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エピソード10、ボスとError

FGO【フリーゲームオンライン】プレイ中

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『はーっははは、よくぞ来たな冒険者たちよ!』
出口目前としたところに予想通り、大広間はあった。カーズ曰く、来た時にはなかった。急きょ作ったのだろう。洞窟ダンジョンなのに綺麗な円柱形な部屋である。ずいぶんな突貫工事をしたものだ。その中央の岩風台座で高笑いを響かせるモンスターが1匹。基本の型はゴブリンだが、私よりも少し大きいくらいの背丈に、ボロボロのマントを羽織っている。そばには顔に入れ墨をしたゴブリンシャーマンが錫杖を振っている。
「「わかんないー」」
汎用蛮族語がわからない二人が口を尖らせて言う。
「三文役者が言うようなセリフをほざきながらの高笑いよ」
「先輩、それはあんまりっすよ・・・」
わざわざ訳すような情報が入っているわけでもなし。訳しがいがないない内容である。
『そこの・・・・・・は大切な人質だ。即刻返却願おう!』
不格好な指は真っ直ぐに私を指していた。人質だったのならもう少し環境改善を頼みたい。あんな、いつ襲われてもいいような状態にしておかないでほしい。そして、運営が関わっているのなら人質の性別くらい選ぶべきである。PLのモチベーションがかなり変動する。
「「「・・・・・・」」」
「こっち見ないで・・・」
「だってw何言っているかわかんねーもんwww」
ただ、何となく察するものはあったようだ。
「えっと、返却しろと言ってるっす」
「私は本か、DVDか!」
ドカッと魔王の背中に回し蹴りを叩きこむ。そこで、ふと思い至ったんだが、
「ダンジョンのクリア条件ってそこの最高位モンスターの撃破が入ってる場合が多いのよね」
「そうなのですか?」
「結構ベタだけど、そうだな」
「お前、レベル調整とかされてるの?」
「されてないっすよ」
「そうなるとここに出現する最上位モンスター、あなたの可能性高いのよね」
「実際そうっすよ」
確か、魔王はレベル100越えでないと名乗れない称号である。
ドカ、バキ、ドゴォッ!!
「「「やっぱダメか」」」
「ダメに決まってるっす!」
魔法使わなかっただけ優しいだろう。カーズ以外に攻撃魔法が使えないが。それでも全員での蛸殴りは悪いことをした。
「助っ人になることが決まった瞬間、モンスターリストから省かれるっすよ。よかったっすね、先輩。俺、倒さなくっていいっすよ」
「それは残念だー」
「棒読み酷いっす!」
『無視するな!!!』
そろそろいい感じに怒ってきた。隠し要素だが、モンスターには理性ゲージというのが存在している。文字通り理性的な行動ができるかどうかを図るゲージで、数値が低くなるにつれて攻撃力が上がる代わりに知性が低くなる仕組みになっている。一見すると厄介極まりないゲージを作りやがりましたね状態になるが、これを魔法使いやリーダー格のモンスターに使用した場合には状況が一変する。
『野郎!ぶっ殺してやる!!』
『ボス!命令忘れております(涙)』
このように自分の技能をも忘れてしまうのだ。血走った眼のゴブリンリーダーがシャーマンの言葉で正気に戻ったのか?
