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第四章 オリヴェルの章(オリヴェルEDルート)

53.一緒に行こう

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 どさくさ紛れに近い求婚は、とりあえず黄金竜の郷エル・オーディ行きが片付くまでは保留にされた。
 けれどオリヴェルの登場は、少々のことでは動じない両親をかなり驚かせたようだ。
 それはそうだろう。
 この世と竜の世界とのはざま、黄金竜の泉地エル・アディにある聖使は、人であって人ではない。
 身分で言えばヘルムダール大公より上、その彼が膝をついて求婚したのだから。
 
 最初こそ驚きで言葉を失った母アデラも、すぐに笑ってくれた。

「なるほど……。
 そういうことか。
 親としては、ますますなんとかしてこないといけないね」

「いいえお母様。
 これはその……手違いというか、オリヴェル様が勝手に……」

 嫌いではない。
 けれど好きかと言われると、わからない。
 だいいちパウラの意思も確かめず、いきなり求婚はないだろう。
 
「オリヴェル様、あんまりですわ」

 本気で抗議するパウラに、オリヴェルはまるでとりあってくれない。

「こういことにはスピードが大事でね。
 ヴェストリーにいる今、ここしかないってチャンスに、わたしがぼんやりしていると思うかい?」

 さもさもこれが正しいと、ぬけぬけと言う。

「それに……さ。
 竜后の件、母君一人で向かわせるのは反対だからね。
 竜后に手向かうとなれば、相手は黄金竜オーディだと思った方が良い。
 いくら母君が強くても、あまりにも無茶だ」

 オリヴェルの言うことはもっともだ。

「仮にも義理の母となる方だよ?
 パウラのためにも、きっとお護りするから」

 いや、だから。
 義理の母となるかどうか、まだわからないのだけど。
 それでもなんだか胸がきゅっとする。
 温かい熱が、じわりと身内を満たしてくれるようだ。

 母や父、オリヴェルの愛情が胸に染み入るほどに、パウラは心を決める。
 他人任せにして良いことではない。
 これは自分の問題なのだから。
 母や父、オリヴェルの背中に隠れて、事が終わるまで息をひそめていて良いはずがない。
 黄金竜オーディに叛いたその罪を、彼らに肩代わりしてもらうわけにはいかない。

「お母様、お父様、それにオリヴェル様。
 行かなくてはならないのは、わたくしですわ。
 嫌だと言って、もし罰を受けるとすればそれはわたくしの負うべき責任です」

 ふぅとため息をついて、母はやれやれと首を振る。
 「やはりね」と小さく口にして、父と視線を交わした。

「そう言うだろうと思っていたよ。
 私がパウラでも、きっとそうするだろうからね。
 けれど一人でやるわけにはゆかないよ。
 パウラには、やつらと戦う手札がないだろう?」

 母はどうしても同行すると言う。
 そしてそれを、母至上の父も納得しているようだ。

「ヘルムダールの当主にしか持てない手札があるんだよ。
 確かにこれを使うには、一緒の方が効果的かもしれないね。
 わかったよ、パウラ。
 一緒に行こう。
 行って、あのとんでもないご先祖様を懲らしめてさしあげようか」

 本来当主とその後継者は、万が一を用心して一緒には行動しない。
 が、何事にも例外はある。
 慣例にうるさい父も、今回ばかりは納得してくれたようだ。
 けれどそこに男が加わるのは、容認しがたいようで。

「それならアデラとパウラだけで良いよね。
 おそれながら聖使様には、黄金竜の泉地エル・アディにてお待ちいただくがよろしかろうと存じますが」

 言葉遣いこそ聖使への礼儀を守っていたが、あきらかに牽制の色が見え見えの不機嫌な声の調子。
 青い瞳は冷え冷えと凍りついて、ブリザードがひょうっと吹き荒れるかのようだ。
 溺愛するパウラへ求婚した男となれば、それが聖使であろうと関係ない。すっかり敵認定されたようで、いつにもまして凄艶な微笑が恐ろしい。

 けれどオリヴェルも、パウラをして父の同類と言わしめた男。
 
「風竜のお力に、すがらねばならないかもしれない。
 事前に話は通してあるんだ。
 いざとなれば、ご助力を賜るように。
 わたしがいなくては都合が悪いだろう?」

 うっすらと微笑んで、なんでもないことのように返した。
 聖使でなければできないと言われれば、そのとおり。まして事前に話を通してあるとなれば、ヘルムダール大公の夫、元はヴァースキー公子でしかない父としては黙るしかない。
 わかってはいても悔しいのはどうしようもないらしく、その視線は氷点下の温度で凍りついている。

「承りました」

「テオドール、心配するな。
ちょっと行ってくるだけだよ」

 パウラと同じエメラルドの瞳が、この上もなく優しく愛し気に父に向けられて、そして白い指がその頬に伸びる。

「後のことを、頼んだよ」

 頬に伸びたその手を引きつかみ、引き寄せて、父は最愛の女の身体を抱きしめた。

「いやだ。
 後のことなど、私は知らない。
 ヘルムダールが心配なら、君が直接指揮したら良い」

 初めて見る男の顔をした父に、胸が震えた。
 そしてその父の胸にすっぽり抱きかかえられている母の、泣いているような笑顔にも。

「私をおいていくなんて、許さない。
 必ず、必ず帰ってくるんだ。
 いいね、アデラ。
 約束だよ」

 母は何も返さない。
 できない約束はしない母の、その生真面目さがパウラにはよくわかる。けれど今は、わかったと言って欲しかった。
 空約束であっても、その言葉が今の父には必要なのだと、そう思えたから。
 


 黄金竜の郷エル・オーディへ向かう。
 一度ヘルムダールの神殿へ戻ったパウラたちは、母の開いた銀色の魔法陣を抜けた。
 白い光に目がくらみ、閉じた瞳を開いたら、見たこともない平原が広がっていた。
 
「ここが……」

 見渡す限り草の原。さわさわと渡る風が、背の高い草をいっせいにそよがせる。
 振り返ると、白亜の宮があった。神の気に満ちた佇まいに、ここが黄金竜オーディの宮なのだと直感する。
 
「大丈夫だよ、パウラ。
 私の傍から離れないで。
 君は必ずわたしが守るから」

 オリヴェルの大きな手が、ぐいとパウラの肩を抱き寄せる。
 その温かさが緊張で尖った心のとげを溶かしてくれて、パウラはほっと息をつく。

「目的地まで一気に飛ぶよ」

 オリヴェルの言葉と同時に、またぱぁっと白い光に包まれて、次の瞬間パウラと母、オリヴェルは、大きな寝台のある部屋にいた。

「ようやく来やったか」

 耳のそばで囁くような、彼方の波音を聞くような、近くて遠い不思議な声。
 高く、低く、年齢も性別もわからない妖しい声が、水面に広がる輪のように静かに空気を震わせた。
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