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第四章 オリヴェルの章(オリヴェルEDルート)

50. 敵わない

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(まあ、こうなるだろうね)

 赤くなって固まったままのパウラに、オリヴェルは唇の端をわずかに上げる。
 彼自身、今日の今日まで、自分の気持ちがこんなに募っているなど思いもしなかったのだ。
 あの時。
 パウラが競技場に立ったあの時、その姿に見惚れるアルヴィドの熱を見て。
 オリヴェルの中にあった思いが、ぱんと音をたてて弾けた。

(見るな)

 そう思った自分に気づいて驚いた。
 けれど同時に、「ああそうか」とも思った。
 惹かれていたのだと、そう認めればなにもかもがすとんと落ちる。
 あの日、12歳のパウラに初めて出会ったあの日から、護衛騎士を姉のようだと言う彼女に、抗いつつ惹かれていた。
 それはオリヴェルが求めてやまない言葉で、血のつながった家族からは得られなかったもの。
 誰かに言ってほしかった。
 ここにいて良い。
 あなたが大切なのだと。

 それでもすぐには受け容れ難くて、そんなきれいごとをと抗い続けたオリヴェルに、ナナミは言った。

「今の自分を、わたくしは不幸だと思っておりませんから」

 故郷にほぼ戻れぬことはわかっていただろうに。
 彼女は、鮮やかに笑っていた。
 それは言葉どおり彼女の現在が、それなりに満たされていることを意味していた。
 すべてではないだろう。
 けれどナナミを満たした要因の1つに、パウラからの愛情も含まれているのは確かだった。
 なんの見返りも求めず、ただ自分ができることのみを考える。
 そんな愛情を与えられるパウラがまぶしくて、そしてその愛情を向けられる対象が妬ましかった。
 
 あの時、既にオリヴェルは落ちていた。
 今ならわかる。
 だから嬉しかったのだ。
 初めてオリヴェルの心に触れようとしてくれた、パウラの言葉が。

「人を貶めて自分を優位にしようとする卑しい悪意に、素直に下ってやる必要がありまして?」

 騎士になれなかった自分を、どこか引け目に感じていた。
 では心から騎士になりたかったのかと自分に問うと、それは違うといつも思っていた。
 けれどそう思うそばから、冷笑を含んだ声がかけられる。
 
 ならなかったのではない。
 なれなかったのだ。
 
 蔑んだあざ笑うような顔をした兄から。
 
 大公家の直系として、あるまじきこと。
 情けないことだと。
 
 それをパウラは否定した。
 それは違う。
 兄こそが卑しいのだと。
 なぜ彼女は、一番欲しい思いがわかるのか。
 
 

 認めてしまうと、途端に焦り始めた。
 相手は聖女オーディアナ候補、しかもほぼ確定のガチガチの本命である。
 聖女オーディアナとは、つまり黄金竜オーディの花嫁、側室のことだ。
 本来好意をもつことなど、もってのほか。
 けれどオリヴェルを含めた聖使たちは、だからどうしたと開き直っている。
 セスラン、シモンあたりは、その思いを隠そうとすらしていない。
 さらについ先ほど見た、アルヴィドの惚けたような顔を思い出す。
 
 このままではマズい。いかにも分が悪い。
 何しろオリヴェルは、彼女にその思いの片りんすら伝えていないのだから。

 黄金竜の泉地エル・アディに上がる前、上がった後にも、恋の真似事の機会には不自由しなかった。
 それなりに整っているらしい彼の容姿や、表向き陽気で粋な性格が、釣り餌となって良い仕事をしてくれる。
 釣果ちょうかはいつも量だけは抜群で、とりあえずその時その場の身体の渇きは収まったものだ。
 どう誘えば喜ぶか、どう扱えば楽に落ちるか。
 回数を重ねれば、そんなつまらぬことばかり学習する。
 
(まったく情けない!)

 初恋を知らず、身体だけ大人になったオリヴェルには、本当に恋しい相手にどう接するべきかまるでわからなかった。
 パウラを喜ばせて、オリヴェルに好感をもってもらって……。
 10代の少年のような幼いステップを頭の中に思い描いて、即座にそれでは間に合わないと首を振る。
 焦りだけが募り降り積もり、そして本音がこぼれた。

「わたしがイヤだからだよ。
 これ以上誰かの目にさらすの、わたしがイヤなんだ」

 口にして、オリヴェルは内心で目を覆う。
 なんと、稚拙なことば。
 野暮の骨頂、身も蓋もない。





「好きだよ、パウラ」

 赤くなって固まったパウラを抱きせて、耳元で囁いた。
 もういろいろ考えても仕方ない。
 オリヴェルの書庫には、本気の恋の扱いマニュアルがないのだ。
 感じたまま、思いのままを素直に口にする。
 直球勝負と決めた。

「聖女オーディアナ、パウラは嫌なんだろう?」

 腕の中のパウラが、びくりと震えた。

「見てればわかるさ。
 わざと手を抜いてるってくらい」

 バレていないと思っていたのか。
 みっともなくない程度、試験の品位を汚さない程度のレベルは守りつつ、突き抜けて素晴らしい成績にもならないように。
 そんなかわいらしい手抜きに気づかぬ聖使は、一人もいない。

「無駄だよ。
 そんな程度でパウラの優勢はひっくり返せない。
 というより、この試験はパウラの聖女ありきなんだから」

 そもそもが出来レースだった。
 黄金竜オーディは「わたしたち用」の楽しみとして与えただけで、最初からエリーヌを聖女にするつもりなどない。
 だから少しばかり手抜きをしたところで、聖女オーディアナからは逃げられない。
 腕の中にあるパウラの身体が、さらに固くなった。
 小刻みの震え。
 けれど怖れではない?

「では嫌だと、直接言いますわ」

 白い顔が上げられて、ややつり気味の緑の瞳がオリヴェルを映した。
 2つのエメラルドが、おさまりがたい怒りに煌めいている。

「そうでなければ、いっそ脱走ですわね。
 仕方ないであきらめていたら、また同じことの繰り返しですもの」

 黄金竜オーディの召喚を、その宣旨を、なんとも不快そうに。
 鼻先にしわを寄せて、ふんと不敵に笑う。
 いっそ清々しい。
 
 が、何かひっかかる。

「同じことって?」

 ふぅと小さく息を吐いて、パウラははっきりと答えた。

「わたくし、これが2度目の人生ですの。
 やり直しのために、時間を遡ったんですわ」

 オリヴェルは息を呑む。
 けれどすぐに、ああそうかと落ちた。
 不思議と驚かない。
 どこかでなるほどと納得する。
 
「飼殺しの竜妃なんて、まっぴら。
 ここでいい子になったら、やりなおした意味がありませんもの」

 きっぱりと言い切った。
 
 だめだ。
 敵わない。
 なんとしてもその望みをかなえてやりたいと、心から思う。
 誰が邪魔をしても、誰を敵に回しても、オリヴェルは彼女を護りたい。

「いいね。
 その話、わたしも乗るよ」

 ほんの少しびっくりしたような顔のパウラを、オリヴェルはもう一度抱き寄せた。
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