「相当怒り狂ってるっすね」
「沸点低いんじゃないのww」
戻らなかったのに唖然とした聞き取り組はちょっと反応が遅れてしまった。
「来るぞ。下がって」
すかさず、カーズが前衛に立つ。前に出られるのはさすが剣士職ではあるな、と感心しながらもテンパるウォルを後ろに下がらせながら私は半歩前に出た。そして、同じく下がろうとした後輩を蹴り出した。
「酷いっす」
「働け、前衛職!」
とはいえ、洞窟内にいるゴブリンが全員こっちに向かってきている。背をとられてはたまらない。ただでさえ壁職がいないのだ。剣士職を持っている彼らには前衛に立って引き付けを頑張ってもらわないといけない。知力低い以下のゴブリンなら仲間を切っていく対象を最重要攻撃対象にする。
「う、うちはどうしたら・・・・」
「そうね・・・MPは温存して、カーズか私のHPが半分切ったら回復して。できるだけ私の後ろにいること」
「わ、わかりました」
こっちの人格の時は怖さが先走って前に出る気力はないようだ。回復役が倒れればPTの全滅に繋がる。それにこれはダンジョン内イベントだ。死んだら、持ち物全ロスト、レベル強制半減が待っている。
「はいはい、俺も回復ほしいっす」
「お前は自己回復できるでしょう!闇属性魔導剣士!」
「いいなー。俺は自己回復まではできねーもんw」
ゴブリンを斬り捨てながらカーズが笑う。回避型でもあるのかヒョイヒョイと攻撃を避け、生まれた隙に容赦なく剣撃を叩きこんでいく。そういう彼も風属性の魔力持ちだからその気になれば状態異常は治せる。
「うう、先輩は厳しいっす」
「えっと(なんて言うんだったっけ)・・・・・・愛の鞭よ。ありがたく受け取りなさい」
「そこは受けなさいで頼むっす」
注文が多い。
「そういえば、先輩は回復できないっすか?ガンナーも回復弾があるっすよ」
「言わせないで・・・・・・」
回復弾は高いのだ。通常弾が12弾セットで20Gなのに対し、回復弾は1弾20Gである。2発で40G。高い(涙)。ちなみに、弾丸なしの魔法単体では回復できない。弾が無くては何もできない、それがガンナーである。
『殺してやる、殺してやる、殺してやる!!』
「何言ってるかわかんねーけど、やる気十分じゃん」
殺意は高い。剣と剣が交わる。独特の衝撃音に衝突の火花。ちょっと大げさだが、戦闘描写はきちんとなされている。まぁ、こういうのに手抜きをするような人達ではないから心配は無駄だった。
「せい、せい、せいやぁ!」
『むん、ぬん、どりゃあ!』
二人の気合がぶつかり合う。ゴブリンリーダーの剣戟は重く、カーズは避けながら隙を見つけては斬りつけているが、ダメージが通っているようには見えない。かなりの防護点があると見た。防護点とは、簡単に言えば守備力である。その者がどれだけ硬いか、を数値化したものだと思ってくれれば説明が速い。
「あ、あの、何でカーズさん魔法使わないんですか?」
ウォルが後ろから声をかけてくる。私は向かってくるゴブリンを蹴り飛ばしながら答えた。
「基本、物理攻撃と魔法攻撃は一緒にできないのよ。今のところなら行動は物理か魔法、どちらか一つだと覚えてくれても構わないわ」
物理攻撃は行動に、魔法は演唱にそれぞれ1ターン使う扱いになっている。魔法は実質2ターン使うのだから発動に時間がかかるが、その分より広範囲な攻撃も可能で、威力もお墨付きである。1ターン1秒くらいなのでどっちもしようとするのが無茶なのだ。やろうと思えばできなくもないが・・・・かなり取得が難しい前提特技が必要となる。
「たとえば」
手近にいたゴブリンを蹴飛ばす。
「この瞬間で演唱できるようになれば、魔法も物理攻撃もどちらも使えるってことになるわ」
首と銅がさようならしたゴブリンはデータの嵐になって消えていった。
「な、成程です。ありがとうございます」
「まぁ、もっと高レベルにならなきゃ取得できない・・・・・・」
「ひゃっほー、ネラってくぜ!」
「ちょ、ちょっと!?」
