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第四章 ヴァスキアの再興
31.黒煙の王城
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火矢が降る。
無数の炎が闇夜を染めて、まるで宴会場のような明るさだ。
ヴァスキア王城の防壁は石造りで高く、そこに弓騎士がずらりと並んで眼下の敵に次々と射かけ続けるているのだから、下方の騎士たちでは避けようがない。
けれどよくよく注意してみれば、その炎のほとんどは城の周りをぐるりとかこんだ堀に吸い取られて鎮火していた。
正面門前にかけられた跳ね橋前に詰める騎士たちに、ほとんど被害はない。弓の射程が狭いようだ。それでもたまに流れてくる火矢は頑丈な鋼鉄の盾に防がれて、騎士に傷一つつけられないでいる。
堀の外側からは、機械仕掛けの強弓が間断なく射かけられていた。その射程は敵の倍はある。低地から高所を狙っているにも関わらず、次々と城壁の騎士を射抜いていた。
「殿下、予定どおりです」
エカルトの麾下に入ったクラウス・フォン・ブラウンフェルスが、選抜した精鋭軍は3000騎。そのうち2800が正面の攻防戦に参加している。
後方からその様子を眺めて、クラウスは続けた。
「堀の外まではわが軍が包囲しています。あの距離を詰めない限り城へ侵入することはできませんが、敵もこちらを無視できないはずです。バルト侯爵麾下の騎士団は5000ですが、武器の性能や騎士の質は我らが格段に上です。数ほどの働きはできないでしょう。
そろそろ頃合いかと」
こちらから城へは火を射かけるなと厳命してあった。城内には騎士ではない人々がいる。そしてそれらはすべてヴァスキア人だ。できるだけ傷つけたくない。
城内にいる騎士たちはまだ気づいていないようだが、最悪の場合、城内のヴァスキア人を人質にとられることも考えられる。そうなったらこちらからの攻撃は難しい。
そうなる前に、なんとしても城内に入りたい。
「準備はできております。いつでも出られます」
赤毛に緑の瞳、本来の姿に戻ったテオバルトが、100騎ばかりの小集団を指し示す。
「道案内は俺がします。一度通った道は忘れるな。おやじから厳しく仕込まれましたからね。安心してください」
これから向かう洞窟が、短時間での終結を可能にする奥の手だ。
わかったとエカルトは頷いて、黒い馬に飛び乗った。
「行くぞ」
たかが100騎だが精鋭の騎士を揃えた集団だ。
「ご武運を」
正面から攻める囮の軍を指揮するクラウスは、最敬礼をもって未来の国王を見送った。
同じころ、ラウラは空の上にいる。
グィヴェル神殿がとっておきの神獣を、ラウラのこれまでの功労にと特に貸し出してくれたのだ。
白い飛竜は現在マラークに5頭しかいない。始祖グィヴェル神と同じ姿をした竜は、尊い神の使いとして大切にされている。もちろん軍用に使うなどもってのほかで、すべて神殿が飼育管理している。
その貴重な飛竜を3頭、神殿はラウラのヴァスキア行きに気前よく貸し出してくれた。
「銀の分銅の姫を馬車や船でながながとお運びするなど、グィヴェル神がご覧になればお怒りになりましょう。ここはぜひ、飛竜をお使いください。こいつらも銀の分銅の姫をお乗せするなど、名誉なことだと喜びましょう」
国王がどんなに頼んでも頑として拒んできた貸し出しを、神殿から言い出してくれるなどとキツネにつままれたような気分だ。
マラークへ嫁いでから人が悪くなったと自覚がある。他人の好意を元より全面的に信用する方ではなかったけれど、元夫やその周りの人々と関わって特にその傾向が強くなった。
(多めの寄付金が効いたの?)
