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最終章

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「僕はずっと、菜摘さんを引きずっていたのかもしれません。お別れしてからもう何年も経つのに……」

隼くんの笑顔の端には、ほんの少し悲しみが滲んでる。


「だから…僕はあの日……菜摘さんの面影を追って、あなたと繋がってしまった……」


まるで逃げ場がないくらい、真っ黒な目を私に向けてくる。

その目の奥には、後悔と自分を憐れむ色が宿っている。


「だけどそのせいで……僕がいつまでも菜摘さんを忘れられなかったせいで…愛莉さんを追い詰めてしまった…」


隼くんの哀しい言葉が鼓膜を震わす。

しきりに聞こえる蝉の声が、かき消しそうなくらいの小さな声だった。


「僕は、菜摘さんや愛莉さんを思えば思うほど……また誰かを傷つけるかもしれない。今いる大事な人たちを置き去りにして、また過去にすがって、気がついたら取り返しのつかないことになっているかもしれない。だから…」


途中で言葉を止めた隼くんは、何かを決心したように私をまた捕らえる。



「二人は、僕の中ではもう思い出です。忘れることはありません。けど……思い出すことで、僕の何かを揺るがす存在でも…ないです」



隼くんは、前を向いている。

菜摘が残したあの日々を、隼くんは記憶に留めてはいる。

だけど……




「そうね。生きてる人のほうが大事なのは……当たり前よね……」


真っ直ぐに見つめられていた目を、つい隼くんから逸して菜摘の日記を見る。


私が思っていたよりも…

菜摘が知ってるあの頃よりも…


隼くんはずっとずっと、強く過去と向き合っていた。




「亡くなったから大事じゃないというのも違いますよ。僕の中で、あの二人が大事なのも確かなことです」


そう言って笑いかける隼くんを見て、私は素直に日記を受け取れた。


隼くんの思い出の中では、もう既に菜摘と愛莉が同じくらいの存在になっていたのだから…




「私が持っておくことにはするけど……これ、読みたくなったら、また来てね」


私はそんなことを言いながら、菜摘の墓をそっと撫でる。



「はい。ありがとうございます」


私に手を重ねるように、隼くんの手が重なって、近くに来た隼くんの声が聞こえる。


その声が出た口元を見ると、私は不意にまたあの日を思い出してしまった。





私は、菜摘と自分を重ねさせるという方法で隼くんと繋がる手段を失った今、新たにどんな方法で隼くんとあの日みたいに身体を重ね合えるか……


そのことしか、頭になかった。


やっぱり私は、あの日包まれた隼くんの体の温もりを……忘れられないでいたのである。
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