まずい。交代時間が来たのだろう。戦闘狂の人格に変わってしまった。止める間もなくゴブリンの群れに突っ込んで行ってしまった。これは非常にまずい。回復手段がゼロになってしまった。5m程向こうで元気よく敵を吹き飛ばしているウォルに近づこうとするが、案の定、ゴブリンが邪魔してきた。
「というか、雑魚ゴブリン全員こっち来ていない?」
通常サイズの個体は全部ウォルに向かっていったのに対し、通常よりサイズの小さいゴブリンは全てこちらに来ている。防御力が低い雑魚中の雑魚が群がっても、そこに蹴り一つ入れれば吹き飛んでいく。楽しいことは楽しいが、これ別ゲームでしょう(無双とか)。
「・・・ぐぅ、そろそろ回復頼みたいんだけど」
確認したらカーズのHPが半分以上減っていた。かなり斬り合ったのだろう。疲労も溜まり出している。疲労は溜まると動きが鈍くなる。回復する方法は、休むか、ポーションを飲むくらいだ。ただ、ポーションを飲むためには数秒だが隙が生まれる。雑魚ゴブリン相手にしながらの観察だが、ゴブリンリーダーの腕力はかなりのものだ。一撃もかなり重いはずだ。それを残りのHPで耐えるのは難しいだろう。
「カーズ、こっち向いて」
「何・・・・むぐ、mgmg・・ゴックン」
「味は調整中なの。不味かったらごめんなさいね」
「お、すっきりした。何これ?」
「タブレット型ポーション。片手で口にできるように改良したの」
容器を振るとカラカラと音がする。ポーション3つ使って1粒しか作れないのが欠点だ。回復量が従来のポーションの2分の1だから、まだまだ改良が必要な品である。ただ、こういう手が離せない状況では重宝するかもしれない。
「ミント味が合いそうだッ」
「えー、ブドウ味がいいっす」
勝手に一粒食うんじゃねーと後輩を怒鳴りたかったが、都合の悪いタイミングでゴブリンが攻撃を仕掛けてきた。八つ当たり同然で蹴り砕く。グシャッとした感触にはどうも慣れない。2粒使ったから残りは3粒だ。これでまた出費がかさむ。
「お、疲労も回復したぞ」
「本当っす」
「付加効果はなかったはずなんだけど。手作りのおまけみたいなものかな」
ちなみに、今のままだと何の味もしない。味気ないと食欲も半減するだろうし、味はその内つけるつもりだ。
「うりゃあああああ!」
「ウォルちゃん、頑張ってるっすね」
昇竜拳で数体のゴブリンが消し飛んだ。パラメーター成長全て筋力に極振りしている可能性もある。
「さぁ、どんどんコい!」
気合が入っているのはいいことだ。ただ、普通のゴブリンでも無双できる力とスピードが備わっている魔法使いってどんなのなんだろう?と疑問にも思う。きっと、あんな感じの可愛いフリして戦闘狂な感じなのだろう。兄妹で使っていると言っていたが、喧嘩はしていないのかちょっと心配もしている。
「よそ見は危ないわよ」
ウォルの死角から剣を振りかぶったゴブリンを蹴り飛ばす。
「サスガだぜ」
「協力プレイも中々いいでしょ」
「だな」
すぐにゴブリンの群れに入っていたので、彼女が本当にそう思ったのかはわからないが、嘘を吐くような人柄ではないはわかっているので、おそらく本当に思ったのだろう。これを機会にパーティープレイにも興味を持ってくれるとありがたい。ウォルにも協調性が生まれるだろう。
「そろそろかしら」
拳銃を引き抜いてゴブリンリーダーに狙いを定める。
「“ターゲットサイト”使用。精密射撃」
Error
「ターゲット変更」
対象をゴブリンシャーマンに変更―――――――Error
「ダメね・・・・・・ッ」
左腕に鋭痛が走る。狙いを定めた隙を狙って攻撃してきたゴブリンの剣がかすめたのだ。HPはそれほど減少していない。だが、痛覚が生まれたことに気付く。ゲームのシステム上痛覚は一定以上は無効化されるはずだが・・・・・・どうもいろいろおかしい。クルクルと銃を回す。痛かったのは一瞬だけ、腕はまだ動く。
「とりあえずっ」
魔法の込めっぱなしは暴発を招く。とりあえず、味方を巻き込まない左右逆方向にそれぞれ撃った。数十メートルはある壁も貫通して弾丸は走った。残り2発。
