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第五章 嵐のその後で
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ヴィシェフラド女王成婚。
その知らせは国中はもちろん、大陸中に歓呼をもって迎えられた。
戦に怯えて暮らした日々の終わりを、はっきり告げられたような気がしたからだろう。
戦の前にはスカスカだったヴィシェフラドの国庫も、ここ最近地方荘園からの収益が順調に送られてくることでずいぶんマシになってきていたから、今度の式と披露のパーティは豪勢なものになる予定だった。
となると、準備に忙しいのはどの時代、どの世界でも同じらしい。
関係各所への招待状の発送、式次第や席順の調整、晩餐のメニューにワインの選定、果てはスピーチ原稿のチェック等々。このほとんどは母である前王妃と伯父の前ラチェス公爵が仕切ってくれたので、リヴシェのすることといったら前世の花嫁さんよりずっと楽だ。衣装合わせとかヘアスタイルやメイクの打ち合わせ、それに身体の手入れとか。要するに自分の事だけ考えていれば良い。
それでも前世今生通して、身の回りをかまいつける方ではないリヴシェにとってはうんざりするような内容だ。
ドレスのデザインがマーメイドラインだろうとプリンセスラインだろうと、正直なところどちらでも良い。
「一生に一度のことなのよ。より綺麗に見える方が良いに決まっているでしょう」
断固譲らない母は、次々と既に仮縫い工程まで進んだドレスを持ち込ませる。
(いったい何着作ったのかしら)
式で着るドレスなら、一着だけのはず。後は使わないのに。
なんという無駄遣い。
デザイン画の段階で、確か適当に1着選んでいたはずなのに。
「お母さま、これはどういうことですの? わたくし確かひとつに絞ったはずですわ」
「こうして体に当ててみた方が、よりわかりやすいでしょう。ラチェスからも『惜しむな』と言われてますよ。
リーヴはね、綺麗に見えることだけを考えていれば良いの」
ラーシュによく似た美貌で微笑まれると、それ以上何も言えなくなる。
あきらめて次々と袖を通してゆくと、母はほうっとため息をついて「見惚れるようだわ」とこぼした。
「リーヴは幸せね。愛して愛されて結婚するなんて、珍しいことだわ。
少し羨ましいわね」
政略結婚。
本当にそれだけの関係だった両親を思えば、確かにそのとおりだ。王族に生まれて相愛の相手と結婚できるなど、本当に稀だと思う。
過ぎた日々の母の思いは想像することしかできないけど、愉快ではなかったはずだし、多分諦めの連続だったんだろう。
元凶たる前国王は、相変わらず幽閉中だ。今回の式やパーティにも招いていない。そのことについて特に母から何も言われないので、リヴシェも知らん顔をしている。
ジェリオ親子のその後についてどこからか聞いて、散々嘆いていたと耳にしたから、彼の性根は全然変わっていないらしい。
せめて母には、この先幸せになってほしいと心から願う。
そして成婚式の朝が来た。
文句のつけようのない快晴の、女神ヴィシェフラドの祝日でもあるこの日。
早朝から王宮は騒がしいけど、リヴシェはいつもどおり朝食を済ませてから仕度にとりかかれば良い。だから起きるのもいつもと同じ午前6時。入浴を済ませて簡単な部屋着に着替えたところに、今日のもう1人の主役ラーシュがやって来た。
「朝食を一緒にと思ってね」
あれ、なんだか緊張している?
