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第一章 それは終わりから始まった
4. パウラ、恋愛指南を受ける
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「おとうさまは、おかあさまをどうして好きになったの?」
パウラの父テオドール・ヘルムダールは、幼い娘の突然の質問に、切れ長の青い瞳をわずかに見開いた。
「どうしたの、パウラ。
いきなり」
パウラが勢いよく開け放った扉に父の視線がすいと動くと、部屋付きメイドが静かに扉を閉める。
「うかがいたいのです。
わたくしも今日で6歳になりましたわ。
ヘルムダールの女子として、みりょくあるじょせいにならなくては」
鼻息荒く早口でまくしたてるパウラに、父は形の良い唇をうっすらと開いて微笑んだ。
「そう。
そうだね、パウラも6歳だよね。
おめでとう、私も嬉しいよ」
前世最後に会ったのは、いつだったろう。
こんなにキレイな男性だったのかと、今さらながらパウラは見惚れてしまう。
艶やかな銀青色の髪はさらりと肩にこぼれかかり、やや褐色の肌にくっきりとした目鼻立ち。
海のような青の瞳は大きいが、眦にかけてすうっと切れ長で、しかもまつ毛は長い。
(お母様は、絶対カオで選んでるわね)
いやいや、母には後で聞く。
今は父が、なぜ母を好きになったかだ。
「ありがとうございます。
で、どうしてですの?」
パウラは食い下がる。
これは大切なポイントだ。
男心を掴むには、どうすれば良いか。
「アデラは、美しいから」
父は当然だとばかり頷きながら、言う。
「私がまだヴァースキーにいた頃、父が水竜の祭典にヘルムダールの姫君をお招きしたことがあってね。
その時、私はアデラに初めて会ったんだよ。
一目で心を奪われた」
あー、これは「妻大好きモード」のスイッチを入れてしまった。
記憶のビジョンがきっと、最高画質で読み出されている最中だろう。
「おかあさまのカオが良いから、好きになりましたの?」
記憶ビジョンの再生には付き合いきれないので、わざと挑発してみる。
予想どおり父はとんでもないと、首を振った。
「美しいのは顔だけではないよ。
アデラは、顔も身体も魂もすべてが、ああ彼女の存在そのものが美しいんだ。
当時、アデラに選ばれたいと思う男は、たくさんいてね。
4公家の公子はみんな、例外なくそう思っていたはずだよ」
現ヘルムダール大公アデラは、確かに美しい女性である。
さらさらと流れるような銀糸の髪に、透明度の高いエメラルドの瞳。
上質のミルクのように白く艶のある肌、竜后オーディアナの恩寵を具現化したらこうなるかという完璧な美貌である。
飛竜騎士として鍛え上げられた無駄のない肢体は、パウラを産んだ後でも乙女の頃と変わらぬサイズだと言う。
すんなりのびやかに長い手足、豊かな胸から腰までは、女性らしい曲線と張りが見事に調和している。
父の言う「当時」どころではない。
今現在であっても、父に何かあれば4公国の公子たちは、嬉々としてその座を狙うに違いない。
ヘルムダールでは、他の4公国に比べて女騎士の数が多い。
それは当主の夫以外の男をできるだけ城におきたくないからで、近衛もすべて女騎士であった。
騎士の花形は、なんといっても飛竜騎士である。
飛竜騎士とは、自ら捕らえた野生のシルバードラゴンを飼い慣らし騎乗する騎士を指す。
もともと知能が高く誇り高い生き物であるだけに、シルバードラゴンはなかなか飼育下に入らない。
捕らえる時、騎乗する時、その生体より強い魔力やカリスマが必要で、己を従えようとする騎士の力を認めなければ、シルバードラゴンはけして騎乗用にはならない。
ヘルムダール以外の4公国でも飛竜騎士団を持っているが、その数は多くて10騎程度の小隊がせいぜい。
