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第四章 オリヴェルの章(オリヴェルEDルート)
57.これはこれで幸せ
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黄金竜の代替わりがあった。
黄金竜の泉地に詳細な情報は伝わっていなかったが、力のつきた聖女オーディアナが去り、ヘルムダール大公が竜后と聖女の役割を兼任していれば、おおよそのことは皆察しているようだ。
次の黄金竜はどうやら暫定的に風竜が立つようで、それは黄金竜代行とでも言うべき立場だった。
聖使オリヴェルに風竜の継承を終えれば、現風竜は即日黄金竜を彼に譲ることになっている。
新風竜は既にヘルムダール公女を得ていた。
彼女を愛し、そして愛されて、実質的には黄金竜の資格と力を備えている。
「それでいつになったら、私のアデラを返してくれるのかな?」
ほぼ毎日のようにやってきて、父は同じことを尋ねる。
これはもういやがらせだ。
「こんな立派な宮を用意しなくとも良いのでは?
これじゃ、まるでこのままアデラがここに住むようじゃないか」
母の住まいにあてられた仮宮にまで、とばっちりがゆく。
元は聖女オーディアナが使っていた宮で、前世のパウラもここに住んでいた。この世を支えながら一生を飼殺される女のために、贅をつくしたしつらえのかなり豪華な宮なのだ。ヘルムダールの質素な城とは比べるのもおこがましいほど。
「そんなことは絶対にないと思うけど……。
ここの方が快適だと、アデラが言い出したらどうするの?
それにここにいるヤツら。
あいつらは毎日アデラに会うのだろう?
あー、今すぐ消してしまいたいよ」
執務中の母に代わってその話を聴きながら、パウラは内心で思い切りため息をつく。
(やっぱり同じ種類の男だわ)
同じ種類の男から、毎日毎晩同じようなことを言われるパウラには、父の言葉がその男のそれに重なって聞こえる。
母娘ともどもに似たような男を伴侶に持ったものだ。
そしてそれを本心では嬉しく思っているところも、母娘ともどもで。
「もうじきですわ、お父様。
じきにオリヴェル様が風竜をお継ぎになります。
そうしたらお母様はヘルムダールへお帰りになれますから。
もう少しだけお待ちくださいな」
これもまた何度も繰り返したセリフを口にする。
毎日言っていれば、言い回しさえ同じ調子になってきた。
「義父上、ごきげんよう。
また義母上ご帰還の催促ですか?」
良いタイミングでオリヴェルが入ってきてくれた。
助かった。
苦笑しながら見上げると、その先でオリヴェルも素早く小さなウィンクを返してくれる。
オレンジ色の髪に青に近い緑の瞳、すっきりとしなやかな立ち姿。
白いトーガには金糸の縫い取りが3本入っていて、彼が次の黄金竜であることを表していた。
「これはこれは、次期の黄金竜。
ええ、そのとおりです。
そろそろ我が妻をお返しいただきたいと、お願いにあがったしだいです」
娘婿とはいえ同時に次期の黄金竜であるオリヴェルに、父テオドールは立ち上がりその前に跪いた。
「どうぞお立ちください。
義父上にそのようなことをしていただくと、わたしがパウラに叱られます」
鷹揚にオリヴェルが手を差しのべる。
「時に義父上、ここのところ毎日おいでいただいておりますが、義母上もたいそうお心を痛めておいでですよ。
他の者にはできないお仕事だからと、ご尽力いただいておりますのに……」
立ち上がった父テオドールに、ひんやりと美しい微笑が浴びせかけられる。
「最愛に嫌われるのが、わたしは一番恐ろしい。
義父上、ねぇそれはおわかりでしょう?」
うわぁ……。
パウラは声を懸命に抑えた。
(妻が懸命に仕事しているのに邪魔するつもり?
愛想つかされるよ?)
