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第四章 経済支援は領主の務め
22.仕事ですから
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「それはいいですね。もしそうなれば、昼間電話がつながらなくてイライラするの、なくなりますよ。商工ギルドのメンバーも、とても喜ぶと思います」
アンバーとフリードを別室に通した後、二人のやりとりを聴いていたデニスが、かなり興奮気味に早口で言った。
「ノルディン卿は手掛けるんでしょう? もう決めてますよね? なら後は資金の問題ですね」
顎に手を当てて、デニスは考え込んだ。
「新規の研究開発費となると、けっこうまとまった額が必要です。いくらかは商工ギルドから出るでしょうが……。それも条件次第ですね」
前世のアンバーの勤務先は家電で有名な企業だった。けどそれだけじゃない。カメラやプリンター、パソコンも扱っていたし、法人用の電話機や交換機も商品のラインナップにあった。
特に交換機は有名で、前世ただの地方支社の事務職であったアンバーでも、交換機がいかに高価なものかくらいは知っている。
楽に家が一軒買えるほどの額だ。
それを今回、ゼロから作ろうというのだ。開発費はただ事ではない。きっと王都に屋敷が五軒くらい建つ金額は必要だろう。ものすごくおおざっぱに見積もってもだ。
「マクレーンへ持って帰るわ。夫に相談させてくれる?」
かなりの金額だ。アンバーの持参金くらいで間に合うのなら、全部吐き出してもいい。でもそれでは無理だ。
ここは夫に協力を依頼するしかない。
マクレーン辺境伯家が協力するのなら、実用化した時、交換機一機設置するごとになにかしらライセンス料のようなものを支払ってもらわなくてはならないけど。
そのあたりは商工ギルドに相談してもらうとして。
「じゃあこれは僕個人が趣味でやったことにしよう。そうすれば技術省にいろいろ言われなくてすむ……、ていうか言わせないけどね」
涼しい顔をしてふふんと笑うフリードに、「それはだめだろ」とデニスが突っ込む。
「後から面倒なことを言ってきたらどうするんですか。技術省はお役所ですからね。基本、副業は禁止でしょうよ」
「う~ん。そうだね、デニスやアンバーに迷惑かけてもいけないし……。わかった。いちおう筋は通してみるよ。で、ダメだと言ったり、ぐずぐず返事を引き延ばしてくるようなら、辞表を出してくるね」
別に技術省にはこだわらないからと、フリードは本当にそう思っているようだ。
「まあ、そうですね。ノルディン卿の頭脳なら国内外どこでも欲しがるところ、たくさんありますからね」
デニスの言葉は事実だ。
フリードの頭脳は、それ自体が唯一無二の商品だ。彼が生み出す実用的な発明を、欲しがらない国はない。
(羨ましいわ。自分の頭脳を財産に、自由に誇り高く生きられるなんて)
地味な容姿に並な頭脳しかないアンバーには、許されない贅沢だ。
「どうする、アンバー? マクレーンへは僕も一緒に行こうか? 説明するの、僕がした方がいいでしょ?」
もうすっかりその気のフリードがおかしい。
「ぜひお願いするわ。フリーに提案されて断るバカはいないもの」
天才が、技術省を辞職してでも開発してやると言ってくれてるのだ。もし断ったら、そいつは本当にバカだ。
「じゃあ今日一緒に帰ろう? 今日乗って来た馬車、僕のだから」
なんだかとても嬉しそうなフリードに、すっかりアンバーものせられていた。
マクレーン領へ到着したその夜の、あの険悪な雰囲気を忘れていた。
「まあフリー! よく来たわね。アンバーと一緒だなんて、あらあら」
マクレーン邸、玄関ホールまでお迎えくださったお義母様は、アンバーとフリードの顔を交互に見ながら微笑んでおいでだ。
意味深な感じを受けるのは気のせい?