「最終強化で熱射砲やレーザーが出るのかしら?これ」
煙を上げる銃口を見つめて思う。銃が嫌われている世界にしたのは運営側の意図もあったのではないか。制作したらチート性能になったのだろう。で、もったいなくなって消せなくなったと。あいつらならありうる。まぁ、そうなった場合、重量オーバーで持てなくなるオチがつくのが容易に想像できるのが悲しい。MP?心配ない、無尽蔵だ。
「きりがないっすね」
バスターソードを片手で振り回せる怪力は褒めてあげよう。本来それ両手用である。筋力値が装備品の数値を超えていれば片手持ちも可能だが、確か30はあったはずだ。
「あなたが親玉相手にしてくれれば楽なんだけど」
その間にウォルとカーズを逃がせる。
「嫌っす。俺だけ置いてけぼりとか絶対に嫌っす」
そう言えば、私と啓の出会いって、仲間外れにされた挙句不良に絡まれていたのを助けたのが最初だった。美形も大変なんだなと泣き付かれた時に思ったのを覚えている。男として情けないとも思った。まぁ、そんなこんながあってからか(おそらくあの1回だけではなかったのだろう)、啓は単独行動を極度に嫌うようになってしまった。今でも同窓会の案内が来たらニガッとした表情になる。
「わかった。わかったから、そんな顔しないの」
「やっぱり違和感があるっす」
置いていきはしないよ、と頭を撫でてやる。安心した笑顔が返ってきた。それを確認して、ゴブリンの中に蹴り飛ばした。嘆きと怒りの黒魔法が炸裂する。黒炎の球がゴブリンの頭を削り取る。できた通路をダッシュで進む。ゴブリンが湧いてきた通路の奥には開け放たれたドアがあり、その奥には得体の知れない機械類がせっせと稼働している。
「ゴブリン製造器といったところかしら」
液体から次々とゴブリンが生み出されていく。細菌の繁殖みたいで気持ち悪い。どうやって止めようかと見渡す。さすがに壊すのは躊躇われた。空気繁殖される可能性が捨てきれない。調べてみると、赤と青のボタンがあることに気が付いた。問題はどちらが停止ボタンかである。知り合いが作ったと考えると、赤がそうだとは思えない。
「どうしようかしら?」
隠れながら研究資料らしき紙を漁るが、文字が読めない。古代語とかそういったものかもしれない。ロシア文字に近いが、アレンジされている。
「オラーッ!」
大きな音と共に通路が壊れた。ちらりと見ると機械に向かって拳を構えるウォルがいた。
「ちょちょっと、ストップ!」
慌てて割って入る。事情を話すと納得してくれた。そして、拳を構えた。納得とはなんだったのか?
「停止スイッチはあるから」
そう言って二つのスイッチを示す。ジッと見ていたが、感じが変わった。オロオロする感じから妹にチェンジしている。突然変わってくれと言われたとアタフタするウォル。操作に動揺が現れている。
「え、あ、ちょっと」
それも数秒で終わった。
「オラッ!」
釣り眉毛になったかと思うと、ボタンを素早く同時押しした。ビーッと警報が鳴り、ガラス管の中から液体が引いていく。機械からも光と駆動音が消えていき、10秒もしない内に辺りは静止した。
「よくわかったわね」
おかげで敵の増援方法はなくなった。差し出された頭をポンポンと撫でてやる。最近わかったことだが、どちらのウォルも頭を撫でられることが好きなようだ。
「おう、ノゾいてきたぜ」
その言葉にピキッと動作が固まる。覗いたってどうやって?入れ替わったのは数秒だったから現実時間では長くても5分。どこに住んでいるかは知らないが、ビジネス街にある本社ビルまで行って帰ってきたとも思えない。なんせ、駅まで片道10分かかるのだ。となると、残るはネットワークを通じてコンピューターを覗いた。
悪意はなさそうだが、データやプログラムの盗み見、ハッキングは立派な犯罪である。攻略本片手にゲームするのとは訳が違うのだ。
「今度からできてもしちゃダメだからね」
パシッと頭を叩くといい音がした。社外秘漏れてないといいんだが・・・・・・・。イベント終えるまでリアルに戻れないから確認のしようがない。
