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第二章 乙女ゲームのシナリオ?書き換えを求めます

27. パウラ、悪役令嬢のくせにと言われる

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ふわふわの白銀の髪に、好奇心いっぱいの元気な緑の瞳。
エリーヌ・ペロー。
黄金竜の泉地エル・アディ、その神殿奥の間にパウラと共に並んで跪く。

やはり来たかと、パウラは覚悟を決める。
正直なところ、会いたくはなかった。
無邪気を装うエリーヌが、パウラにだけ見せる底意地の悪い目つき、聖使に見せるべたべたした態度。
あんな下卑たものを、好んで見たいはずもない。
けれど逃げるわけにはいかない。
逃げれば即刻、飼殺しルート決定だ。

(平常心だわ、パウラ・ヘルムダール)

2度目の今生、彼女のやり口の稚拙さ陰険さは、既にパウラの知るところ。
それなら前もって、事が起こる前に手を打ってやる。

「ヘルムダールの女子二人、パウラとエリーヌだったな。
この世の平穏を護るため、両名のうちどちらかが聖女オーディアナに選ばれる。
悔いのないよう、最善を尽くせ」

当代の聖女オーディアナが、つま先まですっぽり覆ったヴェールの向こうから微笑する。

「かしこまりました。
卑小の身ではございますが、微力を尽くしてまいります」

「わたしも頑張ります!
パウラとも仲良くします!
安心してください!」

ああ、これは前世のとおりだ。
ここでパウラを呼び捨てにすることで、パウラの神経を逆撫でするつもりだろう。
前世パウラは、その策略にまんまと乗った。

「わたくしは貴方に名前を、しかも呼び捨てで呼ぶことを許した覚えはありませんわ。
ペロー様」

その後、エリーヌは泣きべそをかくのだ。

「だってここでは一緒に試験を競うライバルで、お友達なんでしょう?
この方が、早く仲良くなれると思ったから」



腹立たしい記憶のヴィジョンを振り払い、パウラは心中で唱える。

(心頭滅却すれば火もまた涼し)

ナナミに教わった呪文の言葉。
動揺したら負けなのだ。

ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、パウラは無表情を保った。
けして挑発にはのらない。
沈黙を守ることで、パウラ呼びを拒む。




「エリーヌ・ペロー」

凍てつくような低い声には、静かな怒りが見え隠れする。
燃えるような見事な赤毛の青年が、跪くエリーヌを睥睨へいげいしていた。

「なぜパウラ・ヘルムダールを呼び捨てにする?」

「え?
セスラン様、なんでそんなこと聞くんですか?」

明らかに動揺した様子のエリーヌは、信じられないと大きな目を見開いている。

「パウラを呼び捨てにできるのは、おまえが聖女になり、パウラがそうならなかった時だけだ。
今のおまえは、ヘルムダールの男爵令嬢に過ぎない。
公女を呼び捨てにする特権など、誰も与えてはいない」

ぴしりと空気に亀裂が入る音を、聞いたような気がした。
峻烈な口調で、セスランはさらに追い打ちをかける。

「いまだ候補に過ぎぬ身。
よくよく心得よ」

「セスラン様、どうして?」

震えながら見上げるエリーヌに、セスランは冷たい表情をちらとも動かさない。



「そこまでだよ」

凍りついた空気をぱりんと割ったのは、シモンだった。
ぱあっと花が咲くような笑顔になったのは、エリーヌ。

「シモン様、わたし…驚いて」

「そうだよね。
セスランに叱られたら、びっくりすると思うよ」

淡い緑の瞳が、微笑する。
形の良い薄い唇が綺麗な弧を描いて上がり、シモンの表情をより優し気に見せる。
その表情で彼は続けた。

「事前報告にあったとおりだね。
初級の礼儀作法も、特別補講案に追加しなくちゃ」

表情に不似合いな事務的な言葉に、エリーヌはびくりと肩を震わせた。

「な…んで?
どうして…、こんな。
おかしい」

うつむいてブツブツと何か言っているエリーヌに、パウラは違和感を覚える。
まるでこんなことは、起こるはずではなかったと、そう知っているような驚き方に見えたから。

(まさかエリーヌにも記憶がある?)

