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第四章 ヴァスキアの再興
38.女系で良いではないか
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「さっそくじゃがの。ハーケ、あやつをノルリアンに寄こさぬか?」
東棟のラウラたちの居間、少し古びてはいるが一番ふかふかのソファに腰かけて、ばば様エドラはさらりと口にした。
「あやつはここにあれば極刑であろう? 忠臣と言えばあれほどの者はおらぬ。稀なる名馬を処分するようなものじゃぞ」
「ハーケをお連れになって、どうなさるのですか?」
ばば様エドラの出方を探るためか、エカルトは慎重に質問を重ねる。
「うん、そうじゃの。国籍をノルリアンに移して、新しい名前と貴族籍を与えよう。今の国王はまもなく退位じゃ。次の皇太子をたてるまで、わたくしが国王代行ということになっておる。その治世を支えてくれる宰相に据える。喉から手が出るほどほしい才能じゃ」
「次の王太子……とは。ばば様軽くおっしゃいますが、いませんよね? いまあの人たちに男子なんて」
ノルリアンは他の二国と同じ、男系相続だ。ノルリアンの姫に価値があるとはいえ、それは市場価値で王位継承にかんしての価値ではない。
「昔、ラウラも言うておったろう。男子の相続にこだわらなくとも良いのではと。のう? 何代もにわたってわたくしも見てきたが、男子相続の行きついた先が今回の騒動じゃ。三国それぞれ微妙に事情は違えど、共通していることがひとつある。王位に就くに値しない男が至高の地位についたということじゃ」
それはラウラも考えていたことだった。
良い例がマラークの元夫だ。芸術的な感性を何よりも大切にして、国家の根幹である経済についてまるで興味がなかった。今となってはどうでもいいが、国同士の約束事である政略結婚の意味を理解できず、情を優先して結婚生活を破たんさせた。愚かでどうしようもない男。とても国王の器ではない。
ノルリアンの国王、遺伝上のラウラの父もそうだ。愛だの恋だの、市井のつつましやかな人生を送る人々にだけ許される感情で、王家と侯爵家の交わした契約を反故にした。一人の姫君の人生に大きな傷を作り、口を拭って男爵令嬢を妻にしたのだ。そしてそうまでして結婚したにも関わらず、元男爵令嬢は王妃になっても男爵令嬢のまま。感情的で勉強嫌いで教養がなく、とても表には出せない愚かな王妃だった。これを離婚せず、愚かな妻が望むまま城や屋敷や宝石を与え続ける国王は、いない方がよほどましのおばか国王だ。
「そこでじゃ、ラウラもノルリアン王家の血を引いておろう? それならそなたの子が男でも女でも、王位を継げば良い」
「いや、それは少しお待ちを」
それまで黙っていたエカルトが、口を挟む。
「ラウラはヴァスキアの王妃です。ラウラの産む子は、男女に関わらず俺の子ですよ。ノルリアンに養子にだすなんて、俺が許しません」
「そうかえ? それならマラークに頼むか。どうやらマラークの新王妃は、ウルリカに決まるようじゃからの」
これにはラウラも驚いた。
少し前までの義理の母、王太后ウルリカが次の王妃? 新王はアングラード侯爵だから、つまりウルリカは彼の妻になるのか。
どこか、すとんと腑に落ちるものがある。
ウルリカについて話すたび、彼の見せた複雑な表情。狂王の妃とその王の忠臣、立場は違えど共に辛酸をなめてきた者同士だ。相通じる何かがあるのだろうと、その時には気にもしなかったが。
相愛のエカルトを得て、ラウラにもようやくわかる。
アングラード侯爵はエカルトと同じだ。
「アングラード侯爵が……。そうですか、それは良かった」
やはりエカルトも気づいていたようだ。ぱぁっと明るい笑顔になる。
はっと我に返って、わざわざ難しい顔を作り直した。
「太王太后陛下のよろしいように。とにかく俺の子は渡しませんよ」
