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「隼くんを責めたって、どうにもならないのにね…。」

僕が自分のせいで昭恵さんを泣かせてしまっていることに気づいたということを、彼女はきっと察知したのだろう。

気丈そうな目つきをしてそんなことを言って、クイっと袖で涙を拭った。

「…むしろ、引いた?…嫌いになった?」

「ならないよ。…どうしてなるのさ。」

「だって…自分には心に決めた人がいるのに、興味のない異性からウジウジと自分への想いを悲惨そうに打ち明けられても困るでしょ?」

「困りはしないよ…。…でも、どうしようもないことだから…難しいなって思ってた。」

「そう…どうしようもない…どうしようもないのよ…。」

それから昭恵さんは、何度も自分に言い聞かせるかのように「どうしようもない」を繰り返した。

そして彼女につられるように、僕も心の中で『どうしようもない』を呟いていた。

(…どうしようもないな、僕は…)

僕は昭恵さんの言うとおり、自分や他人の気持ちに鈍感すぎるのかもしれない。

だから菜摘さんへの気持ちにもなかなか気づけなかったし、昭恵さんのこの苦しみにも、こうして隣で涙を流されるまで全く気づかなかった。

今になって、あの日家に来て僕と菜摘さんのことを両親に説得してくれた昭恵さんは、一体どんな気持ちだったんだろうと考えた。

…いや、今まで敢えて考えないようにしていたのだ。

僕は卑怯で弱い人間だから、彼女の苦しみを知ろうとしなかった。
「恋愛って、難しいわね…」

しばらくお互いに黙って歩いていたが、昭恵さんがぽつりと呟いた。

「うん…そうだね…」

僕は、昭恵さんの気持ちを考えないようにしていた自分を責める一方で、それを責めたって『どうしようもない』ということもまた、同時にわかっていた。
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