シルバードラゴンの所属個体数最多を誇るのは、なんといってもヘルムダールである。
ヘルムダールの銀の騎士。
そんな別名を持つ飛竜騎士団は、一騎当千の女騎士70人で編成されている。
銀色の飛竜に乗った騎士の姿は神々しく美しく、戦場の空に舞うその勇姿を見せつけるだけで、敵の戦意を削ぐと言われる。
その騎士団の現在の長が、アデラ・ヘルムダール。
ヘルムダール大公、代々の当主は、なんらかの武術を得意としている。
母の場合は槍術で、銀色の飛竜の背で槍をふるう彼女の姿は、震えがくるほど美しい。
「私にも水竜の加護が少しばかりあったからね。
ヴァースキーを継いだ兄には劣るけれど、けっこうよくデキる魔術騎士だったんだよ。
それなりに自負もあった。
でもね、アデラを一目見て、ああこの人にはかなわない。
もし戦場で会うようなことがあったら、私は迷わず彼女の膝にすがるだろうと思った。
魔術書も剣も取り捨ててね」
聞いておいて申し訳ないが、かなり面倒くさい父だとパウラは思う。
6才の娘に、妻への愛をここまで熱っぽく説明するものか。
夢見る少女のような父の言葉を要約すると、母が神々しいほどに美しく、強いから好きということなのだろう。
「おかあさまがおつよいから、お好きですの?」
それは夫として情けないのではと、ちょっとばかり思う。
「それもそうだね。
けれど私は、アデラの誇り高さがなにより好きだよ。
彼女がそうありたいと思うように生きることを、私は支えたい。
傷つけるものがあれば、それが何者であれ、私のこの身と引き換えにしてでも守ってみせよう。
まぁ、そんなことになれば、そいつはとっても後悔することになるだろうね。
すぐに楽になんて、そんな優しいことはしてあげないからね」
薄い唇を片方だけわずかに上げた父は、酷薄な笑みを浮かべる。
(お父様、怖いです)
誰かに似ていると、パウラは思う。
ああ!
黄金竜の泉地にある水竜の聖使シモン、あの美しい少年の黒い微笑にそっくりだ。
ヴァースキー家の、いや水竜の血、おそるべし。
敵に回したくはないものだと思う。
薄ら寒い思いで、シモンの攻略順位を上げようとパウラは考えた。
パウラの父テオドール・ヘルムダールは、幼い娘の突然の質問に、切れ長の青い瞳をわずかに見開いた。
「どうしたの、パウラ。
いきなり」
パウラが勢いよく開け放った扉に父の視線がすいと動くと、部屋付きメイドが静かに扉を閉める。
「うかがいたいのです。
わたくしも今日で6歳になりましたわ。
ヘルムダールの女子として、みりょくあるじょせいにならなくては」
鼻息荒く早口でまくしたてるパウラに、父は形の良い唇をうっすらと開いて微笑んだ。
「そう。
そうだね、パウラも6歳だよね。
おめでとう、私も嬉しいよ」
前世最後に会ったのは、いつだったろう。
こんなにキレイな男性だったのかと、今さらながらパウラは見惚れてしまう。
艶やかな銀青色の髪はさらりと肩にこぼれかかり、やや褐色の肌にくっきりとした目鼻立ち。
海のような青の瞳は大きいが、眦にかけてすうっと切れ長で、しかもまつ毛は長い。
(お母様は、絶対カオで選んでるわね)
いやいや、母には後で聞く。
今は父が、なぜ母を好きになったかだ。
「ありがとうございます。
で、どうしてですの?」
パウラは食い下がる。
これは大切なポイントだ。
男心を掴むには、どうすれば良いか。
「アデラは、美しいから」
父は当然だとばかり頷きながら、言う。
「私がまだヴァースキーにいた頃、父が水竜の祭典にヘルムダールの姫君をお招きしたことがあってね。
その時、私はアデラに初めて会ったんだよ。
一目で心を奪われた」
あー、これは「妻大好きモード」のスイッチを入れてしまった。
記憶のビジョンがきっと、最高画質で読み出されている最中だろう。
「おかあさまのカオが良いから、好きになりましたの?」
記憶ビジョンの再生には付き合いきれないので、わざと挑発してみる。
