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第一章 義務と忍耐と決意まで
2.銀の鱗のある王女
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ラウラはノルリアン王国の第一王女だ。
大陸に3つある国のひとつ、最も小さな国土しか持たないノルリアンは、他の二国ヴァスキアとマラークの間に挟まれている。扇形の領地の弧の部分は海岸線だった。マラークとヴァスキア、それに大陸の外からの物資の中継港として立って、それなりにまずまずの黒字国だったが、現在の国王、つまりラウラの父の代になってからかなりの斜陽っぷりだ。
赤字は年々降り積もり、さすがにもうもたないと財務大臣が父に言い渡した年の夏、ラウラが生まれた。
生まれた子が王女であると知らされた時、国王は泣いて喜んだらしい。
神のお恵みだ。これでノルリアンは助かると。
ノルリアンの王女は、両隣の国マラークとヴァスキア、その王妃になることが昔からの習いだった。国ひとつが向こう5年はやってゆけるだろう莫大な支度金が、婚約と同時に渡される。そして晴れて結婚ともなれば、その倍額は固いところだ。
でかしたと、王妃をほめてやらねばと産室に急いだ国王は、扉の前で妻の悲鳴を聞いた。
「気味の悪い! どこかへ捨ててきなさい」
その意味を父は、我が子だと差し出された赤ん坊を一目見て理解した。
銀色の鱗にびっしりとおおわれた小さな生き物が、そこにいたのだ。
国王は濃い青の瞳を何度か瞬いて、「まことか?」と神の恵み、それも最上級のそれに身をわななかせて感謝する。
何世代かに一度出るかどうかの銀の分銅の姫だ。嫁いだ先に豊かな実りと繁栄をもたらすという、伝説の姫。
王族である彼には、目の前の赤子がそれだとすぐにわかったからだ。
「でかした、妃よ」
心からの感謝を向けたというのに、妻はただ震えて首を振るばかり。
「こんなバケモノ、わたくしの子ではありません」
取り乱す王妃を抱いて、国王はバケモノなのではない、貴重な姫なのだと何度も言い聞かせたが、半狂乱の王妃には届かない。
「気味が悪い。そんな魚だか人だかわからないようなモノ、わたくしは嫌です」
途方にくれた国王は、ひとまず赤子を彼の部屋へ引き取って王妃の落ち着くのを待つことにした。
けれど十日が経ってなお、頑なに赤子を拒む王妃に国王は途方にくれる。そしてヴァスキアの太王太后、現在はノルリアンの離宮で暮らしているエドラに娘の養育を頼んだのだ。
先々代ノルリアン国王の娘である彼女は、ヴァスキア王妃として嫁いだ後も故国ノルリアンに多大な貢献をしたとして、夫亡き後ノルリアンで余生を過ごすことを認められた女性だ。
エドラはわかったと、赤子を引き取ってくれた。
親に見捨てられた赤ん坊には、ラウラと名前がついた。
ラウラはエドラをばば様と呼んで、その後彼女の薫陶を受けることになる。
王宮の両親の顔を見ることもなく育つラウラだが、ノルリアンの王女には違いなく、まして銀の鱗のある王女銀の分銅の姫であれば、当然のようにその婚約には高値がついた。大陸でもっとも豊かな国マラークの王太子の婚約者に決まったのだ。
マラークの王太子シメオンは当年五歳。
婚約に支払われた支度金は、通常の数倍の額だったという。
物心つく前のそんな事情を、ラウラが知ったのはばば様エドラに教わったからだ。
「国王は自由恋愛で結婚した。幼い頃から妃教育を受けていた姫との婚約を反故にしてのぅ。ラウラがどれほど稀なる姫かわからぬとは、立派な妃をもらったものよ」
アデラの銀の鱗の頭を撫でながら、ばばさまは薄笑いを浮かべる。
