上 下
163 / 217
19頁

4

しおりを挟む
「……私の気持ちは、きっと誰にも分からない……村上くんにすら、分からないわよ……」


2人の背中を優しく照らす夕陽が、僕らの歩む道に2つの影を映す。

突然発された昭恵さんの脈絡のない言葉も、その影へと吸い込まれていった。


「えーと…昭恵さんは本当にずっと何のことを言ってるの?」

「私は……隼くんが好きなの。それは分かるでしょ?」

「う、うん…」

やっと目が合った昭恵さんは、これまでの散り散りな会話をようやくまとめてくれる気になったような表情をしていた。

「それで、隼くんは私の気持ちを知りながら弄ばれてるのかと思っちゃうくらい私の心臓に悪いことばかりしてくるの。」

「心臓に悪いこと?具体的には?」

「だから……距離を縮めてきたりとか…自分と話せて嬉しいかって聞いてきたりとか……今だって、こうして優しく話を聞いてくれてるじゃない。…そういうの全部よ…。」

「……近づきすぎたのはごめん。」

「いいのよ。私が意識しすぎてるだけだから。…それに、隼くんは別に思わせ振りな態度を取ってくるわけではないもの。隼くんにはいくらモーションをかけても、菜摘さんにしか関心が無いんだなって……誰の目から見ても明らかだもの。むしろ清々しいくらい、『あ、自分は無理なんだな』って思えるのよね。」


フッと、口元だけ弧を描いた昭恵さんの目は、遠い僕を見つめているようだった。

もちろん昭恵さんの目の前に僕はいるのだが、彼女が見ているのはもっと遠くにいる僕。

…恐らく、菜摘さんと話したり遊んだりしているときの僕。

そんな遠い方の僕を目に映して、昭恵さんは続きを話した。


「分かってるの。いくら頑張ったって、いくら自分を磨いたって、隼くんの気持ちは変わらないって。仮に菜摘さんがいなくなったとしても、隼くんはずっと菜摘さんを追い続けると思う。菜摘さんに叶う女性はいないんだって、嫌なくらいに分かってるの。でも……」


遠くにいる僕を見つめていた昭恵さんの目には、気がついたら大きくて透明な粒が浮かんでいた。

「でも、やっぱり寂しい……心の穴が塞がらないの。…キレイサッパリ諦められたらいいのに…諦めるしかないって分かってるのに、心からいなくならないの。だから寂しいの……虚しいの…もう発狂したくなるくらい、胸が苦しくて締め付けられるの……」


そう言って昭恵さんは自分の胸の前でキュッと小さく手を握った。

その手が少し震えているのが見えた。

小刻みに揺れ動く手が何を表しているのかを考えていると、隣で小さくしゃくり上げる声が聞こえてきた。

昭恵さんが、静かに涙を流していた。

その涙があまりにも静かなので、僕はまた思わずその頬に見入ってしまっていた。

彼女の両目から止めどなく溢れる涙は、彼女の両頬を静かに伝って落ちて行く。

その流れる様は、まるでいつものルートを辿っているようにも見えた。

丁度、晴れの日は乾いて跡だけが残っている砂の溝が、雨の日だけ、小さな小川になるかのように。

雨の日に自分たちが流れるべきルートをきちんと知っている水たちが、静かに、そして規則正しく彼女の頬を流れている。


この様子を見るに、彼女は何度も泣いたのかもしれないなと思った。

そしてその原因は自分にあるのだなと、僕はぼんやりと考えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

Y/K Out Side Joker . コート上の海将

高嶋ソック
青春
ある年の全米オープン決勝戦の勝敗が決した。世界中の観戦者が、世界ランク3ケタ台の元日本人が起こした奇跡を目の当たりにし熱狂する。男の名前は影村義孝。ポーランドへ帰化した日本人のテニスプレーヤー。そんな彼の勝利を日本にある小さな中華料理屋でテレビ越しに杏露酒を飲みながら祝福する男がいた。彼が店主と昔の話をしていると、後ろの席から影村の母校の男子テニス部マネージャーと名乗る女子高生に声を掛けられる。影村が所属していた当初の男子テニス部の状況について教えてほしいと言われ、男は昔を語り始める。男子テニス部立直し直後に爆発的な進撃を見せた海生代高校。当時全国にいる天才の1人にして、現ATPプロ日本テニス連盟協会の主力筆頭である竹下と、全国の高校生プレーヤーから“海将”と呼ばれて恐れられた影村の話を...。