金色の瞳を、ひたりとエドラの貌にあてる。
「太王太后陛下、なにも他人の子をあてになさらずともよろしいのでは?」
何を言い出すか気づいたラウラは、案外それはいいかもしれないと思う。
つまりエドラ自身に、子供を産んでもらえば良いのだ。
「そなた、わたくしに子を産めとそう申すか」
ふむと、エドラは首を傾げる。
「失礼ながら太王太后陛下、先ほどの騎士たちの顔をご覧になりましたか?」
「いいや。見てはおらぬが、それがどうかしたか?」
「見惚れておりました。陛下のお姿に」
事実だけを告げていると、エカルトは淡々と口にする。
「ほう……。それで? 適当に見繕えばよかろうと、そう言いやるか?」
ばば様はこういうお話がお好きではない。
ノルリアンにいた頃、王妃教育の一環として男女の恋について講義を受けた。
「面倒な感情じゃ。まともな思考を曇らせる」
あまり良いものではないと、そうお考えのようだった。
エカルトはその恋を、お奨めしている。
ご機嫌が悪くなるようなことをと、ラウラがハラハラしていると。
「いいえ、滅相もない。陛下はご自身に焦がれる者がいるなどと、お思いにもならないように見えましたので。失礼ながら、申し上げました」
さらりと言ってのけるエカルトに、太王太后エドラも毒気をぬかれたようだ。
目を瞠ってまじまじとエカルトを見つめる。そしてくっと笑いを漏らした。
「エカルトよ、長年の思いをかなえて随分成長したと見える。なるほど、そなたの言うとおりじゃ。心にとめておこうぞ」
ばば様エドラのご機嫌はすこぶる良い。
どうやら養子の話は一時棚上げになったようだ。
「それにしてもじゃ。相手は誰でも良いというわけにはゆかぬからのう」
思わずこぼれたらしい言葉に、ラウラは腹にぐっと力を入れる。
笑ってはいけないと思ったから。
けれどどう頑張っても抑えきれず、笑いながらついに口にした。
「お選びになればよろしいのです。ばば様のお気のすむまで」
ノルリアンで盛大な婿選びが催されるのは、ほぼ確実だ。
ばば様エドラのこの先に、幸せな未来が待つと良い。
ラウラはそう願ってやまなかった。
東棟のラウラたちの居間、少し古びてはいるが一番ふかふかのソファに腰かけて、ばば様エドラはさらりと口にした。
「あやつはここにあれば極刑であろう? 忠臣と言えばあれほどの者はおらぬ。稀なる名馬を処分するようなものじゃぞ」
「ハーケをお連れになって、どうなさるのですか?」
ばば様エドラの出方を探るためか、エカルトは慎重に質問を重ねる。
「うん、そうじゃの。国籍をノルリアンに移して、新しい名前と貴族籍を与えよう。今の国王はまもなく退位じゃ。次の皇太子をたてるまで、わたくしが国王代行ということになっておる。その治世を支えてくれる宰相に据える。喉から手が出るほどほしい才能じゃ」
「次の王太子……とは。ばば様軽くおっしゃいますが、いませんよね? いまあの人たちに男子なんて」
ノルリアンは他の二国と同じ、男系相続だ。ノルリアンの姫に価値があるとはいえ、それは市場価値で王位継承にかんしての価値ではない。
「昔、ラウラも言うておったろう。男子の相続にこだわらなくとも良いのではと。のう? 何代もにわたってわたくしも見てきたが、男子相続の行きついた先が今回の騒動じゃ。三国それぞれ微妙に事情は違えど、共通していることがひとつある。王位に就くに値しない男が至高の地位についたということじゃ」
それはラウラも考えていたことだった。
良い例がマラークの元夫だ。芸術的な感性を何よりも大切にして、国家の根幹である経済についてまるで興味がなかった。今となってはどうでもいいが、国同士の約束事である政略結婚の意味を理解できず、情を優先して結婚生活を破たんさせた。愚かでどうしようもない男。とても国王の器ではない。
