【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)

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第四章 オリヴェルの章(オリヴェルEDルート)

52. ヘルムダールの血

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「そんなに緊張しなくてもいい。
 パウラ、おおよその話はナナミから聞いているからね」

 母はゆったりと微笑んでくれた。

「聖女オーディアナ試験に候補が二人。
 変だとは私も思っていたからね。
 人生をやり直してでもと、思いつめたんだってね。
 親として申し訳ない。
 不甲斐ない母で、本当にすまなかったね」

 伏せた銀色のまつ毛が震えている。
 その下にのぞくエメラルドの瞳は、いつになく悲し気で慈しみに満ちている。
 母アデラが愛娘パウラにだけ見せる表情で、こんな時なのに嬉しくて心がほんわり温かい。
 けれどこれから話す内容を思えば、そんな感傷に浸っている場合ではない。
 気を取り直して、再び口を開く。

「いいえ、お母さまは十分すぎるほどにしてくださっていますわ。
 わたくしの方こそ、親不孝のお詫びをしなくてはなりません」

「親不孝などと、思わなくていい。
 パウラがなりたくないのなら、そんなもの蹴ってしまえば良いんだから」

 少しの迷いもなく、母はすっぱりと斬って捨てた。
 そんなもの。
 聖女オーディアナ、黄金竜オーディの妃の位は、ヘルムダールにとっては重い意味のあるものだろうに。

「ありがとうございます。
 でしたらどうぞ私の籍を、ヘルムダールから抜いてください」

 それが今のパウラにできる、最大限の孝行だと思ったから。
 これには母の隣で黙っていた父が、たまらずといった様子で声をあげた。

「あー、バカなことを。
 どうして私たちがパウラと縁を切らないといけないのかな?
 そもそも妾の選抜試験などと、どの口が言うんだろう。
 仮にも竜の長が」

 地鳴りのように低い声は、最大級に怒った父のそれだ。
 海のように青い瞳が、今は赤く変わっている。

「ヘルムダールが代々してきたことだからと、これまで私は黙っていたけれど。
 こうなってしまったら、私も黙ってはいられない。
 北のヴォーロフは、昔から黄金竜を嫌っている。この際、手を組むのも悪くないね」

 青銀の髪に褐色の肌、女性よりも繊細な美貌の父が、凄艶に微笑んでいる。

「気の短いことだ」

 銀糸の髪をさらりとかき上げて、母アデラは苦笑した。
 けれど思いは父と同じようで。

「除籍はしないよ」

 当然だと首を振る。

「今の聖女オーディアナはね、たしか私の5代前の公女だったはずだよ。
 聖女オーディアナの任期は一定ではないけれど、私の知る限り1000年はザラだ。
 それが当代はその半分。
 力を使い過ぎたのだろう。
 かなりの負担を強いられたのだと、私は思っている」

 当主だけが知る事実が、ゆっくりと語られる。
 
「聖女オーディアナの役割は、もともと竜后が兼任していたものなんだよ。
 聖女オーディアナはその補佐をすれば良く、あくまでも主は竜后でね。
 それがいつのころからか、聖女オーディアナが一人で負担するようになった。
 調べてみたんだけどね、当代の竜后になってかららしい」

 スラックスの長い脚を優雅に組み替えて、母は唇に冷たい笑みをためる。

「その理由も、おおよそ察しがついたよ」
 
 隣の父も同様に、冷え冷えと凍るような微笑を浮かべて頷く。
 
「ああ、ほぼ間違いない。
 兄上をしめ上げて、ヴァースキーの禁書庫でも裏をとったからね」

 両親の冷気、いや殺気の意味が、パウラにはわからない。どうやら竜后が当然の仕事をしていないらしいことはわかったが。

「あの……。
 お母様、お父様?」

 わけがわからぬと、詳しい説明を促すように呼びかけてみる。
 すると表情を変えないまま、母は吐き捨てた。

「下世話に言えば、失恋だろうね。
 黄金竜オーディの横恋慕と言っても良いか」

 失恋?
 横恋慕?
 母の言うとおり下世話過ぎる言葉に、パウラの思考回路はすぐには巡らない。

「昔、まだヘルムダールの公女だった竜后はね、ヴォーロフの公子と将来を誓い合ってたそうだよ。
 けれど彼女を黄金竜オーディが后にと望んだ。
 ヘルムダールの公女が、黄金竜の妻、しかも正室に望まれたんだ。
 拒めなかったんだろうね。
 泣く泣く黄金竜の郷エル・オーディへ上がったそうだよ」

 竜后となった後も、彼女は夫である黄金竜を許せず、竜后としての仕事も放棄したということか。
 引き裂かれた恋人の面影だけを追い続けて、数千年、それ以上の年月を。
 歌劇のあらすじのようだ。
 もしこれが歌劇の世界なら、酔ってやっても良い。
 けれどここは現実で、まして自分が巻き込まれるとなれば冗談ではない。
 ごめんこうむりたい。

「それほど嫌なら、なぜ嫌だと言わないのですか。
 いやいやでも竜后の地位についたのでしょう?
 なのに、なんにもしないなんて」

 飼殺された前世を思えば、はらわたの煮えくり返る思いがする。
 あの砂をかむようなわびしい年月は、悲劇のヒロインに酔いしれた先祖が、自分の仕事を丸投げしたためかと。
 それを許して放置する黄金竜には、さらに腹が立った。
 至高の地位には、それにふさわしい責任がセットでついてくる。その責任を果たせぬ妻なら、さっさと離縁するのがお前の責任だろう。
 なんの罪もないヘルムダールの女子を、次々と使い潰して、飼殺して。

「くっだらない!
 普通の女ならかわいそうにで通るでしょうけれど、そうではないでしょう?
 お母様、やはりわたくしを除籍してくださいませ。
 わたくし、どうあっても逃げますわ。
 飼殺しの人生は、1度でたくさんですもの」

 憤然とパウラは立ち上がる。
 そんな迷惑夫婦のために2度も犠牲になるなんて、あまりにも自分がかわいそうすぎる。

「さびしいことを言わないでおくれ。
 もう少し親を頼りなさい。
 黄金竜の郷エル・オーディに行ってくるよ。
 パウラはじっとしててくれると、ありがたいね」

 白い騎士服の腕を伸ばして、母はパウラを抱き寄せた。
 品の良い薔薇の香り。
 母の香りにふわりと包まれると、パウラの眦にじわっと涙がにじむ。


 ぎぃ……。

 扉の開く音。
 
「その道行き、わたしも同行させてもらうよ」

 白絹のゆったりとしたトーガをまとったオリヴェルが、母アデラの前に進む。
 すぅ……と音もなく跪いて、オレンジ色の頭を垂れた。

「ヘルムダール公女パウラに、西の聖使オリヴェルが求婚する。
 大公には、どうかお許しいただきたい」

 ちょっと待って。
 いつのまに求婚まで話が進んだのだ。
 聞いてない。
 しかもこの雰囲気の中、このタイミングで?

 きん……。

 空気の凍る音がした。
 それがどこからくる冷気か氷気か。
 パウラには見なくともわかった。
 とてもではない、そちらを見ることなどできないでいた。
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