「ごらんのとおりです、聖女オーディアナ。
以前お願いいたしましたとおり、エリーヌ・ペローには特に基礎教養の補習を。
重ねて進言いたします」

シモンが軽く頭を下げて、腕を胸に引き寄せる。

「エリーヌ・ペローは、ヘルムダールの下級貴族の娘です。
直系公女のパウラ・ヘルムダールとでは、受けてきた教育に差があるのは当然のこと。
ですが黄金竜オーディが、特にお選びになった者です。
不足分を、すみやかに補強せねばなりません」

青銀の髪が、伏せた顔の表情を隠す。

「なるほど…。
いかにもシモンの言うとおりだ。
わかった。
良いように。」

聖女オーディアナが頷いて、退出する。



「君は期待の星だからね」

跪くエリーヌに手を貸して立ち上がらせると、シモンは薄く笑った。

「がんばってもらわなきゃ。
ぜひとも聖女オーディアナになってね。
僕、期待してるよ」

「シモン様!
わたし、がんばります!
シモン様が応援してくださるんだもの。
嬉しい!」

明るく笑ったエリーヌの顔は、無邪気でかわいらしく、パウラには馴染みの表情だった。
本心から喜んで笑っているのかと、パウラは不思議に思う。
あのシモンの表情、曖昧な薄い笑いを浮かべた顔に、言葉どおりの期待を感じられるのだろうか。
自分であれば、かえって警戒するだろう。
胡散臭いことこの上ない。

そう思って注意してエリーヌを見てみると、やっぱりただものではなかった。
うわぁ…と、かわいらしい甘い声を出しながら、元気の良い緑の瞳で4人の聖使を順々に巡っている。
視線だけをわずかに動かして、視線の向かう先の相手に、エリーヌが自分だけを見ているような錯覚を与えるテクニックだ。

(ああ、これは…。
セスランやアルヴィドは、ぼーっと見惚みとれてるでしょうね)

前世最初の出会いで、パウラに厳しく咎められた後、エリーヌが見せた笑顔は今目の前にあるものと同じ。
それにすっかり呆けたあの2人である。
パウラにはけして真似のできない「無邪気な少女」の演技に、またもや先手をとられた。
けれどエリーヌの挑発にのらなかった分だけ、前世よりダメージは少ないはず。
それを確かめる為に、パウラは顔を上げる。

「待ちかねたぞ、パウラ」

すぐ傍、息のかかるほど間近で、最高級の翡翠の瞳が愛しげに優しく微笑んでいた。
9年前より威力がすごい。
圧倒される思いで見上げるパウラに、さらに新手の追い打ちがかかる。

「何をしている。
そこは冷える。
早く立て」

辺りの空気を震わせる、しんと響く艶のある声。
わずかに首を傾けて声の方を見上げると、針葉樹の深い緑をのせた瞳にぶつかった。

「膝を傷める」

記憶にある限り、限りなく無口なアルヴィドまでがこれか。
前世と違い過ぎる。



「なんでよ。
こんなのおかしい」

すぐ傍で、おそろしく低い、恨みのこもった声がした。
ギンと音のしそうな視線を感じるが、パウラはあえて振り向くことをしなかった。
関わるべきではない。
せっかく好感度にダメージなく対面を終えたのだから、ここでエリーヌに関わって面倒なことになるのは困る。

「悪役令嬢のくせに」

向けられた負の感情よりも、その言葉の意味にひっかかる。

(悪役令嬢?)

理解不能の言葉を吐きながら怨嗟のオーラをばしばしと出すエリーヌが、パウラには不気味だった。
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