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「……結局、今も分からないんだよね…本当はどうすればよかったのか。」

僕の話を、菜摘さんは黙って聞いてくれている。

二人の顔をオレンジ色に染める夕陽が少し眩しくて、思わず目を細めた。


「……仮にそれっぽい答えが出ても、あんな咄嗟の場面で本当に自分にそれができたのかなって考えてしまうし。そしてそう思っちゃうっていうことは、やっぱり僕自身が弱いからで。だったら、僕は自分を強くする必要があるんだよな、だけどどうやったら強くなれるんだろう……そんなことをずっとグルグル考え続けるだけだった。……結局、今も僕は弱いままだし…。」

どんな相手にも怯まず立ち向かっていける強さ。

自信を持って自分の正義を貫き通せる強さ。

どうしたら、僕はそれらを身につけることができるのだろう……。


「隼くん…隼くんは、とても強いと思う……」

ずっと頷きながら話を聞いてくれていた菜摘さんが、ゆっくりと口を開いた。

自信を完全に失っていた僕には、彼女の言葉が意外過ぎて驚いた。

「…私の予想だし本当の事は分からないけど……多分、田中くんは……渚ちゃんを置いて逃げたんじゃないかなぁ…。」

「え…」

「隼くんの手前、かっこつけたくて啖呵切ったけど…結局いざ怖い人たちに囲まれたら、やっぱり怖くなって自分だけ逃げたんだと思うの。」

「…そんなこと……僕があの場面を見た時は、既に渚さんは田中くんと分かれた後だったんじゃ…」

「渚ちゃんが言ってたもの。『他の男子は助けてくれなかった』って。…その『他の男子』って、今の話を聞いてると恐らく田中くんでしょ?」

「…そうだったんだ…」

菜摘さんの言葉に驚きながらも、僕は別に田中くんを責める気にはならなかった。

怖くて逃げたくなる気持ちも分からなくもないからだ。

自分の身を守るには、逃げるのが正解でもある。


「……それでね隼くん。怖くて堪らなかったのは、きっと隼くんだって同じだったと思うの。…それなのに隼くんは逃げなかった。最後まで渚ちゃんを守ったじゃない。しかも自分は意識を失うまで殴られながらも。…それって、すごく強くなきゃできないことなんだよ?弱い人間には、とてもできることなんかじゃない。ほとんどの人は、田中くんのように逃げてしまうと思うわ。だけど隼くんは逃げなかった。立ち向かった。だからあなたは…本当に強くて優しい子なのよ。」

僕を説得するように、菜摘さんが言葉を重ねた。

自分が強いなんて思ったことも無かったし、むしろ弱い人間だとしか思えていなかったから、僕は驚いて何も言えなかった。

だけどその優しい声は、僕の涙腺を突くように響いた。

突かれたら最後、無意識のうちに目の奥から熱いものが溢れてきた。

そんな僕を見て、菜摘さんは優しく抱きしめてくれた。

「……隼くんのしたことは間違いなんかじゃないわ。隼くんは、本当の意味での正義のヒーローよ。自分に対して酷いことを言った渚ちゃんのことも、渚ちゃんを置いて逃げた田中くんのことも、一切責めていないもの。隼くんは、本当に強い子よ……。」

何度も僕の頭を撫でながら、菜摘さんは僕を褒めてくれた。

自分の咄嗟の行動に自信が持てなくて悩んで、クラスメイトの男子たちに馬鹿にされて更に自信を失っていた僕を、菜摘さんは肯定してくれた。

自分を認められない僕を、優しく受け止めてくれた。

自分のしたことが、必ずしも間違ってはいないのかもしれないと少し思うことができた。


それだけのことが、今の僕には本当に嬉しかった。
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