「へーい、それじゃあモドろうぜ」
ポキポキと拳を鳴らすウォルの姿は頼もしい。この調子なら回復役不在でも何とかやれるかもしれない。
「うわぁぁ!」
吹き飛んできた何かによって装置は壊れた。
「いやwwあいつwマジ強wwww」
HP4分の1にまで激減するほどの吹っ飛びを喰らっても笑ってられる精神は凄い。よく見ると左腕が変な方向に圧し折られている。平然としているところからみるに、痛みがフィードバックされるのはどうやら私だけのようだ。
煙の中から現れたのは、ゴブリンリーダーとゴブリンシャーマンだった。取り巻きのゴブリンは半分以下になっている。後ろには雑魚ゴブリンがまだまだわんさかいる。これ以上の増援はないとはいえ、放置し過ぎた感がいなめない。
『止めたか。再起動には時間がかかると言っていたな』
ステータスを確認すると怒り状態が解けている。カーズとの戦闘で頭が冷えたのだろう。
『はい、それ以前に半壊しております。修理が先かと』
「「通訳!」」
「といっても、大したこと言ってないわよ」
これだけ聞いていればわかるようになりそうだという人もいるだろうが、ここでの言語習得は読書、これに限られる。会話も読書で習得できる。ただし、読解と会話は別の書物を読む必要がある。設置型アイテムなので見つけて読むだけなのだが、二人ともしなかったようだ。ちなみに、汎用蛮族語の会話本は道具屋にある。
『貴様ら!生かしておけん!!』
突出してきたゴブリンリーダーの攻撃をカーズが受けようとした時だった。相手が剣などの鋭利武器を使用して攻撃している場合、武器持ちしか受けることができない。他は回避するしかない。この場合、カーズが受けなければ全員回避するしかない。素早く前に出て剣で受けるが、カーズの表情は厳しい。体もスリ傷だらけで血がにじんでいる個所もある。
「ウォルちゃん回復魔法頼む」
「できねー」
「マジでどうしたのww」
「魔法職でもあるからできるはずなんだけれど」
育っているのは闘士技能>魔法技能だろうけれど、使えない訳ではない。
「・・・・ツカいカタわかんねーんだよ」
コマンドの呼び出し方がわからないんだろう。ちょっと操作すれば出てくるのだが、癖があるのも確かである。これを理由に戦士職に転職する人も多い。ポーション飲む暇も与えない剣戟なのでこれで回復させないといけない。一粒取り出すとカーズの口元目がけで放り投げた。
 アグッ
「「「あ」」」
腕力で押し切ったゴブリンリーダーの口に入ったのだ。一瞬にしてHPの4分の1が回復する。
『おぅ、サンキューな。お礼に四肢潰した後で嬲ってやるぜ』
舌なめずりをするその顔は凶悪以外の何者でもなくて・・・・・・。
「だから、これは全年齢対象ゲームって言ってるでしょ!」
「ここにいる全員が問題ないとすればよくねー」
「・・・・・・それもそうね」
後がないならそれでもいいのだが。あいつらがそんなに甘い奴らだとは思わない。残っていたデータを使用する程度のSっ気はある。てか、これが本当なら人のパソコン勝手に弄ったってことに・・・・・・パスもう少し難しいのにしておこう。
『ふはははは、元気百倍!パワー百倍!!』
そんな効果はないわよ、とツッコミが追い付かない。本当になかったか不安になるくらいゴブリンリーダーの筋肉が膨らんでいる。
『タミフル』
どこからともなく不気味な呪文が聞こえる。えっと、知力を下げる代わりに命中力と筋力を劇的にあげる強化呪文で、蛮族PCであり神官であるPCしか使えない魔法だ。よくよく見るとゴブリンシャーマンがこそこそと唱えている。
「ち、全然倒れないのはそのせいかよ」
笑う余裕がなくなったカーズにタブレットの箱を渡す。残り2粒しかないが、ないよりマシだろう。とりあえず、やることは決まった。ウォルに手近なゴブリン一体とゴブリンシャーマンを指差す。
「ドォリャアアアアアア!」
見事な巴投げを見せてくれた。実体化している内に蹴り飛ばしを喰らわせ、シャーマンの方向へ飛ばす。素早さを上げようとさらに演唱集中していたゴブリンシャーマンの横腹に命中する。避ける間もなく衝突した2体はデータの嵐となって消えた。