意訳すれば、そういうことだ。
「な……っっっ!」
くやしげになにか言いかけた声を飲み込んで、父は黙る。
さすがに自分のやりすぎが、わかったらしい。
「お父様、ほんとうにもうすぐですから。
お母様だってお父様に会いたくて仕方ないんですのよ?」
母アデラから直接そんなことは聞いていないが、そこはそれ。
内心ではきっとそうだろうと、その意を汲んで父の喜びそうな言葉に変換する。
嘘も方便だ。
思ったとおり、その嘘の効果は絶大だった。
「そう……」
みるみる頬を染めた父が、嬉しそうに微笑む。
「わかったよ、パウラ。
待ってるからと。
せめて連絡くらいしてほしい。
私が泣いていたとそのままを伝えておいて」
泣いていたとは大げさな。けれど父の場合、本当かもしれないと思う。
その後オリヴェルとパウラ二人がかりでなだめて、ようやく父をヘルムダールへ帰した。
「後はわたしがやるから。
下がっていいよ」
その夜ドレッサーの前でブラシをかけられていると、いつのまにか背中に立っていたオリヴェルがメイドにそう命じた。言葉どおり銀の櫛を手に、パウラの銀糸の髪をくしけずる。
「ねぇパウラ。
聖女オーディアナだけどさ、ほんとに要らない?」
大きな鏡ごしに見るオリヴェルは、真剣な顔をしている。
「もちろん側室にはしないよ。
パウラの補佐をしてもらうだけの聖女。
わたしは要るんじゃないかと思うんだけど」
あー---。
昼間の父を見ていて、いつかは言い出すのではと思っていたが、こうも早いとは。
竜后と聖女の役割を一人でこなす母を見ていれば、不安に思うのも当然かもしれない。
「お母様がお忙しいのは、先代の竜后がまるで仕事をしていなかったからですわ。
あれが普通ではありませんから、心配なさらないで」
飼殺された前世でさえ、それほど忙しくはなかった。
それは真面目なパウラが日々の仕事を確実にこなしていたからで、だからこそ今回の例外さ加減がよくわかる。
ためこんだ量がとにかく膨大なのだ。
何万年分か先代竜后の在位期間分の仕事と、聖女オーディアナが処理した仕事の差分だけたまっている。
それを有能な母アデラが、今一気にはかそうとしている。
できるだけ早く帰るために、フル稼働でこなしているのだから、父に連絡するどころではない。
「う……ん。
パウラがそう言うんだから、そのとおりなんだと思うよ。
でもね、これからだってないとは限らないだろう?
こういうイレギュラーなことが」
「どうしてもそうするとおっしゃるのなら、離婚しますわよ?」
ぐだぐだ続きそうなオリヴェルの口を、ぴしゃりとパウラは遮った。
パウラが執務に就くこと自体、その時間を自分が独占できないという理由で、オリヴェルは機嫌が悪い。
これでは歴代バカ野郎黄金竜と同じではないか。
「他人の人生を平気で振り回すような奴は、サイテーです。
大っ嫌いですわ」
効果はてきめんで、叱られた子犬のようにオリヴェルはしゅんと項垂れる。
ちょっと薬が効きすぎたかと、振り返ってその顔を覗き込んだ。
途端、腕を掴まれて抱きしめられて。
ふりあおぐと、パウラのよく知る危険な微笑がそこにあった。
「わたしを捨てるのかい?」
そろそろ慣れてもいいはずなのに、いまだにオリヴェルの「捨てられスイッチ」オンの加減がわからない。
聖女オーディアナはダメだと言いたいだけだったのに、言い方がまずかった。
離婚、サイテー、大っ嫌い。
強烈過ぎたと反省するが、時すでに遅し。
「パウラに捨てられたら、わたしは生きていけないよ。
わたしはかわいそうではない?
