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第二章 乙女ゲームのシナリオ?書き換えを求めます

28. パウラ、試練を受ける

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座学メインで始まる最初の一月ひとつきの内容は、パウラには2度目のもので、懐かしくはあるが難しくはない。
各大陸の歴史と文化、それに地理と政治経済だった。
一番分量が多く時間を費やしたのは、歴史である。
思想史、外交史、文化史まで含めると、相当な分量になる。
これを一月ひとつきでというのだから、前世のパウラはかなり苦労したものだ。

それらに加えて時間をとられるのは、統治魔法と呼ばれるものだった。
水・火・風・地の属性の上位に光と闇の属性があり、その属性はヘルムダールの聖紋オディラ持ちの女子にだけ現れる。
光は癒しと平和を闇は破壊や滅びを、それぞれ制御する力である。
調和のとれた世の実現には、なくてはならない力であるが、制御には心身ともにかなりの鍛錬が必要である。
その希少で大切な、同時に危うい力を、次代の聖女オーディアナ候補は習得していかなければならない。

「今日はここまでにしよう」

当代の聖女オーディアナが、1時間の実技指導の後、授業の終了を告げた。
統治魔法だけは、他の者がパウラやエリーヌに教えることのできない科目である。
毎日座学30分と実技1時間を、聖女オーディアナが自ら指導についている。

「ご指導に感謝いたします」

「ありがとうございました!」

候補の二人が応えるのに、聖女オーディアナは輝くような銀色の頭を緩く振って小さくため息をついた。

「エリーヌ、補講の進捗はどうか?」

「はい!
先生にはいろいろと言われますが、大丈夫です!
わたし、気にしてません!」

「気にせよとは言わぬが、努力せよ。
ここに来たのは、次代の聖女オーディアナになるためだ。
その責任の重さを理解するように」

穏やかな口調ではあってもはっきりとさとされて、エリーヌはさすがにうつむいて唇をかんだ。

「は……い」

ここのところエリーヌは聖使の部屋へ日参しては、進捗報告と称する「おしゃべり」を続けているらしい。
4人の聖使はそれについて何かしらのコメントを出すことはなかったが、聖使付きの神官から好ましくはない話として漏れ出ていた。
エリーヌの成績は相変わらず惨憺さんたんたる有様で、今日もそれをわが目で確認した聖女オーディアナが釘をさしたものだろう。

(正攻法でまともに注意しても、無駄よ。
聖女オーディアナになるために、彼女はここに来たわけではないんですもの)

目の前でうつむくエリーヌに冷めた視線を向けて、パウラは思案する。

(けれどこのままでは困るわ。
なんとかして最低限のレベルにまでは、上がってもらわないと)

エリーヌの資質がまるでお話にならないレベルのままでは、最初から勝負にならない。
前世と同じように、さっさとパウラの優勢勝ちの判定が出てしまう。
それでは困る。
とても困る。
いったいどうしたものかと考えて、ひらめく。

エリーヌの目的は何か。
その目的のために役立つと思わせることができれば、勉強するに違いない。
午後の授業が終わったら、早速動くことにしよう。
心の中で右手をぎゅっと握りしめて、パウラは退出してゆく聖女オーディアナを、静かに見送った。




「僕にエリーヌを応援しろって?
パウラ、今そう言ったの?」

東の聖使シモンの部屋。
柔らかい青灰色で整えられた壁や床は、水竜を意識したものかと思う。
ふんわりしたソファに浅く腰をかけたパウラは、対面するシモンの表情に内心で冷や汗をだらだらと流す。
翳ができるほど長いまつ毛がばさりと幾度か上下して、淡い緑の瞳がパウラを見つめている。
そして優し気な薄い微笑。
怖い……。

