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第五章 アルヴィドの章(アルヴィドEDルート)
58.美しき日々は去りぬ
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銀糸の髪、エメラルドの瞳、真っ白な新雪のような肌。
初めて恋したその人は、この世のものとは思えぬほどに美しい女性だった。
「だめじゃ。
わたくしは20歳になるまで、どの男とも婚約できぬ」
10歳にもならぬ幼い少女は、古めかしい言葉遣いに何度も縫い直したのがわかる粗末な衣装を着ていた。
大人のものを縫い直したらしいドレスには、元の縫い目がうっすらと残っていて、縫い代だったらしい生地の色は、他より少し濃い。
それでも彼女がいるだけで、きんと音のするような冷たい空気がぽっと温かくなった。
集まった各大公家の公子たちは、皆頬をそめて彼女の周りに集まってはなんとか注意を引こうとあれこれ試みる。
「わたくしには聖紋がある。
いつ黄金竜に召されるともわからぬからな。
未練となるようなことは、してはならぬのじゃ」
そう言っていたくせに、彼女は俺と恋をした。
彼女が16になった年、俺たちは互いに生涯の唯一と誓い、その身を重ねた。
けれど。
それからすぐ、彼女は黄金竜の郷へ上がる。
ヘルムダール女子の望める至高の位、竜后となったのだと後に聞いた。
なぜ?
どうして彼女は俺に何も言わなかった。
もし知っていれば、何もかも捨てた。
追われてそこで命を失うことになったとしても、後悔はしなかったろうに。
黄金竜の正室の地位に、目がくらんだのか。
たかがヴォーロフ公家の公子ごときが、得られる人ではなかったのか。
毎日毎晩、眠ることもできず、ぐるぐると同じことばかり考え考えて、ようやく俺は認めた。
捨てられたのだ。
ただ一人の女性と誓い、身も心もささげた人に俺は。
その後、俺は蛮族征伐に自ら名乗りを上げる。
跡継ぎでもなかったから、魔術騎士としての俺の力量は願ってもないことだと歓迎されて、しごくあっさりと願いはかなう。
激しい戦が幾度も続き、その戦いの中で俺は生を終えた。
これで考えなくて済む。
何もかもが終わる。
ようやく眠れる。
とても穏やかな気分だった。
2度目の生に気づいたのは、見慣れたヴォーロフの当主の間にいた時だった。
俺は当主の椅子にかけている。
「大公陛下」
甘い声で俺に呼びかける女は、たしか10人目の愛妾だ。
15人目まではなんとか覚えているが、それ以上になると記憶にない。
正室はいるにはいるが、最後に顔を見たのはいつのことだったか。
2度目の生で、俺は非竜の大公と呼ばれていた。
竜の血を継ぐ大公家の一族は、正室を娶ったならけしてよそ見はしないという。
いわく、それが竜のサガなのだと。
ところがこの俺は、正室に見向きもせずあまたの女を侍らせて、それでも足りず新しい女を求めている。
竜ではない。
竜にあるまじき所業。
公国中のだれもが、俺を非難する。
だがそれがどうした。
俺は知っている。
竜の長が、その正室が、唯一の誓いをいかに簡単に反故にできる奴らかを。
それならばその同族が同じことをしたとて、なんの不思議があろうか。
そうして次々と女を召し上げて侍らせて。
けれどけして満たされない。
どんな女を側においても、けして心は満たされなかった。
そして今生。
三度ヴォーロフの公子として生まれた。
おかしいくらい、3度とも容貌は変わらない。
鏡には見飽きるほどに見た己の姿が映っていて、自分でこうありたいと願ったわけでもないのにと不思議で仕方ない。
「アルヴィド様は、まさにヴォーロフでいらっしゃいます。
初代大公様に、生き写し」
初代ヴォーロフ大公の絵姿は、この国の人間ならだれでも一度は目にしたことがあるものだ。
ほとんど黒に近い緑の髪に、針葉樹のように濃い深い緑の瞳。
鋭角的な顎の線はすっきりとして、通った鼻梁、男らしい大きな口の唇は薄くやや酷薄な印象だ。
北の大陸を支配する氷の美貌、それをそっくりそのまま映したようだと周りの者は言う。
(ばかばかしい。
男がキレイで、なにか良いことがあるか)
惚けた表情で見つめてくる奴らに、そう問うことはしない。
不思議なことにこの世では、竜の血を継ぐものは皆美しいのだと信じられている。ヴォーロフ公家の、聖紋持ちの公子が美しいのはあるべき姿、当然のことでそれは初代ヴォーロフの祝福の証だと泣いて喜ぶのが普通の反応らしいから。
見てくれが美しいと言えば、竜の長やその后は最もそうであるはずで、実際にそのとおりである。けれどその美しい外見の内側はどうだ。傲慢で身勝手で、他人の心など踏みにじっても何も感じない。それがわかっていれば、外見の美しさに惑わされることはない。
今生はできるだけ奴らと関わりになりたくはない。許されるなら騎士として、国の防衛に専念したいところだが、不運なことに聖紋がでてしまってはそれもできない。それでも騎士の仕事を優先させる心づもりでいれば、奴らとの関わりを最小限で済ませることもできるだろう。幸いなことに、アルヴィドには途方もない魔力がある。これを磨けば、優秀な魔術騎士になれるはずだ。
二度と恋などしない。
人を愛しいと思う感情は、後に虚しさを残すだけだ。
恋とは無縁の生を送り、穏やかに淡々と今生を終えよう。
そうすればきっと、来世にはこの記憶もなくなってあらたな生を迎えられる。
さよならを言えないまま別れたあの女性に、本当のさよならをする。
今生こそ、きっと。
初めて恋したその人は、この世のものとは思えぬほどに美しい女性だった。
「だめじゃ。
わたくしは20歳になるまで、どの男とも婚約できぬ」
10歳にもならぬ幼い少女は、古めかしい言葉遣いに何度も縫い直したのがわかる粗末な衣装を着ていた。
大人のものを縫い直したらしいドレスには、元の縫い目がうっすらと残っていて、縫い代だったらしい生地の色は、他より少し濃い。
それでも彼女がいるだけで、きんと音のするような冷たい空気がぽっと温かくなった。
集まった各大公家の公子たちは、皆頬をそめて彼女の周りに集まってはなんとか注意を引こうとあれこれ試みる。
「わたくしには聖紋がある。
いつ黄金竜に召されるともわからぬからな。
未練となるようなことは、してはならぬのじゃ」
そう言っていたくせに、彼女は俺と恋をした。
彼女が16になった年、俺たちは互いに生涯の唯一と誓い、その身を重ねた。
けれど。
それからすぐ、彼女は黄金竜の郷へ上がる。
ヘルムダール女子の望める至高の位、竜后となったのだと後に聞いた。
なぜ?
