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第五章 アルヴィドの章(アルヴィドEDルート)

71.あなたを愛しているのは

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 アルヴィドがかつて確かに愛した女。
 この人にあの艶やかな声で甘く囁いた。
 あの深緑の瞳は、どれほど優しく見つめたのか。
 パウラの胸の中にある思いが、はっきりと形になる。
 痛くて苦しくて、胸がきりきりと絞めつけられる。

 「3度目の生でようやく得た唯一の人だ。
 相手が誰であろうと、けして渡さない」

 アルヴィドの声が蘇り、甘く胸がうずいて同時にじりじりと焼けついた。
 あの声、あの蕩けるような微笑を知るのは、パウラだけで良い。
 「誰であろうと渡さない」とは、こういう感情であったのか。
 初めて知った。
 独占欲、嫉妬とは、こんなに苦しいものだったなんて。

 初めての感情に戸惑うパウラを、アルヴィドがじっと見つめていた。
 深緑の瞳にはまず訝しみ、ついで驚きの色が浮かび、最後に歓喜の色が支配する。


「パウラ」

 呼びかけられた声に、パウラは赤くなった。
 多分、きっと気づかれたと悟る。
 気恥ずかしい。
 こういう時、世の女たちはどのような表情をするのだろう。知ったからと言って、それと同じ表情ができるとは、とても思えないけれど。
 とにかく恥ずかしくて恥ずかしくて、とてもアルヴィドの顔をまともに見ることはできなかった。

「おのれ……、小娘が。
 わたくしの前で、よくも」

 ひきつれた声で竜后が叫ぶ。
 いけない。
 防禦しなければと思った瞬間、パウラのものではない金色の輝きが辺りを染めた。


 濃い黄金の微粒子が、きらきらと輝いて部屋の隅々までを覆う。
 清浄なる輝きは眩しく、迷いなく、潔く。
 心の奥からいっさいの穢れを取り除いてくれるようだ。
 黄金竜オーディの輝きだと、すぐにわかった。

「もうそのあたりで、どうか赦してやってほしい」

 前世に、聞いたこともない悲し気な黄金竜オーディの声だった。
 こんな情のこもった、表情のある声も出せるのだと驚く。
 パウラの知る黄金竜オーディの声は、いつも事務的な冷たさと共にあった。
 竜后がからむと、こうも違うのか。

(一応わたくしも側室だったのだけれど……。
 この扱いの差は、なに?)

 呆れながらも、どこかで黄金竜オーディの素直さ、単純さに笑いがこみあげる。
 けして前世、パウラに飼殺し人生を強いたことを許すわけではない。
 けれどもこのあからさまにエコひいきする単純さは、黄金竜オーディは確かに竜なのだと感じさせてくれる。
 唯一のためなら、どんなに愚かにも身勝手にもなれる。
 唯一以外の女など、目に入らない。
 なんとも竜らしい竜ではないか。

「ヘルムダールの外れ、湖の側に崩れかけた城がある。
 知っているだろう?」

 崩れかけたとは失礼なとは思ったけれど、確かにそんな城があることをパウラは思い出した。
 背中に低い山、正面には透き通った湖を抱えるそこは、ヘルムダール初代当主の愛した居城であったらしい。
 懐具合のあまり良くないヘルムダールが維持するには、少々物入り過ぎる城ゆえに、手入れが行き届かず荒れ放題になっていた。
 
「昔そこで、まだ少女の頃の竜后に会った。
 一目でわかった。
 わたしの唯一だと。
 それからずっと、彼女だけがわたしのすべてなんだよ」

 名のみとは言え前世の夫だった男が、切なげに悲し気に切々と告白しているのに、パウラは平静だった。
 つい先ほど感じた、焼けつくような痛みはまるでない。
 これほどまでに違うものかと、我がことながら驚いている。

「パウラ。
 君にもう一度やり直しを許したのは、君が願ったからでもあるけれど、わたしの都合でもあったんだよ。
 竜后を放してあげることは、わたしにはできない。
 けれど彼女をこのままでいさせて良いわけがないことも、わかっていたからね」

 黄金竜オーディは金色に輝く頭を軽く振った。
 緑の瞳は暗く沈んで、諸々のあきらめがその底にたゆたう。

「情けないけれど、わたしには唯一を追い詰めることはできない。
 君にならできるだろう。
 だから君に賭けた。
 勝手なと、どれだけ罵ってもらってもかまわないよ」

 以前のパウラなら、罵ったことだろう。
 誰かを思って温かくなる心、そして裏腹に嫉妬や独占欲に醜くひきつれる心を知る前なら、盛大に優等生の理屈でもって黄金竜オーディの身勝手さを罵った。
 今のパウラには、できない。
 俗に言う「惚れた弱み」。竜のそれは、特にひどいとわかるから。

「これだけ愛されていて、それにほだされない女ですのよ?
 まったく厄介な唯一をお選びになったものですわ」

 苦笑まじりに応えると、黄金竜オーディはその美しい白い頬を真っ赤に染めた。

「けれども、そうですわね。
 おっしゃるとおり、このままでは困りますわ。
 あの方のご機嫌を取り結ぶためになら、あなたはなんでもなさる。
 あなたが黄金竜オーディでは、世が立ちゆきません」

 竜族の長を下りてほしいと、できるだけ穏やかにパウラは願った。
 パウラが自分の思いを自覚した上は、地竜の血を継ぐアルヴィドの方が黄金竜より強い。
 相愛の竜と片恋の竜。
 哀しいかな、現黄金竜オーディは相愛ではない。

「力づくなど、そんな無粋なことをしたくはありませんの」

 できれば自ら、唯一を連れてどこかへ去ってほしい。
 行き場がないと言うのなら、適当な場所を用意しよう。生涯彼とその妻が困らぬ生活を、保証しても良い。

「いやじゃ!
 なぜわたくしが、そやつと共に去らねばならぬ。
 わたくしはアルヴィドと……」

 竜后の乾いた声は、弱々しく途切れがちで、その力が減衰していることを皆に知らせる。
 それでも往生際悪く、過去の愛に執着している姿は憐れで、同時に腹立たしい。
 自分が誰を愛してるかにこだわるあまり、自分が誰に愛されているか、愛してくれている誰かにまるで頓着しない無神経さが、とてもとても腹立たしい。
 その思いを口にしかけた瞬間に、艶のある穏やかな声が響いた。

「あなたを愛しているのは俺ではない。
 もうあなたも、わかっているのだろう?」

 アルヴィドの声は、かつての恋人を思いやるように優しい。
 けれどその優しさは、愛ゆえではないのだとはっきりと伝える。

「どうかあなたも、あなたを愛する竜の男に応えてほしい。
 幸せになってほしいと、そう願っている」

 今はもう、おまえは唯一ではない。
 突きつけられて、竜后はほろほろと涙をこぼす。
 黄金竜オーディがその肩をそっと抱き寄せる。
 声もなく泣き続ける唯一を、しっかり胸に抱いていた。
 
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