「まったく、魔法職なのに接近攻撃無効とか付けてるんじゃないの」
しかも、序盤のイベントモンスターに。本来は攻撃魔法系とか遠距離攻撃系とかがいる混合パーティー用なのだろう。それも、レベル30くらいの。人数も6人くらいが対象だったはずだ。これで残るのは。
『オンドリャー!!逃げ回るんじゃねー!!!』
「ぜぇぜぇ・・・元気だなぁ」
カーズが相手をしているゴブリンリーダーだけだが、パワーアップした力に押されている。こうなると単なる力馬鹿でも恐ろしい。いや、脳が麻痺しているからこそ読めない恐ろしさがあるというべきだろう。もはや、機械がどうのこうのとか考えるだけの知能も残ってないのだろう。自分で壊している。
「カーズ、カわれ!」
「ウォルもHP半分以下じゃない。下がってて」
というか、啓はどこに行った?遠くで悲鳴があがっているので、あそこ辺りで戦っているのは想像つくのだが・・・・・・ああ、忘れていた。彼、方向音痴だった。高校時代世話任されていたっけ。懐いているとういことで。なまじエースだったから断れなかった。会場間違えて他県に行ってしまうのだから性質が悪い。戦っていたはいいが、反対方向に突き進んで、この群れで分断された。そんなところだろう。
「おーい、こっちよ」
いちお、声をかけておいた。聞こえたかどうかはわからない。悲鳴は遠ざかっているので、反対方向に行っている可能性は十分にある。
「ふーはははは、ついに味方にも見放されたか!いい気味だ!!」
「五月蠅いわね」
「あいつぜってーシメる」
「同感、うざい」
三人の心が一つになった瞬間だった。
「ぶっちゃげた話、あいつのHPあとどのくらいなわけ?」
「平均HP54。タミフルはマックスHPを1.5倍加させる効果があって。3回重ね掛け可能でしょう」
現在マックスHPは183(端数切り上げ)。一般剣士に最も近いカーズのHPが24だから、防御力を加味してもボスらしいHPである。中盤の。決して序盤ではない。
「魔力付加しないと攻撃入んないとか何なん?」
「え、フツウにナグれるけど?」
これが筋力値の違いによるダメージ値の変化である。見た目ならカーズの方が筋肉あるのだが、ここは電子世界。見た目と能力の違いなど当たり前の世界なのだ。比較したいのなら素直にステータス画面を見比べましょう。
「仕方ないわよ。カーズは回避に大振りしているのだから」
ステータス画面を見る余裕はないが、先程からゴブリンリーダーの攻撃を避けきれずに掠り傷を負っているウォルと違い、最前線にいるというのに回復はポーション製タブレットで足りている。獣人は素早さが元々高いのでこういう化け物が生まれることも。その素早さを活かすために金属系の装備ができない。まぁ、魔法使いも一部の金属系鎧を着られないので
この場にいるPLの防御力は拮抗している。おそらく、いや、絶対に、ゴブリンリーダーの防御力が一番高い。
「俺の攻撃wダメージ一桁ww」
与えているダメージは本人のみ確認することができる。エフェクトでおおよその目安はわかるが、自己申告してもらえるのはありがたい。
「オレは10ちょいテイド」
となると、私の蹴りも一桁程度だろう。下手をすると1くらいになるかもしれない。いや、下手をしなくても1や2与えられたらいい方だろう。となると、これ頼りになるのか。腰に装備した拳銃に手をかける。残り弾丸数が心もとないのが気がかりである。向こうの方からちょっと甲高いゴブリンの悲鳴が聞こえてきた。
「ゴブリンシャーマンを倒したからHPが回復することはないはずよ」
細目に回復を入れてくる優秀な敵神官の鏡だった。30減ったら即回復を入れるようにインプットされていたのだろう。どう考えても中盤向けです。後でシバく。
「つまり、あれを削り切ったら私達の勝ち!」
「「おおっ!!」「おおっ!!」