どうして彼女は俺に何も言わなかった。
もし知っていれば、何もかも捨てた。
追われてそこで命を失うことになったとしても、後悔はしなかったろうに。
黄金竜の正室の地位に、目がくらんだのか。
たかがヴォーロフ公家の公子ごときが、得られる人ではなかったのか。
毎日毎晩、眠ることもできず、ぐるぐると同じことばかり考え考えて、ようやく俺は認めた。
捨てられたのだ。
ただ一人の女性と誓い、身も心もささげた人に俺は。
その後、俺は蛮族征伐に自ら名乗りを上げる。
跡継ぎでもなかったから、魔術騎士としての俺の力量は願ってもないことだと歓迎されて、しごくあっさりと願いはかなう。
激しい戦が幾度も続き、その戦いの中で俺は生を終えた。
これで考えなくて済む。
何もかもが終わる。
ようやく眠れる。
とても穏やかな気分だった。
2度目の生に気づいたのは、見慣れたヴォーロフの当主の間にいた時だった。
俺は当主の椅子にかけている。
「大公陛下」
甘い声で俺に呼びかける女は、たしか10人目の愛妾だ。
15人目まではなんとか覚えているが、それ以上になると記憶にない。
正室はいるにはいるが、最後に顔を見たのはいつのことだったか。
2度目の生で、俺は非竜の大公と呼ばれていた。
竜の血を継ぐ大公家の一族は、正室を娶ったならけしてよそ見はしないという。
いわく、それが竜のサガなのだと。
ところがこの俺は、正室に見向きもせずあまたの女を侍らせて、それでも足りず新しい女を求めている。
竜ではない。
竜にあるまじき所業。
公国中のだれもが、俺を非難する。
だがそれがどうした。
俺は知っている。
竜の長が、その正室が、唯一の誓いをいかに簡単に反故にできる奴らかを。
それならばその同族が同じことをしたとて、なんの不思議があろうか。
そうして次々と女を召し上げて侍らせて。
けれどけして満たされない。
どんな女を側においても、けして心は満たされなかった。
そして今生。
三度ヴォーロフの公子として生まれた。
おかしいくらい、3度とも容貌は変わらない。
鏡には見飽きるほどに見た己の姿が映っていて、自分でこうありたいと願ったわけでもないのにと不思議で仕方ない。
「アルヴィド様は、まさにヴォーロフでいらっしゃいます。
初代大公様に、生き写し」
初代ヴォーロフ大公の絵姿は、この国の人間ならだれでも一度は目にしたことがあるものだ。
ほとんど黒に近い緑の髪に、針葉樹のように濃い深い緑の瞳。
鋭角的な顎の線はすっきりとして、通った鼻梁、男らしい大きな口の唇は薄くやや酷薄な印象だ。
北の大陸を支配する氷の美貌、それをそっくりそのまま映したようだと周りの者は言う。
(ばかばかしい。
男がキレイで、なにか良いことがあるか)
惚けた表情で見つめてくる奴らに、そう問うことはしない。
不思議なことにこの世では、竜の血を継ぐものは皆美しいのだと信じられている。ヴォーロフ公家の、聖紋持ちの公子が美しいのはあるべき姿、当然のことでそれは初代ヴォーロフの祝福の証だと泣いて喜ぶのが普通の反応らしいから。
見てくれが美しいと言えば、竜の長やその后は最もそうであるはずで、実際にそのとおりである。けれどその美しい外見の内側はどうだ。傲慢で身勝手で、他人の心など踏みにじっても何も感じない。それがわかっていれば、外見の美しさに惑わされることはない。
今生はできるだけ奴らと関わりになりたくはない。許されるなら騎士として、国の防衛に専念したいところだが、不運なことに聖紋がでてしまってはそれもできない。それでも騎士の仕事を優先させる心づもりでいれば、奴らとの関わりを最小限で済ませることもできるだろう。幸いなことに、アルヴィドには途方もない魔力がある。これを磨けば、優秀な魔術騎士になれるはずだ。
二度と恋などしない。
人を愛しいと思う感情は、後に虚しさを残すだけだ。
恋とは無縁の生を送り、穏やかに淡々と今生を終えよう。
そうすればきっと、来世にはこの記憶もなくなってあらたな生を迎えられる。
さよならを言えないまま別れたあの女性に、本当のさよならをする。
今生こそ、きっと。
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