【完結】マザコン夫と離婚したら、年下の護衛騎士(実は王子)が熱烈に求愛してきます

yukiwa (旧PN 雪花)

文字の大きさ
上 下
41 / 44
第四章 ヴァスキアの再興

41.自尊心の在処

しおりを挟む
 国王暗殺の現行犯で捕らえられたウラリーは、王城地下の牢にいる。
 未練がましい命乞いはしていない。自分の意思でやったことだと自白している。
 その彼女がたったひとつだけこだわっているのが、国王が絶命したか否かだという。
 エカルトが目覚めた翌日、ラウラは彼女に会うために王城の北の塔、地下牢へ向かった。

 地下へ下りる階段にはところどころに丸い凹みがあって、そこに獣の脂を使った灯りが点いている。安く手に入れやすいがひどい臭いがするので、普通は室内では使わない。入口からそう距離はないというのに、むうっと獣臭いにおいが充満していて胸が悪くなるようだった。
 延々と続く螺旋階段を、どのくらい下りただろうか。
 ようやく最下段に着くと、一人用の寝台の幅くらいの通路があった。その脇に鉄格子のはまった木製の扉が五つ。
 
「足下に気をつけてください。濡れてますから滑りやすいですよ」

 さすがに一人では心細くて、テオバルトに護衛を頼んだ。
 先ぶれをしておいたので、牢番が膝をついて迎えてくれている。

「一番奥でございます」

 頷いて、ラウラは最奥の扉前に立つ。テオバルトが鉄格子の小窓から、冷たい声をかけた。

「王妃陛下である」


「どう? おまえの大切な夫は無事に旅立ったの?」

 くくっと喉を鳴らして女は笑った。楽しくて仕方ないようだ。
 扉の鉄格子を挟んだすぐそこから、激しい憎悪をぶつけてくる。
 
 口を挟まないようにと、ここへ来るまでにテオバルトには命じてあった。悪口雑言を浴びせかけてくるのは予想できたし、護衛騎士ならそれを放っておけないだろうから。
 だからテオバルトは口を真一文字に結んで牢内を睨みつけているだけだ。

「バケモノのおまえには毒は効かないんですってね。でもその方がいい。大切なものを奪われて、いまどんな気分?」

 ぶつけられる激しい憎しみを前に、ラウラは無表情を守った。
  
「自分を大切にしてくれない男が、そんなに大事ですか?」
「シメオンはっ! シメオンはわたくしを愛してくれていたわ。おまえさえ邪魔しなければ、今もずっと側にいてくれたはずよ」

 この女がエカルトにしたことを許すつもりはない。王妃としてはもちろんだが、ラウラ個人としてもそうだ。
 これまでは正直なところ、どうでも良い存在だった。
 元夫とは政略結婚であったから、というよりもラウラが彼を愛していなかったから、その不実にさして傷つかなかった。だから夫の愛妾になど、そもそも興味がない。勝手に競争心を抱いていやがらせをしてくるのは面倒だったが、夏のハエのようなものだ。除虫草を焚けば良い。ハエについて真剣に考えたりはしなかったし、これからもないと思っていた。
 けれど今回は違う。
 この煩いハエを、ラウラは本気で潰すと決めている。

 このハエがなぜラウラを敵視するのか。この牢にくるまでの間、ラウラは考えた。
 
「あの女が望んだものを、そなたは皆持っているではないか。身の程知らずの卑しい女が妬まずにいられようか? 妬みは時として理性より強く人を動かすのだ」

 かつての義母ウルリカは言った。
 つまりラウラの存在が、彼女の劣等感を刺激するということだ。
 自尊心を傷つける存在だから、あれほどラウラを憎む。
 自尊心のために、自分の命さえ投げ出してラウラを苦しめようとする。つまり彼女にとって、自尊心こそがこの世で一番大切なもの。
 それなら……。

「わかった。ではおまえをあの男の元へ送ってもらえるように、わたくしからマラークの国王陛下にお願いしてみましょう」
「え……?」

 処刑されない、それどころかシメオンの元へ行けると聞いて、さすがに驚いたようだ。
 疑り深くラウラを見る目に、隠しきれない期待がちらちらと見える。

「どういうつもり?」
「大切なものを失くさずに済んだから、その恩情とでもお思いなさい」
「助かった? 嘘だわ。あの毒で助かるなんて、そんなこと」

 しくじったと知って、女はがくりと肩を落とした。
 野心家のそれなりに賢い女なのに、どうしてこんなに愚かになれるのか。あんな男、自分から棄てることだってできたはずなのに。そうすれば彼女の自尊心が、これほど傷つけられることもなかったはずだ。
 ラウラは冷たい視線を送って、くるりと踵を返す。
 もう用はない。
 後はこの愚かな女に、あの時処刑されていればよかったと思わせる舞台を用意してやるだけだ。
 

 王妃の執務室へ戻ったラウラは、すぐにマラークの新国王に手紙を書いた。
 ウラリー・ド・ベキュのしでかした事件のあらましと、その処罰をマラークに任せたいこと。
 処罰には条件をつけた。
 彼女には元国王シメオンの身の周りの世話をさせること。彼女は使用人として扱い、化粧や贅沢な衣装で着飾ることは許さないこと。
 その彼女とは別に、見目うるわしく芸術的感覚に優れた貴婦人を話し相手としてつけること。
 この話し相手の貴婦人たちには、けしてシメオンの閨の相手をさせないこと。そのために、数年ごとに人員を交替させること。
 最後に付け加えた。

「願わくば、王妃ウルリカ様にもできるだけ頻繁にシメオン様を慰問していただけますと幸いです。国王陛下の寛大なお心におすがりいたします」

 
 シメオンはみすぼらしいウラリーに失望するだろう。そして見目うるわしい貴婦人との語らいに夢中になって、すぐに恋をするにちがいない。けれど閨は共にできない。
 シメオンが本能に負けてウラリーを抱くのに、そんなに時間は必要ないはずだ。
 そこで彼女は聞かされるのだ。
 見目うるわしい貴婦人への憧れや、恋しいと焦がれる感傷的な思いを。
 美しく装うことのできないウラリーに、シメオンは優しくない。彼はなによりも綺麗なものが好きだから。
 そうなると乳母であった、シメオンを育てたという情だけが、ウラリーの頼みの綱になるだろう。
 その最後の綱も絶つ。
 生母ウルリカにはかつての贖罪もかねて、シメオンに優しくしてもらおう。美しく優しい生母とみすぼらしい乳母。どちらにシメオンの愛情が向かうか、考えるまでもない。
 ウラリーは肉欲をはかせる道具としてだけ、側にいることを許されるのだ。
 かつてシメオンの寵姫であった自負があれば、それは耐えがたい屈辱だろう。
 新国王オリヴィエ・ド・マラーク、元のアングラード侯爵であれば、ラウラの狙いはきっと正確に理解してくれる。

 思惑どおりの返書をもらって、ラウラはすぐにかつての愛妾ウラリーをマラークへ送った。
 生きている方が辛い人生を、しっかり味わわせてやるために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました

山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。 ※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。 コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。 ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。 トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。 クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。 シモン・ノアイユ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。 ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。 シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。 〈あらすじ〉  コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。  ジレジレ、すれ違いラブストーリー

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...