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「そっか……ありがとう昭恵さん…」
僕はその変化に思わず目を逸らして、うつむき加減に礼を言った。
そしてふと、昨日見た菜摘さんの横顔を思い出した。
それを見たとき、1年の時が過ぎたことを二人の変化を通じて実感したものだが、今の昭恵さんの表情もまた、彼女の変化を通じて時の過ぎたるを思い起こさせるものであった。
「ねえ隼くん。」
僕が昭恵さんを見据える前に、彼女はそう言って僕の隣に腰を下ろした。
ふわりと香った彼女の柔軟剤の匂いが鼻を包んだ。
「隼くんが菜摘さんを好きになるのは分かるわ。だって菜摘さんは男子の中でもファンが多いもの。女の私から見ても可愛いし、みんなに対して優しいし、人気なのも納得よ。だけどね…」
昭恵さんの言葉を、僕は途中までフワフワした心持ちで聞いていた。
言わば心の中で頷きながら、僕の彼女への称賛を噛み締めていた。
しかし昭恵さんが最後に途中で区切った「だけどね」が、なぜだか異様に不穏な音を持ったように聞こえた。
「だけど、何…?」
そのあまりの直感的な違和感に、僕は思わず続きを催促した。
しかし昭恵さんはなかなか口を堅く閉じたまま、何も言わない。
僕は頭を一瞬過ぎってはまた一瞬で消えてゆく様々な可能性を何度もやり過ごしながら、昭恵さんの言葉を待った。
「隼くん…菜摘さんは…きっと、彼氏がいるわ…」
数分間の沈黙が作り出した緊張感が一気に解ける気がした。
ため息まじりの昭恵さんの言葉に、僕は安堵の意味でため息をつきたかった。
「それは…わかってるよ。僕だって薄々は…」
「そう?だとしたら、何で想い続けるのよ。」
「それは…」
『その彼氏が自分だから』……
そう言いたい気持ちを飲み込むが如く、僕は言葉を止めた。
昭恵さんが何故あんなにも深刻そうな間を持ってまで菜摘さんに彼氏がいることを伝えようとしたのだろう。
それを考えると、やはり誰もがまさか僕と菜摘さんが付き合っているなどとは思っていないのだということが分かり、少し安心した。
しかしそれと同時に、彼氏がいるらしいという噂はどこから広まったのだろうということについても気になり始めた。
僕の心当たりと言えば、唯一村上くんだけではあるが…
まさか彼が僕らの関係を誰かに言い触らすことはないとは思いたい。
よもや僕と菜摘さんが一緒にいるところを誰かに見られてしまったか…。
もしくは菜摘さんが彼氏がいるようなことを仄めかす言葉を誰かに発したのか…
色んな可能性はあれど、とにかく僕は昭恵さんの深刻そうな表情に反して、彼女に告げられた内容が自分が最も関わっていることだったという点においてかなり安心した。
僕はその変化に思わず目を逸らして、うつむき加減に礼を言った。
そしてふと、昨日見た菜摘さんの横顔を思い出した。
それを見たとき、1年の時が過ぎたことを二人の変化を通じて実感したものだが、今の昭恵さんの表情もまた、彼女の変化を通じて時の過ぎたるを思い起こさせるものであった。
「ねえ隼くん。」
僕が昭恵さんを見据える前に、彼女はそう言って僕の隣に腰を下ろした。
ふわりと香った彼女の柔軟剤の匂いが鼻を包んだ。
「隼くんが菜摘さんを好きになるのは分かるわ。だって菜摘さんは男子の中でもファンが多いもの。女の私から見ても可愛いし、みんなに対して優しいし、人気なのも納得よ。だけどね…」
昭恵さんの言葉を、僕は途中までフワフワした心持ちで聞いていた。
言わば心の中で頷きながら、僕の彼女への称賛を噛み締めていた。
しかし昭恵さんが最後に途中で区切った「だけどね」が、なぜだか異様に不穏な音を持ったように聞こえた。
「だけど、何…?」
そのあまりの直感的な違和感に、僕は思わず続きを催促した。
しかし昭恵さんはなかなか口を堅く閉じたまま、何も言わない。
僕は頭を一瞬過ぎってはまた一瞬で消えてゆく様々な可能性を何度もやり過ごしながら、昭恵さんの言葉を待った。
「隼くん…菜摘さんは…きっと、彼氏がいるわ…」
数分間の沈黙が作り出した緊張感が一気に解ける気がした。
ため息まじりの昭恵さんの言葉に、僕は安堵の意味でため息をつきたかった。
「それは…わかってるよ。僕だって薄々は…」
「そう?だとしたら、何で想い続けるのよ。」
「それは…」
『その彼氏が自分だから』……
そう言いたい気持ちを飲み込むが如く、僕は言葉を止めた。
昭恵さんが何故あんなにも深刻そうな間を持ってまで菜摘さんに彼氏がいることを伝えようとしたのだろう。
それを考えると、やはり誰もがまさか僕と菜摘さんが付き合っているなどとは思っていないのだということが分かり、少し安心した。
しかしそれと同時に、彼氏がいるらしいという噂はどこから広まったのだろうということについても気になり始めた。
僕の心当たりと言えば、唯一村上くんだけではあるが…
まさか彼が僕らの関係を誰かに言い触らすことはないとは思いたい。
よもや僕と菜摘さんが一緒にいるところを誰かに見られてしまったか…。
もしくは菜摘さんが彼氏がいるようなことを仄めかす言葉を誰かに発したのか…
色んな可能性はあれど、とにかく僕は昭恵さんの深刻そうな表情に反して、彼女に告げられた内容が自分が最も関わっていることだったという点においてかなり安心した。
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