拳銃を中段に構える。切った啖呵に答えてくれるように二人が大声で返答する。遠くの方で後輩の声も聞こえてきた。頑張ってはいるらしい。再度、銃口をゴブリンリーダーに向ける。やはり、Errorと出る。これはもうバグの可能性が高い。
「チェッストォォォオオオオオ!!!!」
叫び声と共に爆音が轟き、向かってきたゴブリンリーダーの頭が突如爆発した。おお、今の攻撃でゴブリンリーダーのHPが半分も削れている。火属性の魔法だろうか。凄い攻撃力である。
「何をしておる!早うせい!!」
逆光を背負って現れたのは、非常に背丈の低い、髭は立派なオジ様だった。武骨な手には猟銃が握られている。
「マシロさん、ナイスタイミング!」
怯んだところで接敵する。妨害しようと後ろから出てきたゴブリン達を蹴り&薙ぎ払いで一掃する。別に初の試みという訳ではない。スキルの同時使用は初級中の初級。選択時に同時選択すればいい。選択から発動の間に数秒の間があるのはそのためである。
「ゴブリンシャーマンはもういない。銃が効くのはさっきの攻撃で証明済み」
二丁拳銃をゴブリンリーダーの顔に、目に向けた。やはり、Errorが出る。それを振り払うように回し蹴りを顎にヒットさせる。仰け反った額に足の甲を引っ掛けて地面に引きずり落とす。Downの文字が現れる。
「キゼツしたのか?」
「引き倒しただけよ」
技によって地面に背が付いた状態がDownである。通常攻撃より少し長く固まるので連撃を叩き込むいいチャンスとなる。ゴブリンリーダーに馬乗りになると、銃口を突き付けてニッコリ不敵に笑った。
「出直してらっしゃい」
引き金にかけていた指に力を籠める。クリック一つでゴブリンリーダーの頭が弾け飛んだ。返り血が飛ぶ。痙攣と体温が直に伝わってくる。息を整えようと空気を吸い込んだら、鉄臭い生臭い臭いが鼻孔をくすぐる。殺した実感満載じゃないか。これはやり過ぎである。このイベントがR18決定された瞬間だった。
「だ、大丈夫ですか?」
パタパタとローブを翻してウォルが駆け寄ってくる。カーズもやれやれと剣を鞘に仕舞った。私も満足げに空っぽになった拳銃をホルダーに戻した。
「あのあの、怪我してませんか?」
「あ、これ返り血だから大丈夫よ」
「・・そのぅ」
何だろう。もじもじとちょっと言いにくそうに俯いてしまった。心なしか、顔が赤い。
「あの時の怪我心配してんだってw」
あの時の・・・・・・ああ、後頭部の、かばった時の怪我か。
「大丈夫だよ。睡眠をとった扱いになって自然治癒したはずだから」
「ほ、本当ですか?」
「うん、嘘ついてどうすんの」
見えやすいように屈んであげると恐る恐る髪をかき分け始めた。傷は残ってないはずだ。このゲーム、プレイヤーの意思がなければ傷の類は残らないようになっている。意思があればマシロのように額に傷がとか後付けできる。
「マシロ、カーズ頼む」
「へ、俺?いいってw」
「よくやったぞ、男の子!」
「よせやいw大体男性アバターだからってリアル男子とは限らないww」
などと言っているが、素直に肩に腕を回したところを見ると満更でもないようだ。これでGAMEEND。俗にいう、一件落着
「まだっす」
後輩の声にハッと視線を上げるのも惜しんでスキル“かばう”を発動し、ウォルに覆いかぶさる。鈍い剣劇が背中を襲った。HPが三分の二も持っていかれる。振り向くとそこにはボタボタと水を滴らせたゴブリンが血塗られた剣を片手に立っていた。ニタリと笑う。これまでのゴブリンと違う。完全オリジナルだ。まぁ、強いと言っても序盤の夜モンスター。私達にとってはなので、次の街に行こうとするくらいには成長しているカーズや、がっちりレベル上げしているマシロに敵うはずがなかった。銃弾を眉間に喰らい、風の剣で首を刎ねられてあっけなく倒れた。
「すまないっす。そっちに一匹行ってしまった・・・って先輩!?」
大してガードできずに受けたからざっくり行ってしまったのだろう。左腕が動かないし、感触もない。
「怒ってないない。たぶん、こいつが機械の中にいた奴ね」