いつもどおりかわいくないことを胸の内でつぶやいてはみるが、本当のところ今のラウラは素直に感謝していた。
空路の方がだんぜん速いに決まっている。
ヴァスキアまで人と荷とを運ぶのに、船を使ったとしても十日はかかる。かなり急いだとしてもだ。飛竜なら一日あれば十分だろう。
(会える)
ただそれだけが、ラウラの心を素直にしている。
知らなかった。他人に対していつもどこかで距離をおいていた自分に、こんなまっすぐでわかりやすい感情があったとは。
バケモノと呼ばれて育ち、その後は銀の分銅の姫として大事にされた。いつもなにかしらのラベルが貼られていて、そのラベルで他人はラウラを評価する。
人の世はそんなものだとあきらめていた。期待するから失望する。それなら最初から期待しなければいいとなって、他人を突き放して見ていたのだと今ならわかる。
それは為政者としては良い視点なのだろうが、素のラウラに戻ったら違う方が楽しい。
幸い今夜は快晴で飛竜の旅は順調だ。このままいけば数時間のうちに着くだろう。
戦場に出たエカルトの身が心配だった。
ケガなどしていないか、まさかケガより酷いことにはなっていないだろうが。
無事な姿を見るまでは、とても安心することなどできない。
「既にヴァスキア領空です」
ラウラをしっかり抱いて騎乗した騎士が、耳元に口を寄せて告げる。
上空の風はラウラの予想以上に強くて、いつもざあざあと土砂降りの雨の中にいるような音がしている。声などすぐに吹き飛ばされてしまうのだ。
ラウラも声には出さずこくりと頷いて、聞こえたと伝える。
すっぽり目深にかぶったフードが何度か飛ばされて、冷え切った耳や頬が冷えて感覚もなくなりかけた頃。
「見えました。ヴァスキアの王城です」
その声にしっかり目を凝らせば、正面に黒い煙が上がっている。
寒気がラウラの背中をざわりと這い上がる。
城が燃えている?
あそこにエカルトはいるのではないのか。
無事入城を果たしたのなら、燃えていないのでは?
いや今、王城にこもったマラーク騎士団と戦闘中だから燃えているのか。
「急いで」
悲鳴のように叫んでいた。
確かめたい。確かめなくてはならない。
早く、早く、今すぐに。
心ばかりが急いていた。
無数の炎が闇夜を染めて、まるで宴会場のような明るさだ。
ヴァスキア王城の防壁は石造りで高く、そこに弓騎士がずらりと並んで眼下の敵に次々と射かけ続けるているのだから、下方の騎士たちでは避けようがない。
けれどよくよく注意してみれば、その炎のほとんどは城の周りをぐるりとかこんだ堀に吸い取られて鎮火していた。
正面門前にかけられた跳ね橋前に詰める騎士たちに、ほとんど被害はない。弓の射程が狭いようだ。それでもたまに流れてくる火矢は頑丈な鋼鉄の盾に防がれて、騎士に傷一つつけられないでいる。
堀の外側からは、機械仕掛けの強弓が間断なく射かけられていた。その射程は敵の倍はある。低地から高所を狙っているにも関わらず、次々と城壁の騎士を射抜いていた。
「殿下、予定どおりです」
エカルトの麾下に入ったクラウス・フォン・ブラウンフェルスが、選抜した精鋭軍は3000騎。そのうち2800が正面の攻防戦に参加している。
後方からその様子を眺めて、クラウスは続けた。
「堀の外まではわが軍が包囲しています。あの距離を詰めない限り城へ侵入することはできませんが、敵もこちらを無視できないはずです。バルト侯爵麾下の騎士団は5000ですが、武器の性能や騎士の質は我らが格段に上です。数ほどの働きはできないでしょう。
そろそろ頃合いかと」
こちらから城へは火を射かけるなと厳命してあった。城内には騎士ではない人々がいる。そしてそれらはすべてヴァスキア人だ。できるだけ傷つけたくない。
城内にいる騎士たちはまだ気づいていないようだが、最悪の場合、城内のヴァスキア人を人質にとられることも考えられる。そうなったらこちらからの攻撃は難しい。
そうなる前に、なんとしても城内に入りたい。