「叔母上、今日は仕事のお話しですよ。勘ぐるのはまだお気が早いかと」
「そうね。ユーインは手強いわよ?」
お義母様のおっしゃるとおりだ。
ユーインは簡単にお金をだしてくれない。
「そうよ、フリー。ユーイン様はなかなか金庫を開けてくれないからね」
気を引き締めてかかりなさいと、そう言いたかったんだけど。
なぜだかフリーにはため息をつかれてしまった。
お義母様は苦笑いなさっておいでだし。
(なにかおかしなことを言った?)
「俺がどうかしたか?」
夫ユーインが現れた。
「ずいぶん急な訪問だな、ノルディン卿」
最初から氷柱のできそうな冷気を浴びせるのは、止めてほしい。
いくらお金の話だからといっても、一応は話くらい聞いてほしいとアンバーは思う。
「仕事の話です、ユーイン。あなたに聞いていただきたくて、でも私ではあなたと納得させるだけの説明ができそうもなくて。それで説明をお願いしたのよ」
「君の発案なのか?」
「ええ、そう。でも思いつきだから。実用化するとなると、フリーの力が是非必要で」
「フリー?」
ユーインの冷気の温度がさらに下がる。氷点下三十度というところか。
ああ、愛称呼びが気に障ったのか。それくらいはアンバーにもわかった。夫の前で、確かに無礼だった。
「ごめんなさい。ノルディン卿です」
謝りながら、アンバーは少し腹も立つ。
(あなたがそれを言う? エイミーを特別扱いしてきくせに)
それがユーインのトラウマのせいだとしても、一応は妻であるアンバーの純潔について不名誉な噂を流した女をかばったくせにと思う。
「ノルディン卿とは旧知の仲ですから。つい気安い口をきいてしまったのです」
あなただって同じでしょうと、皮肉った。
「アンバー、君はマクレーン辺境伯夫人だ。その自覚をもってほしいものだな」
ああ、売り言葉に買い言葉だ。
これはどちらかが鉾を収めなければ、よりひどい見苦しい言い合いになる。
「まあまあ。マクレーン辺境伯閣下、今日のところはこのあたりで。仕事の話で伺ったのですから」
仲裁するように割って入ったフリードの微笑に、暗く黒いものがちら見えする。
「今日のところは……ですが」
アンバーとフリードを別室に通した後、二人のやりとりを聴いていたデニスが、かなり興奮気味に早口で言った。
「ノルディン卿は手掛けるんでしょう? もう決めてますよね? なら後は資金の問題ですね」
顎に手を当てて、デニスは考え込んだ。
「新規の研究開発費となると、けっこうまとまった額が必要です。いくらかは商工ギルドから出るでしょうが……。それも条件次第ですね」
前世のアンバーの勤務先は家電で有名な企業だった。けどそれだけじゃない。カメラやプリンター、パソコンも扱っていたし、法人用の電話機や交換機も商品のラインナップにあった。
特に交換機は有名で、前世ただの地方支社の事務職であったアンバーでも、交換機がいかに高価なものかくらいは知っている。
楽に家が一軒買えるほどの額だ。
それを今回、ゼロから作ろうというのだ。開発費はただ事ではない。きっと王都に屋敷が五軒くらい建つ金額は必要だろう。ものすごくおおざっぱに見積もってもだ。
「マクレーンへ持って帰るわ。夫に相談させてくれる?」
かなりの金額だ。アンバーの持参金くらいで間に合うのなら、全部吐き出してもいい。でもそれでは無理だ。
ここは夫に協力を依頼するしかない。
マクレーン辺境伯家が協力するのなら、実用化した時、交換機一機設置するごとになにかしらライセンス料のようなものを支払ってもらわなくてはならないけど。
そのあたりは商工ギルドに相談してもらうとして。
「じゃあこれは僕個人が趣味でやったことにしよう。そうすれば技術省にいろいろ言われなくてすむ……、ていうか言わせないけどね」
涼しい顔をしてふふんと笑うフリードに、「それはだめだろ」とデニスが突っ込む。