口調が硬いし、なんとなくだけど暗い感じがする。
「どうかしたの?」
メイドを下げてからラーシュの腕に両手をかけると、いきなり抱きしめられる。
ぶるぶるとラーシュの身体が震えていた。
なんだろう。この期に及んで、また面倒ごとが起きたのだろうか。
「リーヴ、僕はまだ信じられないんだ。夢じゃないよね」
顔を上げた先に、リヴシェの方こそが信じられないものを見る。
海のように青い瞳からぼろぼろと涙がこぼれていて、白い頬は赤らんでいた。
こんなラーシュ、見たことがない。
「小さな頃からずっと願い続けて、今日のこの日を僕は何度も夢にみてたんだ。
だからこれも夢で、目が覚めたらただの婚約者に戻っているかも……。
リーヴ、僕は怖いんだよ」
ああ、もう。
結婚式の朝にギャップ萌えだ。
金髪碧眼、ザ・王子様の美貌をくしゃくしゃにして、信じられなくて怖いと泣くなんて。その表情のなんと尊い。
「夢じゃないわよ。後4時間もしたら、わたくしはラーシュの妻でラーシュはわたくしの夫よ」
今日は長丁場になるから朝食はしっかり食べておくようにと言われているけど、この尊みの前に空腹を我慢することくらいなんでもない。
式の仕度が許すギリギリまで、ラーシュと一緒にいたい。
目が腫れるから泣かないでとか、鼻をかんでとか、なんだか子供に言い聞かせるみたいにお世話するのも嬉しい。
ああ、この人と本当に結婚するんだなあと実感が湧いて、ふんわり幸せな気分に浸った。
午前10時、いよいよ結婚式に臨む。
ヴィシェフラド大聖殿の礼拝堂には、各国の王族貴族がずらりと並んでいる。前世テレビで観たロイヤルウェディングのようだ。
首元まで総レースで覆われたドレスは5メートルのロングトレーン付きで、歩くだけでも大変。ラチェスの伯父にエスコートされてゆっくりと進む。
祭壇前には既にラーシュが待っていた。
白の騎士礼装に揃いのマント、すっきり伸びた背筋の立ち姿は颯爽としていて、ホントに絵になる。むしろぜひ絵に残したい。
ファンタジー小説の世界よ、ありがとうだ。
誓いの言葉が終わって、オトメ的にはメインイベントたる誓いのキスが来る。
リヴシェのヴェールをラーシュが上げる。緊張した表情のラーシュが、そっと唇を重ねた。
さすがにこの瞬間は感動した。
幼い日から今日まで、どんな時も一緒にいてくれたラーシュとの時間が一気に思い出されて、胸が熱くなって。
涙がこぼれた。
ラーシュが優しく微笑んで、その涙を唇で拭う。いかめしい顔をした神官も思わず笑顔になっていた。
「良いね、リーヴ。絶対に僕の傍から離れちゃダメだよ」
さっきから煩いくらい同じことを繰り返すのは、晴れて夫になったばかりのラーシュだ。
披露のパーティには当然各国の王族貴族、国中の主だった貴族や忠臣、経済界の大物が招待されている。
彼らがリヴシェに何かするとは、とても思えない。それに夫になったラーシュは既に王配で、彼だって王族の一人。パーティの参加者が彼の意思を無視して、リヴシェに何かやらかすことなどとてもできないはずだ。
「リーヴを僕の妻にしたら、もう少し安心するのかと思ってたけど。
全然だね」
パーティ用の盛装に着替えたラーシュは、「情けないな」と小さく続ける。
「僕のものになったら、もっと怖くなった。失くすのがこれまでよりずっと怖いんだ」
弱みを見せてくれるようになったと思う。これまでリヴシェを護ると、いつも安定して頼りになる姿しか見せてくれなかったのに。
これが心を開くということなんだろうか。
そう思ったら、きゅんと来た。
「大丈夫、いなくならない」耳元でそう言って、パーティ会場へ入る。
参加者の視線が、一斉にこちらへ集まった。
滅多に使わない大広間は、いつも大切にしまわれている国宝級の燭台やタペストリー、絨毯で飾られていて、どこか別の国の王宮へ来たんじゃないかと錯覚するほどだ。
こんな贅沢なもの、うちにあったんだなあなどとのんきに辺りを見回していると、黒い盛装のラスムスが近づいてくるのが見えた。
ノルデンフェルト皇帝ラスムスは、遠目にもはっきりわかる長身の美青年だ。
だけどもう、ため息をついて見惚れることはな……、多分ない、ないと思う。
複雑だ。
オタク的な趣味で言えば、ラスムスの容姿や性格はけっこう好きなのだ。言ってみればファンみたいな感じ。
一方ラーシュは、現実を一緒に過ごす夫。
そもそも比較の対象にならないと思うんだけど、この理屈は多分ラーシュには通らない。
だからため息をついて見惚れるのはご法度だ。
目に力をいれて、さらに気合を入れ直す。