ノルリアンの国王、遺伝上のラウラの父もそうだ。愛だの恋だの、市井のつつましやかな人生を送る人々にだけ許される感情で、王家と侯爵家の交わした契約を反故にした。一人の姫君の人生に大きな傷を作り、口を拭って男爵令嬢を妻にしたのだ。そしてそうまでして結婚したにも関わらず、元男爵令嬢は王妃になっても男爵令嬢のまま。感情的で勉強嫌いで教養がなく、とても表には出せない愚かな王妃だった。これを離婚せず、愚かな妻が望むまま城や屋敷や宝石を与え続ける国王は、いない方がよほどましのおばか国王だ。
「そこでじゃ、ラウラもノルリアン王家の血を引いておろう? それならそなたの子が男でも女でも、王位を継げば良い」
「いや、それは少しお待ちを」
それまで黙っていたエカルトが、口を挟む。
「ラウラはヴァスキアの王妃です。ラウラの産む子は、男女に関わらず俺の子ですよ。ノルリアンに養子にだすなんて、俺が許しません」
「そうかえ? それならマラークに頼むか。どうやらマラークの新王妃は、ウルリカに決まるようじゃからの」
これにはラウラも驚いた。
少し前までの義理の母、王太后ウルリカが次の王妃? 新王はアングラード侯爵だから、つまりウルリカは彼の妻になるのか。
どこか、すとんと腑に落ちるものがある。
ウルリカについて話すたび、彼の見せた複雑な表情。狂王の妃とその王の忠臣、立場は違えど共に辛酸をなめてきた者同士だ。相通じる何かがあるのだろうと、その時には気にもしなかったが。
相愛のエカルトを得て、ラウラにもようやくわかる。
アングラード侯爵はエカルトと同じだ。
「アングラード侯爵が……。そうですか、それは良かった」
やはりエカルトも気づいていたようだ。ぱぁっと明るい笑顔になる。
はっと我に返って、わざわざ難しい顔を作り直した。
「太王太后陛下のよろしいように。とにかく俺の子は渡しませんよ」
金色の瞳を、ひたりとエドラの貌にあてる。
「太王太后陛下、なにも他人の子をあてになさらずともよろしいのでは?」
何を言い出すか気づいたラウラは、案外それはいいかもしれないと思う。
つまりエドラ自身に、子供を産んでもらえば良いのだ。
「そなた、わたくしに子を産めとそう申すか」
ふむと、エドラは首を傾げる。
「失礼ながら太王太后陛下、先ほどの騎士たちの顔をご覧になりましたか?」
「いいや。見てはおらぬが、それがどうかしたか?」
「見惚れておりました。陛下のお姿に」
事実だけを告げていると、エカルトは淡々と口にする。
「ほう……。それで? 適当に見繕えばよかろうと、そう言いやるか?」
ばば様はこういうお話がお好きではない。
ノルリアンにいた頃、王妃教育の一環として男女の恋について講義を受けた。
「面倒な感情じゃ。まともな思考を曇らせる」
あまり良いものではないと、そうお考えのようだった。
エカルトはその恋を、お奨めしている。
ご機嫌が悪くなるようなことをと、ラウラがハラハラしていると。
「いいえ、滅相もない。陛下はご自身に焦がれる者がいるなどと、お思いにもならないように見えましたので。失礼ながら、申し上げました」
さらりと言ってのけるエカルトに、太王太后エドラも毒気をぬかれたようだ。
目を瞠ってまじまじとエカルトを見つめる。そしてくっと笑いを漏らした。
「エカルトよ、長年の思いをかなえて随分成長したと見える。なるほど、そなたの言うとおりじゃ。心にとめておこうぞ」
ばば様エドラのご機嫌はすこぶる良い。
どうやら養子の話は一時棚上げになったようだ。
「それにしてもじゃ。相手は誰でも良いというわけにはゆかぬからのう」
思わずこぼれたらしい言葉に、ラウラは腹にぐっと力を入れる。
笑ってはいけないと思ったから。
けれどどう頑張っても抑えきれず、笑いながらついに口にした。
「お選びになればよろしいのです。ばば様のお気のすむまで」
ノルリアンで盛大な婿選びが催されるのは、ほぼ確実だ。
ばば様エドラのこの先に、幸せな未来が待つと良い。
ラウラはそう願ってやまなかった。
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