【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)

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第六章 セスランの章(セスランEDルート)

84.次は間違うな

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 海が消えていた。
 ふわふわと浮遊する感覚に、セスランはここが現世の空間ではないと気づく。
 白い光に包まれて、春の陽だまりのように暖かく心地よい。

「来るだろうと、待っておったわ」

 セスランの前に、白いトーガの青年が姿を現した。
 白く長い髪を無造作に垂らした彼は、目の覚めるように鮮やかなサファイヤブルーの瞳をしていた。

「我からは動けぬのでな。
 そなたが自ら来るように、そなたの心を少しだけ操った。
 許せ」

 低く穏やかな声は、ついさっきセスランの頭の中に直接響いたものと同じ。
 人ではないのだとわかる。
 そしてこの容貌、白い髪にサファイヤの瞳。

「あなたは白虎所縁ゆかりの方か」

 所縁とは、おそらく不敬だろうと直感しながら、控えめな表現に留める。
 この気配が、ただの人のものであるはずがない。
 おそらくは始祖、その人。

「今、そなたが胸の内に思うたものが正解だ。
 昔、竜と争って敗れた白虎の長。
 見よ、このざまを。
 情けなや。
 黄金竜オーディに封印されて、ここから出ることすらできぬ」

 その人は笑っている。
 口で言うほど、情けないとは思っていないらしい。

「我に力があれば、それをたのみに一族は争いを起こす。
 昔、竜と争ったのも我が一族をとめられなかったからだ。
 それを思えば、無力であることも悪くはないと思うておった」

 豊かでなくともまずまずの平和であったろうと尋ねられて、セスランは頷く。
 小さな紛争は絶えずあったけれど、一族がことごとく死に絶えるような大きな戦は起こっていない。
 だがその代わりに、失ったものもある。
 先祖伝来の領土、白虎族の名誉。
 竜に虐げられ、蛮族と蔑まれ、辺境で細々と生きてゆかねばならない。

「そうだな。
 それに気づいたのは、そなたと母を見た時であったよ。
 そなたの母は、最期までそなたを案じていたぞ。
 そして我に願った。
 そなたをどうか見守ってやってほしいと。
 だからそなたを呼んだ。
 昔の負け戦の割を食ったそなたに、詫びの1つも言わねばと思うての」

 詫びてもらっても、いまさら仕方ない。
 ほうっておいてほしいだけだと、セスランは首を振った。

「もうおかまいくださいますな。
 私はただ静かに暮らせれば、それで十分です」

「そなたが欲しいものを、手に入れてやると言ってもか?」

 サファイヤの瞳が、いたずら気に輝いている。

「正確には、手に入れる機会をやる……というところだが」

 欲しいもの。
 そう聞いて、すぐに浮かんだのは銀の髪をした竜の姫。
 けれど到底かなわぬ夢だ。半竜である自分に、けして彼女は得られまい。
 たとえ何度生まれ変わったとしても。

「御身の血を継ぐのは、この身の半分です。
 残る半分は、竜の血。
 白虎でも竜でもないこの身に、得られる方ではありません」

 頑なに首を振ると、サファイヤの瞳が不思議そうにセスランを覗き込む。

「おかしなことを言う。
 そなたは竜であり、白虎でもある者ぞ。
 それも竜の中の竜たるゲルラ公家と、白虎のしかも王族の血を継ぐ者。
 2つの一族において高貴なる存在など、めでたいことこの上ないではないか」

 竜でもなく、白虎でもないと、そう自ら嘆いてきた。
 けれど始祖は言う。
 竜であり、白虎でもある。
 それはめでたいことなのだと。
 知らぬ間に、涙がこぼれていた。

「すまぬ。
 そなたに辛い思いをさせたのは、我の不明だ。
 詫びと言っても、そなたには遅いと言われるだろうが、せぬよりは良い。
 もう一度、かの姫と出会いからやり直す機会をやろう」

 転生させてやると、始祖は言った。

「かの姫も、どうやら転生を望んだらしい。
 黄金竜オーディに飼殺されて、嬉しかろうはずもない。
 かの姫の時間軸に合わせてやろう。
 セスラン、次は怯むでないぞ」

 始祖はセスランの両の肩に、ぽんと手をかけた。
 
「もう一度言っておく。
 そなたは竜でもあり、白虎でもある者ぞ。
 おのが価値を、間違えるでない」

 次第に遠くなる声。
 白い光。
 暖かい空気。
 ふつりと切れて、漆黒の闇に放り出される。
 やがて眩しい白い光がセスランを包み、その身体を押し出して。

 そこは懐かしい黄金竜の泉地エル・アディであった。

 戻ってきたとすぐにわかる。
 身に着けた衣装、装身具の1つ1つが、すべて聖使であった頃そのままである。
 問題は、いつの時点かであった。
 できれば、聖女選抜試験の始まるずっと前であればと願う。

「ゲルラで火竜の祭典がございます。
 セスラン様には、お出ましのお仕度をお願いいたします」

 聖使付きの神官の声に、かぶせるようにして聞いた。

「竜后役はヘルムダール大公か。
 大公の御名は?」

「今年はヘルムダールの公女が、竜后役をなさいます。
 御名は……パウラ様と伺っております」

 白虎の始祖に心から感謝した。
 ヘルムダール公女のパウラに会える。
 前世にはなかったことだ。
 セスランの転生でなにかが狂ったか、それともパウラの転生でか。
 いずれにせよ、新しい出会いがこれから始まる。

 もう間違えない。
 逃げた先に何があるか知った今、もう二度と自分の気持ちをごまかすことはしない。
 パウラを必ず妻にする。
 相手が黄金竜オーディであっても、けして譲らない。

 ゲルラ公国火竜の祭典で、セスランはパウラに出会う。
 パウラ8歳の秋のことであった。
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