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「隼くん、最近私に何か隠してるわよね?私ちゃんと分かってるんだから!隠し事してることなんて、すぐ分かるのよ。」

目を合わせた僕の目をまるで睨みつけるかのように閃光を放ちながら、菜摘さんは言った。

「そりゃあ、隠し事を一切するなとは言わない。私だって人に知られたくないことの1つや2つあるもの。だけど、タイミングが悪いわ…。隼くん。私はね、4月に入って隼くんが何かを隠していることには気づいてた。だけど、前に相談に来た昭恵ちゃんが改めて私のところへ来て実は自分も隼くんにチョコをあげたんですなんて言ってきたり、私との約束に遅れて昭恵ちゃんと二人きりでどこかへ行ったところを見たりしたら…不安になるの。ねえ隼くん…不安にさせないで…」

珍しく矢継ぎ早に言葉を紡ぐ菜摘さんに、僕は黙るしかできなかった。

菜摘さんの声と表情が、そしてそれらを奏でる身体そのものが、どこか震えているような気がした。

それは不安からか怒りからか涙からか…

分からないが、菜摘さんの中に渦巻く暗黒に似た深い色が、彼女の全身を包むようにそこに見えた。

そしてその闇は真っ直ぐに僕へと向かい、鋭くも柔らかくも突き刺さった。

つまり、菜摘さんは僕と昭恵さんとのことについて、嫉妬しているのだ…。

かくまでに僕を想い、昭恵さんを疑い、これまでは「年上だから」と抑えてきた負の感情を僕にぶつけるという行為を…これまでのように抑えられずにいるのだ…。

そう思うと、菜摘さんがその眼球から突き刺してくる恨みとも取れる感情を、僕は淡い気持ちで受け取ることができた。

菜摘さんが、初めて僕にここまで露骨に嫉妬してくれたのだから…。


「隼くん、答えてよ。」

僕の場違いな恍惚とした気持ちを見抜いてか、その眼と違わぬ鋭い声で菜摘さんが今度は僕の鼓膜を突き刺してきた。


「僕は…昭恵さんとは何もないよ。確かに昭恵さんからチョコを貰ったよ。だけど、僕はちゃんと言ったんだ。菜摘さんのことが好きだ、って。菜摘さん意外の人は考えられない、って。……僕はそう言ったんだよ…。」

僕は、菜摘さんへのこの言葉に嘘はない。

これから先も菜摘さん以上に想える相手なんていないと思うし、いなくても良い。

これからどんな苦難に遭っても、菜摘さんさえいれば、僕は立ち向かっていける…。

僕にとって、菜摘さんはそれ程唯一無二の存在だ。

それは決して単なる恋愛感情や男女の情だけではない…生きる上での道標とも、暗闇を照らす光とも言える、所謂人生そのものを捧げる気持ちだった。


だけど…菜摘さんは…?


菜摘さんは、僕のことを本当はどう思ってるの?


僕のことを唯一無二の存在だとは思ってくれていないの?



そんな言葉を続けようと僕は何度言迷ったか知らない。

だけど結局この日は、これらの疑問は菜摘さんの涙と僕への暖かい抱擁とに打ち消されてしまい、結局聞けずじまいとなってしまった。
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