「準備はできております。いつでも出られます」
赤毛に緑の瞳、本来の姿に戻ったテオバルトが、100騎ばかりの小集団を指し示す。
「道案内は俺がします。一度通った道は忘れるな。おやじから厳しく仕込まれましたからね。安心してください」
これから向かう洞窟が、短時間での終結を可能にする奥の手だ。
わかったとエカルトは頷いて、黒い馬に飛び乗った。
「行くぞ」
たかが100騎だが精鋭の騎士を揃えた集団だ。
「ご武運を」
正面から攻める囮の軍を指揮するクラウスは、最敬礼をもって未来の国王を見送った。
同じころ、ラウラは空の上にいる。
グィヴェル神殿がとっておきの神獣を、ラウラのこれまでの功労にと特に貸し出してくれたのだ。
白い飛竜は現在マラークに5頭しかいない。始祖グィヴェル神と同じ姿をした竜は、尊い神の使いとして大切にされている。もちろん軍用に使うなどもってのほかで、すべて神殿が飼育管理している。
その貴重な飛竜を3頭、神殿はラウラのヴァスキア行きに気前よく貸し出してくれた。
「銀の分銅の姫を馬車や船でながながとお運びするなど、グィヴェル神がご覧になればお怒りになりましょう。ここはぜひ、飛竜をお使いください。こいつらも銀の分銅の姫をお乗せするなど、名誉なことだと喜びましょう」
国王がどんなに頼んでも頑として拒んできた貸し出しを、神殿から言い出してくれるなどとキツネにつままれたような気分だ。
マラークへ嫁いでから人が悪くなったと自覚がある。他人の好意を元より全面的に信用する方ではなかったけれど、元夫やその周りの人々と関わって特にその傾向が強くなった。
(多めの寄付金が効いたの?)
いつもどおりかわいくないことを胸の内でつぶやいてはみるが、本当のところ今のラウラは素直に感謝していた。
空路の方がだんぜん速いに決まっている。
ヴァスキアまで人と荷とを運ぶのに、船を使ったとしても十日はかかる。かなり急いだとしてもだ。飛竜なら一日あれば十分だろう。
(会える)
ただそれだけが、ラウラの心を素直にしている。
知らなかった。他人に対していつもどこかで距離をおいていた自分に、こんなまっすぐでわかりやすい感情があったとは。
バケモノと呼ばれて育ち、その後は銀の分銅の姫として大事にされた。いつもなにかしらのラベルが貼られていて、そのラベルで他人はラウラを評価する。
人の世はそんなものだとあきらめていた。期待するから失望する。それなら最初から期待しなければいいとなって、他人を突き放して見ていたのだと今ならわかる。
それは為政者としては良い視点なのだろうが、素のラウラに戻ったら違う方が楽しい。
幸い今夜は快晴で飛竜の旅は順調だ。このままいけば数時間のうちに着くだろう。
戦場に出たエカルトの身が心配だった。
ケガなどしていないか、まさかケガより酷いことにはなっていないだろうが。
無事な姿を見るまでは、とても安心することなどできない。
「既にヴァスキア領空です」
ラウラをしっかり抱いて騎乗した騎士が、耳元に口を寄せて告げる。
上空の風はラウラの予想以上に強くて、いつもざあざあと土砂降りの雨の中にいるような音がしている。声などすぐに吹き飛ばされてしまうのだ。
ラウラも声には出さずこくりと頷いて、聞こえたと伝える。
すっぽり目深にかぶったフードが何度か飛ばされて、冷え切った耳や頬が冷えて感覚もなくなりかけた頃。
「見えました。ヴァスキアの王城です」
その声にしっかり目を凝らせば、正面に黒い煙が上がっている。
寒気がラウラの背中をざわりと這い上がる。
城が燃えている?
あそこにエカルトはいるのではないのか。
無事入城を果たしたのなら、燃えていないのでは?
いや今、王城にこもったマラーク騎士団と戦闘中だから燃えているのか。
「急いで」
悲鳴のように叫んでいた。
確かめたい。確かめなくてはならない。
早く、早く、今すぐに。
心ばかりが急いていた。
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