だ。どれほどの歳月がかかろうとも、必ずやり遂げよ! それまでは、そなたが天界へ戻ることは叶わぬと思え!」
「ははーっ! 御意のとおりに!」
下天し、天水を用いて種核を天界へ返す――。いったいどうやるんだろう? 想像もつかないわ! 下天だって初めてなのに……。そんな難しいことを任されても……。でも、急がないと、どんどん悪しき質の花々が、人間界にはびこり増えてしまうのよね……。
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