【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)

文字の大きさ
上 下
78 / 96
第六章 セスランの章(セスランEDルート)

78.竜の姫

しおりを挟む
「セスラン様は、半分だけ竜なんでしょう?」

 正面切って、無邪気に投げかけられた問いに驚いた。
 ソーダ水のように透明な緑の瞳をきらきら輝かせて、唇に邪気のまるでない微笑を浮かべて。

「つらい思いをしたんですよね!」

 元気で明るい声は、つらいという言葉になんとも不似合いだった。
 だから怒るより、笑ってしまった。
 この少女の、なんと怖いもの知らずであることかと。

 少女はエリーヌ・ペローと名乗った。
 次期の聖女オーディアナ候補の一人らしい。

 聖女オーディアナ。
 黄金竜オーディの側室であり、竜后オーディアナの代理である。
 普通はヘルムダール公家より、聖紋オディラの出た公女がその任に就くが、今回だけはヘルムダールに二人、聖紋オディラ持ちが現れたらしい。
 そこで異例の選抜試験が行われることになった。
 と、ここまでは公式の話。
 実のところセスラン達4人の聖使は、このエリーヌ・ペローが使の聖女だと、皆気づいている。

 セスランが召喚されたほぼ同じころ、他の3人の聖使も代替わりをした。
 彼らは皆、強い魔力、竜の力を持つようで、その任期はとりわけ長くなりそうだと黄金竜オーディから聞かされていた。
 そこでその長い任期中、わずかの楽しみも希望もなしでは気持ちがもたぬと、寛大なる黄金竜オーディのお情けである。
 本命はもう一人の少女だとは、誰が見てもわかる。
 ヘルムダール公国の跡継ぎとして育てられた公女、パウラ・ヘルムダールである。
 ヘルムダール特有の細い銀糸の髪に、特徴的なエメラルドの輝く瞳。
 立ち居振る舞いは模範的な淑女のそれで、加えて飛竜を操る魔術騎士でもあった。
 文句のつけようもない。
 
「セスラン様のお気持ちは、わたしわかります。
 半分だけ竜だからって、そんなの関係ないから」

 幼稚な言葉で元気づけてくるエリーヌに、パウラ・ヘルムダールは俯いて視線を外した。
 エメラルドの瞳に嫌悪や軽蔑が映っていたわけではなかったが、竜の中の竜であるヘルムダール公家の令嬢なら、当然の反応だとセスランは思った。
 半竜の血を歓迎すべき理由が、彼女にはない。
 触れないように、見ないフリ聞かないフリを保つだけ、高位の姫としては礼にかなっている。
 ところがどうも、そういう意図ではなかったらしい。

「白虎ってどんな見た目なんですか?
 どこに住んでるんですか?」

 エリーヌが立て続けに質問してきた時に、それは起こった。


 
「いいかげんになさい」

 つかつかとこちらに近づいてきたパウラが、エリーヌを真正面に見据えて厳しい声を上げる。

「知りたいのなら、書籍を貸して差し上げます。
 目上の方に、しかもお許しもなく、して良い質問ではないわ」

 生まれのこと、育った環境のこと、父のこと母のこと、その他諸々。
 かなり私事の領域に入る、デリケートな話題である。
 貴族の間では、よほど親しくならない限り、この手の話題は取り上げない。
 
 なるほど……。
 視線を外して俯いたのは、エリーヌの無作法が気に障ったからか。

 そう気づいて、セスランは少しだけほっと気が緩むのを感じる。
 半竜の血を目の前にしたからではなく、半竜の話題を人前にさらしてしゃあしゃあとしているエリーヌにこそ、竜の姫パウラは苛立ったのだとわかって。

「畏れ多いことではございますが、あえて申し上げます。
 このような無作法は、許されるべきではありません。
 どうぞ然るべき方から、お叱りいただければと」
 
 当代の聖女オーディアナ、4人の聖使。
 おまえたちは何をしているのかと、パウラは言ったのだ。
 注意すべきはパウラではなく、その5人だろうにと。

 無作法だとパウラは怒る。
 聖女オーディアナ候補といえど、エリーヌはヘルムダールの男爵家の娘に過ぎない。
 家格や位から言って、セスランの許しなく質問できる立場にはない。
 ましてあのようなごく立ち入った質問など、無作法どころではない。
 ごくまっとうなことだった。
 けれどセスランには新鮮だった。
 これまでセスランのために、まっとうな怒りを示したものはいなかったから。
 昂然と頭をもたげ背筋をしゃんと伸ばした後、腰をかがめてパウラは綺麗なお辞儀をして見せる。
 
「どうぞよろしくお願いいたします」
 
 誰が見ても明らかだ。
 本命の候補、本物の竜の姫君。
 3人の聖使の、視線の温度が変わる。
 そして多分、セスラン自身の視線の温度も変わっているのだろう。
 本命の、本物の竜の姫。
 次代の聖女オーディアナ、つまり黄金竜オーディの側室になる姫だ。
 惹かれても、その先はない。
 半竜であるセスランが、竜族の頂点に立つ黄金竜と競うなど、端から考えられない。

(かなわぬ夢はみないことだ)

 目を閉じて軽く首をふったセスランの腕に、柔らかい腕がからみつく。

「セスラン様~。
 聞いちゃいけないことだったんですか?
 ごめんなさい。
 わたし、知らなくて……」

 うるうると涙の浮かんだ、ソーダ水の瞳が見上げていた。
 聖使用の聖女候補。
 わかりやすすぎる偽物に、己の立場がただ情けなく疎ましかった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

野猿な悪役令嬢

ルナルオ
恋愛
子供の頃、野猿のように木に登って部屋から逃亡したりとやんちゃであった公爵令嬢リーリアには、前世の記憶があった。第2王子セリウスの婚約者となったリーリアは、自分がある乙女ゲームの悪役令嬢であることに気づき、バッドエンド回避のために直球で自ら婚約解消を試みるが……。 小説家になろう様でも掲載しております。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

処理中です...