【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)

文字の大きさ
上 下
85 / 96
第六章 セスランの章(セスランEDルート)

85.私の唯一だ

しおりを挟む
「明日の祭典ではこの身に過ぎた大役を賜り、畏れ多い限りでございます。
 聖使様」

 小さなパウラが、セスランの前で綺麗なお辞儀をしている。
 夢にまで見た細い銀糸の髪、エメラルドの瞳。
 幼くとも確かにパウラ・ヘルムダール、セスランの竜の姫だ。
 それにしても今、彼女はセスランをなんと呼んだのか。
 聖使の名を呼ぶことは不敬にあたるから、彼女の呼びかけは礼にかなったものだ。
 けれどセスランは気に入らない。
 心に決めた唯一に、なぜ名前を呼んでもらえない。

「セスランと、呼んでくれないのか」

 どうしようかと戸惑い考え込む様さえ、愛おしい。
 小さなパウラは迷った末、思い切ったように口を開く。

「セスラン様」

 しびれるような歓びが、セスランの全身を貫いた。
 
「それで良い」
 
 名を呼ばれてわかる。
 間違いなく、パウラこそセスランの唯一だ。
 パウラ以外に、この名を呼ばれたくはない。
 今後、許可なくセスランの名を呼ぶことを禁じようかと、真剣に考える。
 黄金竜の泉地エル・アディへ戻ったら、神官に伝えようと決めた。



 その夜の晩餐会は、とりやめになった。
 パウラとの食事を楽しみにしていたセスランには、ただでさえ残念で不機嫌になることだったが、その理由を聞いた途端、その不機嫌度はさらにひどくなる。

(白虎の王族が捕らえられている?)

 どうやら白虎の王子がふらふらとゲルラ領内を歩いているところを、ゲルラの兵に捕らえられたらしい。
 なんと愚かな。
 敵地といって大過ないゲルラに、王族が、単身で乗り込む。
 狂気の沙汰、阿呆だ。
 セスランにも流れる血ゆえに、余計にイライラとする。
 その阿呆が、パウラにかくまわれているらしい。
 パウラ護衛騎士からおおよそを聴き出して、表面上は平静を保ちつつパウラの部屋へ急いだ。

 確かに白虎の王族だった。
 白い髪、サファイヤブルーの瞳は、まごうことなき王族の証である。
 まだ幼いと言って良い少年だったが、いやしくも王族であるなら己の軽率な行動が何を意味するか、そのくらい考えられなくてどうする。
 セスランの視線は、どうしても冷え冷えときつくなる。
 パウラの願いはわかっていた。
 この阿呆を、無事になんとか故郷へ帰してやってほしいというのだろう。
 ゲルラの面目を潰すことなく、円満に。
 唯一と決めたパウラの願いなら、セスランはどんなことでも叶えてやるつもりだった。
 
「パウラの頼みなら、どんなことでもかなえよう」

 だからそのままを口にしたところ、パウラは目を見開いて固まった。
 まだ願いの内容を言ってないのにと、戸惑っているようだ。

「パウラの頼みであれば、私はかなえる。
 どんなことでもだ。
 だから気にせずとも良い。
 詳細を話せ」

 安心せよと笑ってみせると、パウラはぽっと頬を染める。
 この表情かおのためなら、何度でも願いをかなえたいとセスランは思う。
 そしてその願いの詳細を聴いて、パウラが白虎を特別に思っていないことを知る。
 蛮族と蔑んでいるわけでも、反対に好意をもっているわけでもない。
 彼女の身の回りにいる者と、変わらぬ扱いをしているだけだ。
 セスランの胸に、前世にも増した熱がたまってゆく。
 白虎も竜も、パウラには同じ。
 自分の目で見た個がすべて。一族という集団で判断することはない。

(どうしてこんな簡単なことが見えなかったのか)

 胸の熱のやり場に困りながら、セスランは愛おしい彼の唯一を見つめる。
 彼女が望むなら何でも差し出そう。
 たとえそれがセスラン自身でも。
 蕩けるような視線を唯一に注ぐセスランの前で、白虎の王子がセスランと同種の視線をパウラに向けていた。

(見るな)

 声に出さなかった自分を、セスランは褒めてやりたいと思う。
 想って焦がれて、あきらめて逃げた末に、ようやくたどり着いた彼の唯一を、他の男が視界に入れることなど許せるはずもない。
 白虎と竜と、共に唯一に向ける愛は重すぎるほど重い。
 セスランはその2つの血を合わせ持つのだから、その重さは他の竜や白虎の比ではない。
 加えて拗らせた月日の長さ分だけ、さらに重くなっている。
 その自覚は十分にあった。

 ともかくもパウラの願いを十二分にかなえたセスランは、すべてが終わった後でパウラに告げた。

「これは貸しにさせてもらうぞ」

 セスランの愛しい唯一は、エメラルドの瞳を見開いて、その後うろうろと目を泳がせている。

「次に会う時、返してもらおう。
 楽しみだ」

 次に会う時、その時をセスランは知っている。おそらくはパウラも。
 9年の後。
 ここまで待ったのだから、9年くらいなんということはない。
 そう思おうとする傍から、一分たりとも待ちたくないと心が叫ぶ。
 けれど遡った時間軸で、その先の未来を大きく変えようとするのなら、その途中をあまり早くに変えてしまうのは賢明ではない。
 あまり早くに仕掛けると、黄金竜オーディの邪魔が入るかもしれない。いやきっとそうする。ヤツは飼殺すために、パウラが必要なのだから。
 耐え難く辛いことではあるが、ここは9年、じっと待つのが正しい選択だろう。
 胸を撫で、なんとか了見しようとセスランは努めた。

 だが結局のところ、我慢は続かなかった。
 
(会わなければ良いのだろう)
 
 そう言い訳をして、お忍びでパウラを見に行ったのは言うまでもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

処理中です...