他人のことはすぐにかわいそうがるくせに」
ああ、そこか。
選ばれてもいない聖女オーディアナをかばって、離婚だと言ったから。
「わかってもらわないとね。
今夜は、しっかりわたしが一番かわいそうだって」
「今夜は」じゃなく、「今夜も」だろうと抗いつつ、パウラはオリヴェルの唇を受けいれる。
朝まできっと、離してはくれないだろう。
もっと体力をつけなければと思いながら、これはこれで幸せだと満たされる。
だから捨てることなどできないのだと、それはけっして言ってはあげないけれど。
黄金竜の泉地に詳細な情報は伝わっていなかったが、力のつきた聖女オーディアナが去り、ヘルムダール大公が竜后と聖女の役割を兼任していれば、おおよそのことは皆察しているようだ。
次の黄金竜はどうやら暫定的に風竜が立つようで、それは黄金竜代行とでも言うべき立場だった。
聖使オリヴェルに風竜の継承を終えれば、現風竜は即日黄金竜を彼に譲ることになっている。
新風竜は既にヘルムダール公女を得ていた。
彼女を愛し、そして愛されて、実質的には黄金竜の資格と力を備えている。
「それでいつになったら、私のアデラを返してくれるのかな?」
ほぼ毎日のようにやってきて、父は同じことを尋ねる。
これはもういやがらせだ。
「こんな立派な宮を用意しなくとも良いのでは?
これじゃ、まるでこのままアデラがここに住むようじゃないか」
母の住まいにあてられた仮宮にまで、とばっちりがゆく。
元は聖女オーディアナが使っていた宮で、前世のパウラもここに住んでいた。この世を支えながら一生を飼殺される女のために、贅をつくしたしつらえのかなり豪華な宮なのだ。ヘルムダールの質素な城とは比べるのもおこがましいほど。
「そんなことは絶対にないと思うけど……。
ここの方が快適だと、アデラが言い出したらどうするの?
それにここにいるヤツら。
あいつらは毎日アデラに会うのだろう?
あー、今すぐ消してしまいたいよ」
執務中の母に代わってその話を聴きながら、パウラは内心で思い切りため息をつく。
(やっぱり同じ種類の男だわ)
同じ種類の男から、毎日毎晩同じようなことを言われるパウラには、父の言葉がその男のそれに重なって聞こえる。
母娘ともどもに似たような男を伴侶に持ったものだ。
そしてそれを本心では嬉しく思っているところも、母娘ともどもで。
「もうじきですわ、お父様。
じきにオリヴェル様が風竜をお継ぎになります。
そうしたらお母様はヘルムダールへお帰りになれますから。
もう少しだけお待ちくださいな」
これもまた何度も繰り返したセリフを口にする。
毎日言っていれば、言い回しさえ同じ調子になってきた。
「義父上、ごきげんよう。
また義母上ご帰還の催促ですか?」
良いタイミングでオリヴェルが入ってきてくれた。
助かった。
苦笑しながら見上げると、その先でオリヴェルも素早く小さなウィンクを返してくれる。
オレンジ色の髪に青に近い緑の瞳、すっきりとしなやかな立ち姿。
白いトーガには金糸の縫い取りが3本入っていて、彼が次の黄金竜であることを表していた。
「これはこれは、次期の黄金竜。
ええ、そのとおりです。
そろそろ我が妻をお返しいただきたいと、お願いにあがったしだいです」
娘婿とはいえ同時に次期の黄金竜であるオリヴェルに、父テオドールは立ち上がりその前に跪いた。
「どうぞお立ちください。
義父上にそのようなことをしていただくと、わたしがパウラに叱られます」
鷹揚にオリヴェルが手を差しのべる。
「時に義父上、ここのところ毎日おいでいただいておりますが、義母上もたいそうお心を痛めておいでですよ。
他の者にはできないお仕事だからと、ご尽力いただいておりますのに……」
立ち上がった父テオドールに、ひんやりと美しい微笑が浴びせかけられる。
「最愛に嫌われるのが、わたしは一番恐ろしい。
義父上、ねぇそれはおわかりでしょう?」
うわぁ……。
パウラは声を懸命に抑えた。
(妻が懸命に仕事しているのに邪魔するつもり?
愛想つかされるよ?)