予想どおり父はとんでもないと、首を振った。
「美しいのは顔だけではないよ。
アデラは、顔も身体も魂もすべてが、ああ彼女の存在そのものが美しいんだ。
当時、アデラに選ばれたいと思う男は、たくさんいてね。
4公家の公子はみんな、例外なくそう思っていたはずだよ」
現ヘルムダール大公アデラは、確かに美しい女性である。
さらさらと流れるような銀糸の髪に、透明度の高いエメラルドの瞳。
上質のミルクのように白く艶のある肌、竜后オーディアナの恩寵を具現化したらこうなるかという完璧な美貌である。
飛竜騎士として鍛え上げられた無駄のない肢体は、パウラを産んだ後でも乙女の頃と変わらぬサイズだと言う。
すんなりのびやかに長い手足、豊かな胸から腰までは、女性らしい曲線と張りが見事に調和している。
父の言う「当時」どころではない。
今現在であっても、父に何かあれば4公国の公子たちは、嬉々としてその座を狙うに違いない。
ヘルムダールでは、他の4公国に比べて女騎士の数が多い。
それは当主の夫以外の男をできるだけ城におきたくないからで、近衛もすべて女騎士であった。
騎士の花形は、なんといっても飛竜騎士である。
飛竜騎士とは、自ら捕らえた野生のシルバードラゴンを飼い慣らし騎乗する騎士を指す。
もともと知能が高く誇り高い生き物であるだけに、シルバードラゴンはなかなか飼育下に入らない。
捕らえる時、騎乗する時、その生体より強い魔力やカリスマが必要で、己を従えようとする騎士の力を認めなければ、シルバードラゴンはけして騎乗用にはならない。
ヘルムダール以外の4公国でも飛竜騎士団を持っているが、その数は多くて10騎程度の小隊がせいぜい。
シルバードラゴンの所属個体数最多を誇るのは、なんといってもヘルムダールである。
ヘルムダールの銀の騎士。
そんな別名を持つ飛竜騎士団は、一騎当千の女騎士70人で編成されている。
銀色の飛竜に乗った騎士の姿は神々しく美しく、戦場の空に舞うその勇姿を見せつけるだけで、敵の戦意を削ぐと言われる。
その騎士団の現在の長が、アデラ・ヘルムダール。
ヘルムダール大公、代々の当主は、なんらかの武術を得意としている。
母の場合は槍術で、銀色の飛竜の背で槍をふるう彼女の姿は、震えがくるほど美しい。
「私にも水竜の加護が少しばかりあったからね。
ヴァースキーを継いだ兄には劣るけれど、けっこうよくデキる魔術騎士だったんだよ。
それなりに自負もあった。
でもね、アデラを一目見て、ああこの人にはかなわない。
もし戦場で会うようなことがあったら、私は迷わず彼女の膝にすがるだろうと思った。
魔術書も剣も取り捨ててね」
聞いておいて申し訳ないが、かなり面倒くさい父だとパウラは思う。
6才の娘に、妻への愛をここまで熱っぽく説明するものか。
夢見る少女のような父の言葉を要約すると、母が神々しいほどに美しく、強いから好きということなのだろう。
「おかあさまがおつよいから、お好きですの?」
それは夫として情けないのではと、ちょっとばかり思う。
「それもそうだね。
けれど私は、アデラの誇り高さがなにより好きだよ。
彼女がそうありたいと思うように生きることを、私は支えたい。
傷つけるものがあれば、それが何者であれ、私のこの身と引き換えにしてでも守ってみせよう。
まぁ、そんなことになれば、そいつはとっても後悔することになるだろうね。
すぐに楽になんて、そんな優しいことはしてあげないからね」
薄い唇を片方だけわずかに上げた父は、酷薄な笑みを浮かべる。
(お父様、怖いです)
誰かに似ていると、パウラは思う。
ああ!
黄金竜の泉地にある水竜の聖使シモン、あの美しい少年の黒い微笑にそっくりだ。
ヴァースキー家の、いや水竜の血、おそるべし。
敵に回したくはないものだと思う。
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