【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)

文字の大きさ
上 下
67 / 96
第五章 アルヴィドの章(アルヴィドEDルート)

67.唯一の最愛

しおりを挟む
 オークモスの香りにふわりと包まれる。
 湿度の高い森に生えるという苔の香り。
 アルヴィドのまとう落ち着いた芳香に、戸惑いながらパウラは目を閉じた。

(何が起こっているのだろう)

 すっぽりと抱きしめられているのは、間違いないのだけれど。
 なぜかと考えて、出した答えに赤面して首を振る。
 
(そんなのありえないわ。
 だってアルヴィドは竜后を愛しているのよね)

「パウラは勘違いをしているようだ」

 アルヴィドにしては珍しく早口で、余裕を失っているかのように見える。

「俺が君を好きだとは、どうして気づいてもらえない。
 とうに……伝わっていると、俺は思っていたが」

 前世も今も、パウラはこの方面に鈍い。というより、自信がまるでない。コンプレックスさえあるのだと、わざわざ告白する必要があったのだろうか。
 あったのだろうなと、パウラは反省する。

「あの……。
 2度も生きていて今さらなのですが、恋とか愛とか、わたくしそういうのにまるで弱いんですわ。
 かなりの劣等生で、落第寸前、いいえ正直に告白しますね。
 落第してます、きっと」
 
 さすがに誇れることではないので、ついうつむいてしまう。

「だから以前、お見合いのあれこれを実家ヘルムダールで聞いた時、これは良いと思ったのですわ。
 わたくしの両親も、そうやって出会ったようですし」

 最後の方はかなりぼそぼそと、消え入りそうであった。
 本当の事だから仕方ないが、言いながらあらためて恥ずかしくなる。

 抱きしめられた背に腕に、小刻みの震えが伝わってくる。
 おそるおそる顔を上向けると、唇を引き結び顎を引いて笑いをこらえるアルヴィドを見つけた。
 目尻にはうっすら涙がにじんでいる。

「正直だな」

 くっくと喉元で笑いながら、アルヴィドが短く答えた。

「いくらでも笑ってください。
 こんなだから、前世エリーヌにしてやられたんですわ。
 『男心がぜっんぜんわかってないのよね~』
 でしたかしら」
 
 思い出しても腹のたつエリーヌの言葉を、言われたままに口真似をした。

「ではあらためて言っておこう。
 3度目の生でようやく得た唯一の人だ。
 相手が誰であろうと、けして渡さない」

 深い針葉樹の緑の瞳が、真摯な色をのせてまっすぐにパウラを見つめる。
 どきんと心臓が跳ねた。
 かぁっと顔に血が上り、うるさいほどの鼓動がどくんどくんと耳に響く。
 
「これから急いで探すと言ったな。
 相手が俺ならば、探してもらう必要はない。
 手間が省けて良いだろう」

 艶のある声は、笑いを含んで甘くからかうようで。
 アルヴィドの美貌と声を前世からよく知るパウラであったが、こんな甘い囁きを受けたことはない。免疫のない心に、凄まじい破壊力で迫ってくる。
 
「竜后、竜后はどうするのですか。
 もう一度会いたいのでしょう?」

 慣れない甘い熱に流されて、つい頭から飛んでいたことを、少し落ち着いたところで思い出す。
 唯一、最愛。
 竜族にとって特別の意味を持つ言葉が、それを思い出させてくれた。
 竜后オーディアナ、かつてのアルヴィドの恋人を、彼は本当に追い詰められるのだろうか。
 パウラを唯一と呼ぶアルヴィドの、心の奥底にはまだ竜后オーディアナがいるのではと思う。
 3度も転生して追いかけた思いを、そう簡単に忘れられるものか。
 焦がれるほどの激しい思いを経験したことのないパウラには、よくわからない。

「会わねばならないだろうな。
 だがそれは会いたいからじゃない。
 パウラと俺が、竜族の頂点に立つために必要だからだ」

 すっきりと長い指が、パウラの頬にかかる。
 銀の細い髪をその指で払って、アルヴィドは続ける。

「妬いてくれたなら嬉しいのだが……」

 切なげに目を細めて、微笑んだ。
 
(一気に来ないで、お願いだから。
 状況に頭がついて来られない)

 既に処理能力を超えた事態である。
 聖女オーディアナとしては優秀で、年頃の少女としてはとてもポンコツなパウラの頭脳は、今やチカチカと緊急停止ランプを点滅させてフリーズ間近だった。
 それでもその寸前、事切れる前の最後の思考で、パウラは必要なことをやっとの思いで口にした。

「わたくしの相愛に、どうぞお願いいたします」

 とりあえずこれで、黄金竜の郷エル・オーディに行ける。
 後のことは、もう少しだけ時間をおいて考えよう。
 今は無理。
 もう少し、もう少しだけ眠った後で。
 
 点滅するランプが消灯し、パウラは意識を手放した。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行
恋愛
 乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。  見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。  これは主人公であるアリシアの物語。  わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。  窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。 「つまらないわ」  わたしはいつも不機嫌。  どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。  あーあ、もうやめた。  なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。  このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。  仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。  __それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。  頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。  の、はずだったのだけれど。  アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。  ストーリーがなかなか始まらない。  これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。  カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?  それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?  わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?  毎日つくれ? ふざけるな。  ……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?

処理中です...