「はい。
そのようにお願いいたしました」

「ふぅん。
そう。
君は僕がエリーヌの傍に、ずっと貼りついていても良いんだ」

淡い緑の瞳が、探るようにじっとパウラを見つめる。

「彼女が自ら学ぼうと思う、そのきっかけをお示しいただきたいのです」

ぎりぎり言える本心である。
まさか自分が聖女オーディアナになりたくないからだとは、言えない。

「わたくしではダメなのです。
彼女はわたくしに心を開いてはくれません」

いや、心を開かないのはエリーヌだけじゃなくこちらもだけど、とはこれも言えないことである。

「彼女の背中を押せるとしたら、それは聖使様方しかおいでにならないのですわ」

だってエリーヌは、あなたがたを狙っているのだから。
これもまた言えない。

「聖使様に身近で励ましていただければ、きっと自信がついて頑張る気になるのではと、わたくし思うのです」

よし。
かなりオブラートに包んだけれど、言いたいことは言えた。

「わかったよ。
パウラのお願いだから、聞かないわけにはいかないね」

しぶしぶといった風に、シモンは眉間にしわを寄せている。
小さなため息までおまけにつけて。



「ところで……」

表情を変えて、事務的な調子でシモンが切り出した。

「パウラ、この話、僕以外の聖使にはしたの?」

「いいえ。
これから順番に伺うつもりでおりましたけれど」

「そう。
じゃあ、行かなくて良いよ。
僕からみんなに話すから」

全開の、汚れなく純粋な印象の笑顔。
これがかえって恐ろしいなどと、どれだけ警戒しているのかと思う。
けれどシモンは笑っている時ほど恐ろしいのだと、前世の経験で知っている。
感情とは逆の表情を、彼はなんなく作って見せるから。

「あ、その顔。
僕が何を考えているか、わからないって?」

お見通しか。

「君が何を考えているのかは、たぶんわかるよ。
パウラは単純だからね。
あいかわらず……って感じ。」

くすりと笑うシモンの声は、先ほどまでとはあきらかに違う。
マスクのかかっていない素の笑いのように、パウラには見えた。

「パウラのお願いは、僕の思惑にだいたい沿っているからさ。
かなえてあげることにしたんだ。
最初はね、僕一人でするつもりだったんだけど、なるほどパウラの言うとおりだよ。
4人がかりの方が、ずっと効果がありそうだね」

唇の端を片方だけ上げて、シモンはにやりと笑う。
意地悪気なこんな顔でさえ、うっとりするほど綺麗で、さすがにヴァースキーの血だと思う。
はらりとこぼれた青銀の髪を、うるさそうに払う細く長い指。
さりげないしぐさなのに、どこか艶めかしい。

「でも、パウラが頼みに行くのはダメ。
というか、いやなんだ」

「え?」

「どうしてとか、聞かないでよ?
僕が君を行かせると思う?
他のオトコのとこなんかに」

ふっと爽やかなペパーミントの香りが、パウラの鼻先をかすめる。
白いトーガの袖から伸びる褐色の腕、細く長い指がテーブル越しにパウラの顎をそっととらえた。

「次は本気でいく。
僕、そう言ったよね?」

ええ。
たしかにそうおっしゃいました。
おっしゃいましたけど、なぜ?
どうしてここまでダダ洩れの執着をしてくださいますの?

わからない。
いくら考えてもわからない。
6才のあの時も、そして今も、さらに前世の記憶すべてひっくりかえしても、シモンの執着には心当たりがまるでない。
心の内を顔に出さないようにと、6才のリスタート以来ずいぶん訓練してきたつもりで、ナナミにもかなり上達したと褒められた。
けれど今はダメだ。
背中を冷たい汗が伝う。
少しでも気を抜けば、額や首筋からもそれは吹き出しそうで。
1つだけはっきりとわかっているのは、ここにこのままいてはいけないということだけ。
このままいれば飼殺しルートにはならなくとも、シモンとここに残らなくてはならない。
ヘルムダールへ戻って、安穏としたごく普通の当主になることができない。
前世あれだけ働いたのだ。
今生こそは、ごく普通の当たり前の人生を、ゆったりと過ごしたい。
ここはなんとしても、逃げなければ。

「ほ……他の聖使の方々には、シモン様からお話しいただけるのですね?
それではわたくし、これで御前ごぜん失礼いたします」

あからさまな逃げ口上に、シモンの微笑は濃度を増した。
くすくすと声にだして笑いながら、ひらひらと手を振る。

「わかった。
後は僕がやっておくよ」

いったん退いてくれるようだ。
気の変わらぬうちに撤退せねば。
ほうほうの態とはまさにこのことか。
よろけるようにして、パウラはシモンの部屋を退出した。


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