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第二章 ヴァスキアの王子

22.あなたが望んでくれるなら

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 アングラード侯爵からの2つの課題について、ルトはテオとオルガに打ち明けた。2つが2つとも、テオやオルガの協力なしにはなしえないことだったからだ。
 まず1つ目、アングラード侯爵家の騎士団を掌握すること。
 まず真実味方にすべき人物を厳選すべきとルトは考えた。
 敗戦から8年も経っているのだ。その間に騎士たちの身辺には変化があっただろう。あるのが普通だ。
 家族を持ったものは、引き続きマラークでの平和な日々を望むかもしれない。持たない者であっても、マラークでの立身出世によってより高い身分と豊かな生活を望むかもしれない。
 つまりヴァスキア出身だからといって、必ずしもヴァスキアの再興に命を賭けてくれるとは限らないということだ。

「俺の身分を隠して、騎士団に潜り込もうと思う。1日中ずっとというわけにはゆかないだろうが、早朝の訓練と夕餉の後の時間くらいならつきあえる。俺と交代でテオにも見てもらえたらと思うがいいか?」
「望むところだ。喜んで行くぞ」

 こんな高揚した表情のテオを見るのは初めてだ。

「人選は慎重にだ。生きるも死ぬも共にする仲間だ。万にひとつの裏切りもない者を見定めないとだな」

 明日からのラウラの護衛に差しさわりがないように、というかラウラに怪しまれないようにそれぞれが抜ける手はずを整えなければと、テオは予定表を確認する。

「少々のことなら私がなんとか言いつくろうから。エドラ様からテオとルトに協力するように、言いつかっているのよ。だから思うようにしたらいい」

 オルガはまったく頼もしい。確かに彼女の言うことなら、ラウラは疑うことはないだろう。強い味方だ。

 もうひとつの課題、ラウラと国王シメオンのこと。

「あの男、なんだか姫様のことを好きみたいで気持ち悪いわ」

 マラーク国王をあの男呼ばわりだ。さすがオルガだが、それよりも彼女の見立ての方がこの際重要だ。
 マラーク国王シメオンがラウラに興味を示している。いやそれどころか惹かれてさえいるとは、ルトとテオもうすうす感じていたことだった。

「図々しいにもほどがあるのだけど、男はそういうものだってエドラ様はおっしゃっていたから。でも現実に目にすると、気持ち悪いものね」

 「男」とくくられるのはとても心外だが、今はそこを突っ込んでいる場合ではない。

「肝心のラウラ様はどうなんだ? 少しはあの男に情があるのか」

 俺はないように見えるけどと、テオはオルガに確かめる。ラウラの一番近くにいて、しかも同性の彼女なら、ラウラの本心が見えるのではと。
 
「今のところむしろ嫌がっておいでのようだわ。面倒だとおっしゃっているから」

 ルトは心底ほっとする。
 もし少しでも情があれば、夫婦なのだ。男女のことに及んでも少しも不思議ではない。むしろこれまでが異常なのだ。式をあげて晴れて夫婦となったにも関わらず、いまだ初夜を済ませていない。
 あの毒婦が邪魔をしなければ、もっとすんなり事は進んでいたはずなのに。
 時機を逸した初夜に、もともと特に好きでもなかった男への評価がどんどん下がり、今はマイナスになった。そんなところだろうか。

「とにかくこの件に関しては、私たちにできることはないわ。姫様しだいね。姫様がそうしたいとお思いになれば、私たちにはどうしようもない」

 しごくもっともなことを言われてしまう。
 祈るしかない。
 ルトの最愛の唯一が、けしてあの愚かな王にほだされることのないようにと。

 

「我が妃の閨に侍ってどのくらい経つか?」

 愚かな王が口にした時、ルトの胸の奥で何かが弾けた。
 愚かな王に似合いの毒婦と抱き合っていればいいものを、ラウラも自分のものだと主張する。我が妃だと。

「我が主人ラウラ様がお望みくださるのであれば、喜んでお応えいたします」

 殺気がこもっていただろう言葉は、本心だ。
 ラウラが望んでくれるなら肩書など要らない。喜んで彼女を抱くだろう。
 もし抱けば、ラウラも気づく。彼女が誰のものなのか。誰の唯一であるのか。
 その機会をくれるというのなら、名ばかりの夫がいようとかまうものか。

 けれど彼の最愛は、名ばかりのとはいえ夫のある身でふしだらなと思うらしい。
 名ばかりの夫、国王シメオンの言葉を否定して、やつを体よく追い払った後で。

「三年、逃げ続けるしかないわ」

 ぽそりとこぼした。
 その瞬間、ルトの全身を歓喜が貫いた。
 三年だ。三年経てば、婚姻無効の証がとれる。それで彼女は晴れて自由の身になってみせると、そう言ってくれたのだ。

「きっとお守りします。だからあの男とはけして……」

 けして契らないでくれ。
 最後まで言葉にしなかったが、ラウラはわかってくれた。
 
「そうなったら逃げられないじゃない」

 逃げ切るんだからと、笑ってくれる。
 あまりに愛らしくて愛おしくて、抑えきれずラウラの手をとった。
 唇を押しあてる。
 甘く痺れる感覚に酔うようで、うわごとのようにルトは繰り返す。

「約束ですよ、ラウラ様。俺がきっとお守りしますから」

 アングラード侯爵家騎士団掌握を、大至急片付ける。
 どんなに遅くともひと月のうちに、きっと。
 三年後、ラウラをこの腕にさらうために。
 
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