【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)

文字の大きさ
上 下
94 / 96
第六章 セスランの章(セスランEDルート)

94.言ってきかせてわからないなら

しおりを挟む
 艶を失った金色の髪はそそけて貧相で、生気のない緑の瞳はいっそ不気味なくらい。
 これが竜族一美しいと言われる黄金竜オーディの姿か。
 とても信じられない。

「半竜の身がパウラを得たか……。
 怖れを知らぬことだ」

 セスランがパウラを得た瞬間に、勝敗は決している。
 それを承知している黄金竜オーディは、自嘲の笑みを口元に浮かべていた。

「私の身は好きにせよ。
 焼き滅ぼすも、首をさらすも、思いのままに。
 だがは、私の唯一だけは、許してほしい。
 が道を外したのは、私が無理に望んだがゆえだから」

 息をするのもやっとのような、やつれ果てた黄金竜オーディの最後の哀願に、パウラの胸はつきんと痛む。
 これが竜族の唯一への想い。
 わが身より唯一の身を案じてやまない。
 たとえその唯一が、彼を愛していなくとも。

「出ていらっしゃいませ!
 さきの竜后オーディアナ、聞いておいでになるのでしょう?
 逃げ隠れなど、ヘルムダールの名がすたりましてよ」

 宮に向かってパウラは声を上げた。
 夫が命を賭けて、命乞いをしてくれているのだ。
 知らぬフリなど許せるものか。
 愛しているとかいないとか、竜后の幼稚な言い訳はどうでも良い。
 命を賭けて自分を護ろうとしている男を捨て置けるとしたら、それは女のクズだ。

「騒がしいの」

 ゆらりと空間が歪む。
 銀の鈴を鳴らすような清らかな声。
 歪んだ空間がゆっくりと女の形を描き出す。
 銀糸の長い髪、エメラルドの瞳、ほっそりと優美な肢体。
 まさしくヘルムダールの血を継ぐ女が、不快気に眉を顰めていた。


「ヘルムダールの末裔すえの小娘が、わたくしに意見するか。
 礼節をわきまえぬと見える」

 美しいご先祖様は、パウラを氷の柱にでもするつもりか。
 おそろしい数の冷気の矢を、次々と撃ち放つ。
 燃え盛る炎の壁が、瞬時にその矢を焼き尽くす。
 鬼の形相をしたセスランが、その背にパウラをかばい立った。

「夫が命を賭けての願い、無用のこととお見受けしたが。
 それでよろしいな」

「やめてくれ」

 もうセスランの怒気を止める力もない黄金竜オーディが、悲痛な声で叫ぶ。

「竜后、あなたもやめてくれ。
 あなたがこれまでしてきたことは、けして許されることではない。
 わかっているはずだ」

「誰のせいとお思いじゃ?
 わたくしがいつ竜后になりたいと言った?
 わたくしの気持ちなど聞きもせず、勝手に召し上げたのはどこのどなたじゃ?
 許されぬ?
 ああ、かまわぬ。
 許してほしいなどと、わたくしは思わぬ」

 心が凍る。
 どうしてこんなに夫を憎むのか。
 憎んで嫌って、それでも傍にいるくせに。
 
「あなたはとても美しいわ。
 それは誰のおかげだとお思いですか?
 ごらんなさいな。
 あなたの夫のお姿を」

 やつれてぼろぼろの黄金竜オーディを指し示す。
 竜后はパウラと並んで遜色ないほど、若く美しいというのに。
 彼女の夫が尽きてゆく力の残りをふりしぼり、唯一つまの美貌を護ったに違いない。
 
黄金竜オーディの姿など見とうもないわ。
 どのような顔や姿であったかすら、覚えておらぬ。
 興味もないでな」

 さらりと当然のように、竜后は冷酷な言葉を吐く。
 ぶちんと、パウラの堪忍袋の緒が切れた。

「アルヴィドを今すぐここに呼びましょうか。
 告白なさるとよろしいわ。
 あなたのことをずっと想っています。
 だからわたくしは、こんなバカなことをしたんですって。
 それを聞いたら、アルヴィドはきっと泣いて喜んでくれるでしょうね」

 黙って去るのなら、黄金竜おっとともども生涯の生活は保障しても良いと思っていた。
 セスランがなんと言っても、特にひどい目に遭わせる必要はないと。
 けれどこれは、ひど過ぎる。
 竜后にとって一番大切なのは自分の胸にある初恋の思い出で、それ以外の誰も彼もどうでも良い存在なのだ。
 例えば前世、竜后の仕事を丸投げされて飼殺されたパウラも、異世界から召喚されたナナミもエリーヌも、そして何よりも彼女を愛し護ってきた夫黄金竜オーディさえ。
 言って聞かせてやる段階を、とうに過ぎている。

「小娘がわかったようなことを。
 わたくしとアルヴィドの、何がわかる」

 怒りに染まるエメラルドの瞳を、パウラは負けじと睨み返した。
 どうしてこんなに幼稚なのだろう。
 どうしてこんなに自分勝手でいられるのだろう。
 恋ゆえというのなら、この人は竜后になるべき人ではなかったと思う。
 そしてこの人を唯一と呼んで愛した黄金竜オーディもまた、竜族の長になるべきではなかった。

「できれば貴女ご自身に、自らの後始末をしていただきたかったのですけれど」

 ナナミやエリーヌを元に世界に戻すことも、その1つだった。

「異世界から連れてきた彼女たちには、この世界とは異なる輪廻があったはずですわ。
 それを壊した貴女は罪深い。
 ですが、もうあきらめました」

 すぐ隣でパウラを護り続けるセスランを見上げて、優しく強請る。

「わたくしが代わりに、彼女たちを返してもよろしいでしょう?」

 既に新竜后となったパウラには、セスランの許しさえあれば叶わぬことはない。
 当然だとセスランは頷く。

「わが唯一つまの望みのままに」

「聞いてのとおりです。
 だからもう、貴女には何もしていただきませんわ。
 でも罰は受けていただきます。
 貴女がしたのと同じことを。
 異世界へお送りいたしましょう。
 そこで一人で、一人っきりで生きてごらんなさい。
 これが貴女への罰、本望でしょう?」

 黄金竜オーディがひきつれた悲鳴を上げた。
 やめてくれと、弱く叫ぶ。
 けれど仮にも竜族の長であった彼なら、それが仕方のない罰、甘すぎる罰だとも理解している。

「もちろんヘルムダールのそのお姿は、捨てていただきます。
 あちらでどなたかのお姿を借りて、そうエリーヌのように、転生していただきます。
 ご自分がなさったことの罪深さをお分かりいただけるまで、何度でも」

 アルヴィドがもしここに居れば、許してくれと嘆願しただろうか。
 涙に濡れる黄金竜オーディの姿に、ちらとそんなことを考えもしたが、竜后の腐った性根はそう簡単に直らないとパウラは思う。
 嫌な仕事だ。
 好んでしたくはない。
 けれど竜族の長の妻となったパウラなら、しなくてはならない務めだった。
 道を外れた竜后には、それなりの報いを。

「ごきげんよう。
 どうか一日も早く、ご自身の罪にお気づきくださいますように」

 嫌だと泣き喚く竜后を、パウラの放つ光の渦が巻き込んで、消した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ

こな
恋愛
 公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。  待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。  ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

処理中です...