「けれどものは考えようよ。あの妃にラウラを任せずに済んだ。毒にこそなれ薬にはならぬ女よ。はように離れたは、もっけの幸いじゃ」
ばば様はラウラの父の伯母にあたる方だが、そんなお年にはとても見えない。銀色の豊かな長い髪に青い瞳のとても美しい貴婦人で、すっと伸びた背も長い手足も、しなやかに張りのある白い肌も、ラウラの母王妃より若々しくずっと綺麗だと思う。
そのばば様は、たいそう口が悪い。幼いラウラ相手でも、変に言葉を飾ったり婉曲的な言い方で濁したりはしない人だった。
見るべきもの、知るべきものはまっすぐに見据えなければ、誤った判断をする。それがばば様の考えだったらしい。
そのおかげでラウラは早くから自分のおかれている立場を理解できたし、両親からの愛情はないのが当然と思って育った。
「どんなにひどい両親であっても、あれらは国王と王妃だ。そしてラウラはこの国の王女だよ。それはわかるな?」
王族には義務があるのだとばば様は言った。日々作物を育てたり魚を採ったりものを売り買いすることなく過ごせるのは、ラウラが王女だからだ。それらの労働をしないかわりに、ラウラにはしなくてはならないことがあるのだと。
「ラウラには婚約者、将来結婚しなくてならない男が決まっている。そやつと結婚すると、ノルリアンにはたくさんの金子が入る。ノルリアンの人々が豊かに暮らすために、ラウラは結婚せねばならぬ」
他の子どもとは違う姿の自分でも、その子は気持ち悪くないのだろうか。
ばば様の話を聞いて、ラウラはまずそんな風に思った。
気の毒に。その子も義務だからと、仕方なく従うんだろう。こんな鱗の生えた子と結婚なんて、嫌に違いないのに。
「鱗があっても良いって言ってくれるなら、わたくしは良いわ」
「鱗など、綺麗になくなるわ。ラウラが女の子になったら。もうじきじゃ」
ばば様の言葉どおり、十二歳になる年の春、鱗は綺麗になくなった。
初潮のすぐ後のことだった。
大陸に3つある国のひとつ、最も小さな国土しか持たないノルリアンは、他の二国ヴァスキアとマラークの間に挟まれている。扇形の領地の弧の部分は海岸線だった。マラークとヴァスキア、それに大陸の外からの物資の中継港として立って、それなりにまずまずの黒字国だったが、現在の国王、つまりラウラの父の代になってからかなりの斜陽っぷりだ。
赤字は年々降り積もり、さすがにもうもたないと財務大臣が父に言い渡した年の夏、ラウラが生まれた。
生まれた子が王女であると知らされた時、国王は泣いて喜んだらしい。
神のお恵みだ。これでノルリアンは助かると。
ノルリアンの王女は、両隣の国マラークとヴァスキア、その王妃になることが昔からの習いだった。国ひとつが向こう5年はやってゆけるだろう莫大な支度金が、婚約と同時に渡される。そして晴れて結婚ともなれば、その倍額は固いところだ。
でかしたと、王妃をほめてやらねばと産室に急いだ国王は、扉の前で妻の悲鳴を聞いた。
「気味の悪い! どこかへ捨ててきなさい」
その意味を父は、我が子だと差し出された赤ん坊を一目見て理解した。
銀色の鱗にびっしりとおおわれた小さな生き物が、そこにいたのだ。
国王は濃い青の瞳を何度か瞬いて、「まことか?」と神の恵み、それも最上級のそれに身をわななかせて感謝する。
何世代かに一度出るかどうかの銀の分銅の姫だ。嫁いだ先に豊かな実りと繁栄をもたらすという、伝説の姫。
王族である彼には、目の前の赤子がそれだとすぐにわかったからだ。
「でかした、妃よ」
心からの感謝を向けたというのに、妻はただ震えて首を振るばかり。
「こんなバケモノ、わたくしの子ではありません」