意訳すれば、そういうことだ。
「な……っっっ!」
くやしげになにか言いかけた声を飲み込んで、父は黙る。
さすがに自分のやりすぎが、わかったらしい。
「お父様、ほんとうにもうすぐですから。
お母様だってお父様に会いたくて仕方ないんですのよ?」
母アデラから直接そんなことは聞いていないが、そこはそれ。
内心ではきっとそうだろうと、その意を汲んで父の喜びそうな言葉に変換する。
嘘も方便だ。
思ったとおり、その嘘の効果は絶大だった。
「そう……」
みるみる頬を染めた父が、嬉しそうに微笑む。
「わかったよ、パウラ。
待ってるからと。
せめて連絡くらいしてほしい。
私が泣いていたとそのままを伝えておいて」
泣いていたとは大げさな。けれど父の場合、本当かもしれないと思う。
その後オリヴェルとパウラ二人がかりでなだめて、ようやく父をヘルムダールへ帰した。
「後はわたしがやるから。
下がっていいよ」
その夜ドレッサーの前でブラシをかけられていると、いつのまにか背中に立っていたオリヴェルがメイドにそう命じた。言葉どおり銀の櫛を手に、パウラの銀糸の髪をくしけずる。
「ねぇパウラ。
聖女オーディアナだけどさ、ほんとに要らない?」
大きな鏡ごしに見るオリヴェルは、真剣な顔をしている。
「もちろん側室にはしないよ。
パウラの補佐をしてもらうだけの聖女。
わたしは要るんじゃないかと思うんだけど」
あー---。
昼間の父を見ていて、いつかは言い出すのではと思っていたが、こうも早いとは。
竜后と聖女の役割を一人でこなす母を見ていれば、不安に思うのも当然かもしれない。
「お母様がお忙しいのは、先代の竜后がまるで仕事をしていなかったからですわ。
あれが普通ではありませんから、心配なさらないで」
飼殺された前世でさえ、それほど忙しくはなかった。
それは真面目なパウラが日々の仕事を確実にこなしていたからで、だからこそ今回の例外さ加減がよくわかる。
ためこんだ量がとにかく膨大なのだ。
何万年分か先代竜后の在位期間分の仕事と、聖女オーディアナが処理した仕事の差分だけたまっている。
それを有能な母アデラが、今一気にはかそうとしている。
できるだけ早く帰るために、フル稼働でこなしているのだから、父に連絡するどころではない。
「う……ん。
パウラがそう言うんだから、そのとおりなんだと思うよ。
でもね、これからだってないとは限らないだろう?
こういうイレギュラーなことが」
「どうしてもそうするとおっしゃるのなら、離婚しますわよ?」
ぐだぐだ続きそうなオリヴェルの口を、ぴしゃりとパウラは遮った。
パウラが執務に就くこと自体、その時間を自分が独占できないという理由で、オリヴェルは機嫌が悪い。
これでは歴代バカ野郎黄金竜と同じではないか。
「他人の人生を平気で振り回すような奴は、サイテーです。
大っ嫌いですわ」
効果はてきめんで、叱られた子犬のようにオリヴェルはしゅんと項垂れる。
ちょっと薬が効きすぎたかと、振り返ってその顔を覗き込んだ。
途端、腕を掴まれて抱きしめられて。
ふりあおぐと、パウラのよく知る危険な微笑がそこにあった。
「わたしを捨てるのかい?」
そろそろ慣れてもいいはずなのに、いまだにオリヴェルの「捨てられスイッチ」オンの加減がわからない。
聖女オーディアナはダメだと言いたいだけだったのに、言い方がまずかった。
離婚、サイテー、大っ嫌い。
強烈過ぎたと反省するが、時すでに遅し。
「パウラに捨てられたら、わたしは生きていけないよ。
わたしはかわいそうではない?
他人のことはすぐにかわいそうがるくせに」
ああ、そこか。
選ばれてもいない聖女オーディアナをかばって、離婚だと言ったから。
「わかってもらわないとね。
今夜は、しっかりわたしが一番かわいそうだって」
「今夜は」じゃなく、「今夜も」だろうと抗いつつ、パウラはオリヴェルの唇を受けいれる。
朝まできっと、離してはくれないだろう。
もっと体力をつけなければと思いながら、これはこれで幸せだと満たされる。
だから捨てることなどできないのだと、それはけっして言ってはあげないけれど。
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