[1分読書]彼女を寝取られたので仕返しします・・・

無責任
青春
僕は武田信長。高校2年生だ。 僕には、中学1年生の時から付き合っている彼女が・・・。 隣の小学校だった上杉愛美だ。 部活中、軽い熱中症で倒れてしまった。 その時、助けてくれたのが愛美だった。 その後、夏休みに愛美から告白されて、彼氏彼女の関係に・・・。 それから、5年。 僕と愛美は、愛し合っていると思っていた。 今日、この状況を見るまでは・・・。 その愛美が、他の男と、大人の街に・・・。 そして、一時休憩の派手なホテルに入って行った。 僕はどうすれば・・・。 この作品の一部に、法令違反の部分がありますが、法令違反を推奨するものではありません。

[1分読書] 高校生 家を買う そして同棲する・・・

無責任
青春
≪カクヨム 部門別 日間7位 週間11位 月間12位 年間90位 累計144位≫  <毎日更新 1分読書> 親が死ぬ。運命の歯車が変わりはじめる ショートバージョンを中心に書いてあります。 カクヨムは、公開停止になったのでこちらを一気に公開します。 公開停止になるほどではないと思うのですが・・・。 今まで公開していた所が5章の最後まで・・・。 7/29中に全て公開します。 その後は通常連載通りに・・・。 両親が死んだ。 親戚もほとんどいない。 別にかっこいいわけでもない。 目立たない、ボッチの少年。 ただ、まじめなだけ・・・。 そんな少年が家を買う。 そして幼馴染との距離が近づいていく。 幼馴染の妊娠による裏切り、別れ。ひとりぼっちに。 新たな出会いが・・・。 最後はハッピーエンドを予定しています。 紹介文などはネタバレしないように少しづつ更新します。 1章:家を買うまでを描写します。  主人公は、最初、茫然としているので淡々と・・・。 2章:幼馴染に告白して・・・寝取られ・・・別れ。 3章:新たな出会い  転校生の星山星華との出会い  そして彼氏、彼女の関係に・・・。 4章:新しい高校生活(前編) 4.5章:とりあえずのエピローグ    当初のエンディングをそのまま掲載したいと思います。 4.6章 田中めぐみ  あたしがセックスしたときの裏話から・・・。  3話でひとつの作品だと思っています。  読者の皆様からは、あまり良いイメージを持たれていない章になります。 4章:新しい高校生活(後編) 5章:大学生活(楽しいの大学生活) 5章:大学生活(妊娠、そして・・・) 5章:大学生活(子供がいる大学生活) 5.5章 田中家の両親 6章:めぐみのいる新生活(めぐみとの再会) 6章 めぐみのいる新生活(めぐみの仕事) もっと書きたいと思ったのでできる限り書きます。 こういう展開が良いなどあれば、教えて頂けると助かります。 頑張りますのでよろしくお願いします。 まだまだ、投稿初心者なので投稿予定の話を少しずつ手直しを頑張っています。 カクヨムで公開停止になる前の情報 ブックマーク:1,064 PV数    :244,365PV ☆星    :532 レビュー  :212 ♡ハート  :5,394 コメント数 :134 皆さま、ありがとうございました。 再度アップしましたが、カクヨムを撤退しました。 ブックマーク:332 PV数    :109,109PV ☆星    :183 レビュー  :68 ♡ハート  :2,879 コメント数 :25 カクヨムではありがとうございました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...