「後から面倒なことを言ってきたらどうするんですか。技術省はお役所ですからね。基本、副業は禁止でしょうよ」
「う~ん。そうだね、デニスやアンバーに迷惑かけてもいけないし……。わかった。いちおう筋は通してみるよ。で、ダメだと言ったり、ぐずぐず返事を引き延ばしてくるようなら、辞表を出してくるね」
別に技術省にはこだわらないからと、フリードは本当にそう思っているようだ。
「まあ、そうですね。ノルディン卿の頭脳なら国内外どこでも欲しがるところ、たくさんありますからね」
デニスの言葉は事実だ。
フリードの頭脳は、それ自体が唯一無二の商品だ。彼が生み出す実用的な発明を、欲しがらない国はない。
(羨ましいわ。自分の頭脳を財産に、自由に誇り高く生きられるなんて)
地味な容姿に並な頭脳しかないアンバーには、許されない贅沢だ。
「どうする、アンバー? マクレーンへは僕も一緒に行こうか? 説明するの、僕がした方がいいでしょ?」
もうすっかりその気のフリードがおかしい。
「ぜひお願いするわ。フリーに提案されて断るバカはいないもの」
天才が、技術省を辞職してでも開発してやると言ってくれてるのだ。もし断ったら、そいつは本当にバカだ。
「じゃあ今日一緒に帰ろう? 今日乗って来た馬車、僕のだから」
なんだかとても嬉しそうなフリードに、すっかりアンバーものせられていた。
マクレーン領へ到着したその夜の、あの険悪な雰囲気を忘れていた。
「まあフリー! よく来たわね。アンバーと一緒だなんて、あらあら」
マクレーン邸、玄関ホールまでお迎えくださったお義母様は、アンバーとフリードの顔を交互に見ながら微笑んでおいでだ。
意味深な感じを受けるのは気のせい?
「叔母上、今日は仕事のお話しですよ。勘ぐるのはまだお気が早いかと」
「そうね。ユーインは手強いわよ?」
お義母様のおっしゃるとおりだ。
ユーインは簡単にお金をだしてくれない。
「そうよ、フリー。ユーイン様はなかなか金庫を開けてくれないからね」
気を引き締めてかかりなさいと、そう言いたかったんだけど。
なぜだかフリーにはため息をつかれてしまった。
お義母様は苦笑いなさっておいでだし。
(なにかおかしなことを言った?)
「俺がどうかしたか?」
夫ユーインが現れた。
「ずいぶん急な訪問だな、ノルディン卿」
最初から氷柱のできそうな冷気を浴びせるのは、止めてほしい。
いくらお金の話だからといっても、一応は話くらい聞いてほしいとアンバーは思う。
「仕事の話です、ユーイン。あなたに聞いていただきたくて、でも私ではあなたと納得させるだけの説明ができそうもなくて。それで説明をお願いしたのよ」
「君の発案なのか?」
「ええ、そう。でも思いつきだから。実用化するとなると、フリーの力が是非必要で」
「フリー?」
ユーインの冷気の温度がさらに下がる。氷点下三十度というところか。
ああ、愛称呼びが気に障ったのか。それくらいはアンバーにもわかった。夫の前で、確かに無礼だった。
「ごめんなさい。ノルディン卿です」
謝りながら、アンバーは少し腹も立つ。
(あなたがそれを言う? エイミーを特別扱いしてきくせに)
それがユーインのトラウマのせいだとしても、一応は妻であるアンバーの純潔について不名誉な噂を流した女をかばったくせにと思う。
「ノルディン卿とは旧知の仲ですから。つい気安い口をきいてしまったのです」
あなただって同じでしょうと、皮肉った。
「アンバー、君はマクレーン辺境伯夫人だ。その自覚をもってほしいものだな」
ああ、売り言葉に買い言葉だ。
これはどちらかが鉾を収めなければ、よりひどい見苦しい言い合いになる。
「まあまあ。マクレーン辺境伯閣下、今日のところはこのあたりで。仕事の話で伺ったのですから」
仲裁するように割って入ったフリードの微笑に、暗く黒いものがちら見えする。
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