取り乱す王妃を抱いて、国王はバケモノなのではない、貴重な姫なのだと何度も言い聞かせたが、半狂乱の王妃には届かない。
「気味が悪い。そんな魚だか人だかわからないようなモノ、わたくしは嫌です」
途方にくれた国王は、ひとまず赤子を彼の部屋へ引き取って王妃の落ち着くのを待つことにした。
けれど十日が経ってなお、頑なに赤子を拒む王妃に国王は途方にくれる。そしてヴァスキアの太王太后、現在はノルリアンの離宮で暮らしているエドラに娘の養育を頼んだのだ。
先々代ノルリアン国王の娘である彼女は、ヴァスキア王妃として嫁いだ後も故国ノルリアンに多大な貢献をしたとして、夫亡き後ノルリアンで余生を過ごすことを認められた女性だ。
エドラはわかったと、赤子を引き取ってくれた。
親に見捨てられた赤ん坊には、ラウラと名前がついた。
ラウラはエドラをばば様と呼んで、その後彼女の薫陶を受けることになる。
王宮の両親の顔を見ることもなく育つラウラだが、ノルリアンの王女には違いなく、まして銀の鱗のある王女銀の分銅の姫であれば、当然のようにその婚約には高値がついた。大陸でもっとも豊かな国マラークの王太子の婚約者に決まったのだ。
マラークの王太子シメオンは当年五歳。
婚約に支払われた支度金は、通常の数倍の額だったという。
物心つく前のそんな事情を、ラウラが知ったのはばば様エドラに教わったからだ。
「国王は自由恋愛で結婚した。幼い頃から妃教育を受けていた姫との婚約を反故にしてのぅ。ラウラがどれほど稀なる姫かわからぬとは、立派な妃をもらったものよ」
アデラの銀の鱗の頭を撫でながら、ばばさまは薄笑いを浮かべる。
「けれどものは考えようよ。あの妃にラウラを任せずに済んだ。毒にこそなれ薬にはならぬ女よ。はように離れたは、もっけの幸いじゃ」
ばば様はラウラの父の伯母にあたる方だが、そんなお年にはとても見えない。銀色の豊かな長い髪に青い瞳のとても美しい貴婦人で、すっと伸びた背も長い手足も、しなやかに張りのある白い肌も、ラウラの母王妃より若々しくずっと綺麗だと思う。
そのばば様は、たいそう口が悪い。幼いラウラ相手でも、変に言葉を飾ったり婉曲的な言い方で濁したりはしない人だった。
見るべきもの、知るべきものはまっすぐに見据えなければ、誤った判断をする。それがばば様の考えだったらしい。
そのおかげでラウラは早くから自分のおかれている立場を理解できたし、両親からの愛情はないのが当然と思って育った。
「どんなにひどい両親であっても、あれらは国王と王妃だ。そしてラウラはこの国の王女だよ。それはわかるな?」
王族には義務があるのだとばば様は言った。日々作物を育てたり魚を採ったりものを売り買いすることなく過ごせるのは、ラウラが王女だからだ。それらの労働をしないかわりに、ラウラにはしなくてはならないことがあるのだと。
「ラウラには婚約者、将来結婚しなくてならない男が決まっている。そやつと結婚すると、ノルリアンにはたくさんの金子が入る。ノルリアンの人々が豊かに暮らすために、ラウラは結婚せねばならぬ」
他の子どもとは違う姿の自分でも、その子は気持ち悪くないのだろうか。
ばば様の話を聞いて、ラウラはまずそんな風に思った。
気の毒に。その子も義務だからと、仕方なく従うんだろう。こんな鱗の生えた子と結婚なんて、嫌に違いないのに。
「鱗があっても良いって言ってくれるなら、わたくしは良いわ」
「鱗など、綺麗になくなるわ。ラウラが女の子になったら。もうじきじゃ」
ばば様の言葉どおり、十二歳になる年の春、鱗は綺麗になくなった。
初潮のすぐ後のことだった。
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