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第五章 領主の妻のお仕事です

33.嵐が来たようです

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 マクレーン式電話。
 プレイリー王国が正式に認可した名称ではないので、あくまでも仮称だけど、商工ギルドを中心に盛んにそう呼ばれている。
 実用化されて数日で、これまで電話を引いていなかった小さな商会やそこそこ裕福な個人宅から、問い合わせが殺到しているらしい。
 らしいというのは、ギルド長からアンバーが聞いた話だからだ。
 通信省に問い合わせるのが正規のルートなのだけれど、ほとんどの問い合わせは商工ギルドに集まっているのだとか。

「例の電話機の使用法説明会、あれのせいだと思いますよ」

 金の髪に灰色の瞳をした自称美青年、商工ギルド長ウィリアム・シモンズ氏は嬉しそうに言う。

「あの説明会、初回こそ人は集まりませんでしたが、その次の回から定員オーバーの大入り盛況で。こちらも開催回数を増やしたりして、対応が大変でした」

 本来通信省の仕事なのに、それを「丸投げしやがって」と恨んでいる風ではない。
 むしろ喜んでいるみたいに見える。
 彼も経済界の最前線にいる人だ。この交換機がもたらす経済効果を、肌で実感しているのだろう。

「申し込み受け付けは、このままうちで請負ましょう。もちろんそれなりの対価はいただきますよ? そこの調整はお願いしても?」

 少々の対価を支払ったとしても、通信省で新規に人を雇うよりはるかに安上がりだ。
 だからアンバーはすぐに頷いた。
 この程度の出費なら、アンバーの権限でなんとかなるはずだ。

「ええ、ぜひとも。クラーク局長もいやとはおっしゃいません。局に戻ったら、すぐに調整しましょう」

 予想どおり、すぐに決裁は通った。


 その夜のことだ。
 出先からようやく戻ったユーインと、遅い夕食をとっている最中に、王都からの早馬が到着した。

「マクレーン辺境伯閣下にお目にかかりたい」

 息を切らせて飛び込んできた騎士は、王都の騎士団長からの正式文書を携えていた。

「聞こう」

 カトラリーを静かに置いて、ユーインは騎士に視線を向ける。

「ご当家の元使用人エイミーの余罪についてです。委細はこちらをご覧ください」

 赤い封蝋には、騎士団長の紋章が刻印されていた。
 くるりと巻かれた封書を渡されたユーインは、側仕えにペーパーナイフを求めた。
 さくりと蝋を切る音。
 はらりと広げられた書面に目を通すと、ユーインはまるで無表情に執事に問いかける。

「母上はどちらにおいでか?」
「お部屋においでになります」
「こちらにおいでいただきたいと。急げ」
「かしこまりました」

 執事が食堂を出て十分後、お義母様がおいでになった。

「母上、遅い時間に申し訳ございません」

 立ち上がって、ユーインは丁寧なお辞儀をした。

「王都より至急の知らせがまいりました。母上にもお知らせすべきと思い、お運びいただきました」
「そう。大層なことのようね。いったい何が起こったの?」

 ちらりと騎士団から派遣された騎士に視線をやって、お義母様も無表情でおいでだ。
 
(嵐の前って感じだわ)

 交換手を長くやっていれば、視覚や触覚に頼らないで場の雰囲気を察知する能力が鍛えられる。
 直接的には聴覚だけど、それだけじゃない。間とか沈黙とかからも何かを感じ取る。魔力によるものじゃない、第六感みたいなものが鋭敏になる。
 その感覚のアンテナがびりびりと震えていた。
 超大型で強い勢力の嵐が、間近に迫っている。

「エイミーと俺を産んだ女が、クラウスを殺したのだそうです。死者は罪に問えませんが、エイミーは極刑です。が、処刑は非公開。我が家の体面にご配慮いただけるようです」

 クラウスとはお義母様の実子、ユーインの異母弟の名だ。
 
「そう。それでユーイン、あなたはどうするの?」
「国法のとおり処分されるのです。俺は淡々と従うまで」
「そうではありません。わたくしが聞いているのは、あなた自身の進退ですよ」

 お義母様の鋭い声が、場の空気を引き裂いた。

「皆、下がっていろ」

 執事に命じるユーインの声は冷静だった。

「卿には今宵、我が家へお泊りいただけるだろうか? 返書は明朝したためる」

 使いの騎士に穏やかに頼んだ後、執事に彼の部屋を用意するよう言いつける。
 そしてユーインとお義母様、それにアンバーの三人だけが食堂に残る。

「進退とは?」

 静かに、ユーインが口火を切った。

「あなたは正当な後継者を害した犯人の子なのですよ? 当主のままい続けられると?」

 お義母様の声は、氷のように冷たい。
 裏に憎悪の炎がちらちらと見え隠れするようだ。

「平民の母から生まれ、魔力のないあなたが当主になれたのは、わたくしとの養子縁組があったこと、それからノルディン侯爵家が後見についたからです。だからこそ国王陛下もお認めくださった」
「はい、承知しております」
「養子縁組を解消します。ノルディン侯爵家も後見を下りる。そうしたら間違いなく、陛下は当主の交代をお求めになるわ」

 お義母様がおっしゃることは正しい。
 プレイリー王国では、嫡出と非嫡出の差は明らかだ。やむをえず非嫡出子を跡継ぎにする場合でも、一度正妻との間で養子縁組をして、形式上は嫡出扱いにしてからでなければ認められない。
 そのキモになる養子縁組を解消すると、前当主の正妻が言う。
 そもそも当主たる資格がなかった。だからユーインは当然、辺境伯ではいられない。
 普通なら現在起こったなんらかの事情で、時を遡って過去の爵位継承や相続をなかったことにはしない。
 特にユーインの場合、自分が犯罪を犯したわけじゃない。
 あくまで実母の罪だ。
 けれど前世の日本とプレイリー王国は違う。
 平民の女との間にできた庶子、しかも魔力なしのユーインを、お義母様とノルディン侯爵家の後押しなしに貴族と認めるわけがない。
 ハロウズの母の言葉を借りて言えば、「出来損ない」「汚らわしい」存在なのだから。

「母上のご自由になさってください。俺はかまいませんよ」
「わかってくれて嬉しいわ。わたくしも必要以上にあなたを傷つけたくはなかったから。では当主交代の届けを明日にでも出しましょう」

 ほっと息をおつきになったお義母様に、ユーインがふっと息だけの笑いを浴びせかける。

「ここを去るのは俺じゃありませんよ」

 義理の仲でも、ユーインはお義母様を慕い敬っていた。
 だからアンバーは初めて見た。
 薄い青の目を細めてお義母様を睥睨へいげいするユーインの、乾いた冷ややかな表情かおを。
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