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「ほら隼くん!ここにも建物があるのよ!」

僕の前をひらひらと舞うように歩く菜摘さんは、太陽の陽に当たって明るくなったロングヘアーを靡かせながら、向日葵のような弾んだ声で僕を呼ぶ。

真っ白なワンピースが翻る度に、甘いシャボンの香りが風と共に弾ける。

真っ青な空と深緑の木々が向かい合う大自然の中、僕らはまるで昔の絵本に出てくるような浮世的な遊びをしていた。

「ほら!ここ、すごいでしょう?こっちは主にお風呂よ。洗濯機もある。」

「本当だ……ここが全部菜摘さんの家で所有してるなんてすごいや…」


僕は改めて周りを見渡しながら、心底驚いて言う。


僕と菜摘さんは今、菜摘さんの実家が所有しているという別荘に来ていた。

別荘と言っても大きな建物が一つある訳ではなく、小さな木製のコテージのようなものがいくつか疎らに建ってるようなものだった。

砂浜が続く海岸から少し離れた場所に孤島のようにぽつんと浮かぶ森があり、そこが全て菜摘さんの実家の土地なのだそうだ。

鬱蒼と茂る木々の隙間から、青く輝く夏の海が見える。

真っ白な砂浜は、強い日差しを反射して朧気な陽炎を作る。

僕は夏休みの中の一週間、ここで菜摘さんと過ごすことができるのだ。

「それにしても、まさか隼くんのご両親が認めてくれるとは思わなかったわ。ここに一週間も隼くんを連れ込むこと。」

「僕も、正直ダメ元で交渉したんだけどね…。たまには息抜きも必要だろう、ってさ。」

「まあ、隼くんは普段心配になるくらい勉強してるからね。それに、模試の成績だってどんどん上がってきてるんでしょう?毎回A判定を出してるなら、そりゃあ親としても安心するものね。」

「うん…夏休みまでの間、頑張っててよかったよ。」

「本当そうよ。隼くんは偉いわ。」

僕の頭を優しく撫でる菜摘さんの手の柔らかさに、僕は安心した気持ちになった。

普段過ごしている場所とは似ても似つかない小さな森の中にいると、そのあまりの非日常的な雰囲気に、つい心細くなることもあるからだ。

だけど菜摘さんと触れ合っていると、それだけで一気に「日常」ぽさが取り戻される。

世俗を離れた不思議な空間にいながら、菜摘さんといつものような会話や触れ合いをするという矛盾が、とても新鮮でワクワクする。

僕はここで、これから一週間菜摘さんとたっぷり思い出を作るのだ。
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