サンプリングされて閉じ込められていたところ、機械が壊れて出てきた。そこで私達を見つけてモンスターの本能が赴くままに襲ってきたのだろう。左手を陰に隠す。チラッと見たが、グロいことになっていた。ウォルに見せていいのか、ちょっと迷う。イベントは終了したので町に帰ってから神殿に治療を頼んでもいい。
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「いいわよ。もう帰るだけなんだから」
「まだMP残っています。魔法使えます」
「とは言ってもね・・・・・・」
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「治させてください」
ブルーアイが必死に私を見上げてくる。
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「わかりました」
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左腕を差し出す。肉がパックリと割れ、骨が見えている。所々で鈍く光っているのはゴブリンの剣の欠片だろう。刃毀れしてボロボロだったし、何より錆びついていた。それが傷口を抉るので、動かすたびに激痛が走る。
「酷いっす・・・」
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「じゃ、じゃあ、いきます・・・・でも、このまま閉じたらダメだよね」
「・・・うん、そうだけど」
破片が混ざっているので、このまま閉じたらもう一回開かなければいけない。つまり、もう一回切り開かれる。この辺が魔法の不便なところ。ピンセット買っておけばよかった。
「そっか、そのままではダメなんですよね・・・・よし、これなら」
気のせいかな、ウォルの手元が揺れた気がした。
「Foreign body removal(異物除去)、suture(縫合)」
最初の言葉で中に入っていた錆や小石が零れ落ち、傷口が雫の糸で縫われた。
「外科手術のやり方ね。ナイス腕前!」
剣と魔法の世界に現実の技術を置き換えられる腕前に感服した。まだ細かい行動は無理だが、指は動くし、支えるくらいはできるだろう。
「お前らんとこの魔導士すげーなwハイ、これ俺のフレコ。これからもよろしくぅ!」
「全く、お前らは危なっかしくて放っておけんのう。今度は初めから混ぜい」
おお、なんと頼もしい仲間ができた。
「のう、フレコじゃったか。どうやって送るんだ」
こっそり聞いてきたので、こっそり教えた。マシロは本当にご年配の方だと思われる。夜一人でこそこそ練習しているのもスキルを確認するためだそうだ。この様子では専門用語は全滅だろう。強いが馴染めないのはそのためかもしれない。あの時は一方的に押し付けただけだったし。
「先輩ー( ;∀;)すまいっす」
「別にいいよ。ウォルのおかげでこの通り」
「はー、見事っすねー。初期魔法って傷塞ぐのがやっとって感じだったのに」
「え、えへへ、、」
「***だけズリー」
あ、修正音が入った。個人名を出したな。ウォルのPLの格闘家の方、ネットマナー熟読暗記はプレイヤー義務だよ。
「さて、帰りましょう」
いつまでもここでキャッキャウフフしている訳にはいかない。それに、役割を終えたダンジョンは迷い子防止のために閉まる・・・・すっかり忘れていた、閉まる!
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試験ダンジョンだ。下手したらこのまま崩壊どころか、ごみ箱からの消滅エンドだ。四人は必死に走る。だが、この世界も俊敏の概念がある。元々足の遅い種族であるドワーフのマシロ、魔法職故低くなりがちである魔法使いであるウォルの手を取って四人で走る。ガラガラと崩壊する背後に注意しながら見えていた出口に向かって走りこんだ。

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