【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)

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第五章 アルヴィドの章(アルヴィドEDルート)

67.唯一の最愛

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 オークモスの香りにふわりと包まれる。
 湿度の高い森に生えるという苔の香り。
 アルヴィドのまとう落ち着いた芳香に、戸惑いながらパウラは目を閉じた。

(何が起こっているのだろう)

 すっぽりと抱きしめられているのは、間違いないのだけれど。
 なぜかと考えて、出した答えに赤面して首を振る。
 
(そんなのありえないわ。
 だってアルヴィドは竜后を愛しているのよね)

「パウラは勘違いをしているようだ」

 アルヴィドにしては珍しく早口で、余裕を失っているかのように見える。

「俺が君を好きだとは、どうして気づいてもらえない。
 とうに……伝わっていると、俺は思っていたが」

 前世も今も、パウラはこの方面に鈍い。というより、自信がまるでない。コンプレックスさえあるのだと、わざわざ告白する必要があったのだろうか。
 あったのだろうなと、パウラは反省する。

「あの……。
 2度も生きていて今さらなのですが、恋とか愛とか、わたくしそういうのにまるで弱いんですわ。
 かなりの劣等生で、落第寸前、いいえ正直に告白しますね。
 落第してます、きっと」
 
 さすがに誇れることではないので、ついうつむいてしまう。

「だから以前、お見合いのあれこれを実家ヘルムダールで聞いた時、これは良いと思ったのですわ。
 わたくしの両親も、そうやって出会ったようですし」

 最後の方はかなりぼそぼそと、消え入りそうであった。
 本当の事だから仕方ないが、言いながらあらためて恥ずかしくなる。

 抱きしめられた背に腕に、小刻みの震えが伝わってくる。
 おそるおそる顔を上向けると、唇を引き結び顎を引いて笑いをこらえるアルヴィドを見つけた。
 目尻にはうっすら涙がにじんでいる。

「正直だな」

 くっくと喉元で笑いながら、アルヴィドが短く答えた。

「いくらでも笑ってください。
 こんなだから、前世エリーヌにしてやられたんですわ。
 『男心がぜっんぜんわかってないのよね~』
 でしたかしら」
 
 思い出しても腹のたつエリーヌの言葉を、言われたままに口真似をした。

「ではあらためて言っておこう。
 3度目の生でようやく得た唯一の人だ。
 相手が誰であろうと、けして渡さない」

 深い針葉樹の緑の瞳が、真摯な色をのせてまっすぐにパウラを見つめる。
 どきんと心臓が跳ねた。
 かぁっと顔に血が上り、うるさいほどの鼓動がどくんどくんと耳に響く。
 
「これから急いで探すと言ったな。
 相手が俺ならば、探してもらう必要はない。
 手間が省けて良いだろう」

 艶のある声は、笑いを含んで甘くからかうようで。
 アルヴィドの美貌と声を前世からよく知るパウラであったが、こんな甘い囁きを受けたことはない。免疫のない心に、凄まじい破壊力で迫ってくる。
 
「竜后、竜后はどうするのですか。
 もう一度会いたいのでしょう?」

 慣れない甘い熱に流されて、つい頭から飛んでいたことを、少し落ち着いたところで思い出す。
 唯一、最愛。
 竜族にとって特別の意味を持つ言葉が、それを思い出させてくれた。
 竜后オーディアナ、かつてのアルヴィドの恋人を、彼は本当に追い詰められるのだろうか。
 パウラを唯一と呼ぶアルヴィドの、心の奥底にはまだ竜后オーディアナがいるのではと思う。
 3度も転生して追いかけた思いを、そう簡単に忘れられるものか。
 焦がれるほどの激しい思いを経験したことのないパウラには、よくわからない。

「会わねばならないだろうな。
 だがそれは会いたいからじゃない。
 パウラと俺が、竜族の頂点に立つために必要だからだ」

 すっきりと長い指が、パウラの頬にかかる。
 銀の細い髪をその指で払って、アルヴィドは続ける。

「妬いてくれたなら嬉しいのだが……」

 切なげに目を細めて、微笑んだ。
 
(一気に来ないで、お願いだから。
 状況に頭がついて来られない)

 既に処理能力を超えた事態である。
 聖女オーディアナとしては優秀で、年頃の少女としてはとてもポンコツなパウラの頭脳は、今やチカチカと緊急停止ランプを点滅させてフリーズ間近だった。
 それでもその寸前、事切れる前の最後の思考で、パウラは必要なことをやっとの思いで口にした。

「わたくしの相愛に、どうぞお願いいたします」

 とりあえずこれで、黄金竜の郷エル・オーディに行ける。
 後のことは、もう少しだけ時間をおいて考えよう。
 今は無理。
 もう少し、もう少しだけ眠った後で。
 
 点滅するランプが消灯し、パウラは意識を手放した。
 
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