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「ねぇ隼くん……。私、このままこの生活から抜け出したくないわ……。」


二人の手元に残る花火があと僅かになった時、菜摘さんが声を落としてそう言った。

「……僕も。……このまま、菜摘さんと二人きりでこうして過ごしてたいよ…。」

「……うん。……ここなら、誰にも邪魔されないものね…。法律も倫理も社会的規範も、なーんにも気にしなくていい。隼くんのとこを、自由に愛せるわ。」

「僕も菜摘さんのことを、堂々と好きだって言える。他の大人の許可なんて必要なく、自分の気持ちだけで菜摘さんと付き合える。」

「そんな世界が、理想よね~……。」

フッ、と哀しそうに笑った菜摘さんが、落とした視線の先にある最後の花火を手に取った。

「まあでも……」

まだ火が着いていた僕の花火から、菜摘さんは自分の花火へと火を移した。

「普段はいろんな制約があるからこそ、こんなに二人の恋が燃えてるのかもしれないね…!」


パチッと激しく着火した花火が、まるで菜摘さんの言葉に賛同したかのように踊り出す。

ゆらゆら動く火の粉舞う視界が、僕の口から何も言葉を出させなかった。

「障壁がある方が恋は燃えるって言うじゃない?まさに私たちの恋って、そんな感じじゃないかなーと思うのよね。」


首筋に朝露のような汗を光らせながら、花火の光で照らされた白い顔に笑顔を浮かべた菜摘さんが言う。

確かに……

僕は心の中でそう答えた。


こんな世俗から離れたような場所では、僕たちは誰にも邪魔されずに堂々と愛し合える。

それはとても喜ばしい事のはずなのに、世間はそうはいかない。

僕たちが生きる世の中は、色んな法律や倫理が纏わりついて離れない。

それが現実であり、僕たちが生きなければならない社会なのだ。

現実の世界に戻ったとき、僕たちを縛るルールは僕たちの恋にとって邪魔であることの方が多い。

だけど……


「いくら法律や規則があったって……人の心は誰にもコントロールできないもんね…。」


僕はしゃがんで、菜摘さんの手の先から出る火の踊りを見た。

それと同時に、不意にそんなことを口にしていた。

菜摘さんは何も言わずに僕の隣にしゃがんで、無言で同調するように微笑んでくれた。

目の前でバチバチ燃える花火のように、僕たちの気持ちは何にもとらわれること無く盛り上がるだけ。

縛られれば縛られるほど、不思議と気持ちが強くなるだけ。

激しさを増していくこの気持ちは、きっと今日見た夜の灯りを心から消すことができないように、僕たちの胸に残り続けるのだ…。
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