「ごきげんよう、ノルデンフェルトの皇帝陛下」
よし。満点の社交的微笑を作れた。
「お祝いを申し上げる。ヴィシェフラドの女王、それに王配の君」
薄い青の瞳は氷のようで、どんな表情も読み取ることができない。
ハータイネンやセムダール、ヴァラートの王族貴族が後ろに控えていたから、長々とご挨拶を続けることもできず、短く感謝を告げてその場を去ろうとした瞬間のこと。
「今は……と、付け加えておく。
俺の番は生涯おまえ一人だ。
それは誰にも変えられない。たとえおまえ自身であってもだ」
リヴシェの耳元に囁いた声。
低く艶やかにしっとりと甘く、そして切なげに。
聴覚の拾った言葉を消化するのに、反応が一瞬遅れた。
顔を上げた時、既にラスムスは背を向けて会場出口に向かっていた。
「ヤツは何を言ったの?」
反対の耳元に、氷点下の囁きが降る。
「ねぇリーヴ?」
あぁ、これはもう。パーティの後が恐ろしい。
普通に言ったら今夜は初夜だ。
幸せに蕩けるような甘い夜になるはずなのに、多分この時点でそれは無理だとあきらめる。
けどまあ、それもこれも含めてラーシュだから。
嫉妬深くて意外に泣き虫で、けっこう、いやかなり面倒くさいけど、そこさえ愛おしいと思う。
思い返せばこの世界に転生して、悪役王女リヴシェを幸せにしたいと計画をたてた。
婚約者のラーシュと結婚して穏やかな人生を送るのが目標。
政略結婚で十分だと思ってたのに、今や愛し愛されての結婚だ。
まだ番だなどと言ってくる方もおいでになるけど、まあとりあえずはハピエンでしょう。
「ミッションコンプリート」
唇の端を綺麗に上げて、リヴシェは満足げに呟いた。
その知らせは国中はもちろん、大陸中に歓呼をもって迎えられた。
戦に怯えて暮らした日々の終わりを、はっきり告げられたような気がしたからだろう。
戦の前にはスカスカだったヴィシェフラドの国庫も、ここ最近地方荘園からの収益が順調に送られてくることでずいぶんマシになってきていたから、今度の式と披露のパーティは豪勢なものになる予定だった。
となると、準備に忙しいのはどの時代、どの世界でも同じらしい。
関係各所への招待状の発送、式次第や席順の調整、晩餐のメニューにワインの選定、果てはスピーチ原稿のチェック等々。このほとんどは母である前王妃と伯父の前ラチェス公爵が仕切ってくれたので、リヴシェのすることといったら前世の花嫁さんよりずっと楽だ。衣装合わせとかヘアスタイルやメイクの打ち合わせ、それに身体の手入れとか。要するに自分の事だけ考えていれば良い。
それでも前世今生通して、身の回りをかまいつける方ではないリヴシェにとってはうんざりするような内容だ。
ドレスのデザインがマーメイドラインだろうとプリンセスラインだろうと、正直なところどちらでも良い。
「一生に一度のことなのよ。より綺麗に見える方が良いに決まっているでしょう」
断固譲らない母は、次々と既に仮縫い工程まで進んだドレスを持ち込ませる。
(いったい何着作ったのかしら)
式で着るドレスなら、一着だけのはず。後は使わないのに。
なんという無駄遣い。
デザイン画の段階で、確か適当に1着選んでいたはずなのに。
「お母さま、これはどういうことですの? わたくし確かひとつに絞ったはずですわ」
「こうして体に当ててみた方が、よりわかりやすいでしょう。ラチェスからも『惜しむな』と言われてますよ。
リーヴはね、綺麗に見えることだけを考えていれば良いの」
ラーシュによく似た美貌で微笑まれると、それ以上何も言えなくなる。
あきらめて次々と袖を通してゆくと、母はほうっとため息をついて「見惚れるようだわ」とこぼした。
「リーヴは幸せね。愛して愛されて結婚するなんて、珍しいことだわ。
少し羨ましいわね」
政略結婚。
本当にそれだけの関係だった両親を思えば、確かにそのとおりだ。王族に生まれて相愛の相手と結婚できるなど、本当に稀だと思う。
過ぎた日々の母の思いは想像することしかできないけど、愉快ではなかったはずだし、多分諦めの連続だったんだろう。
元凶たる前国王は、相変わらず幽閉中だ。今回の式やパーティにも招いていない。そのことについて特に母から何も言われないので、リヴシェも知らん顔をしている。
ジェリオ親子のその後についてどこからか聞いて、散々嘆いていたと耳にしたから、彼の性根は全然変わっていないらしい。
せめて母には、この先幸せになってほしいと心から願う。
そして成婚式の朝が来た。
文句のつけようのない快晴の、女神ヴィシェフラドの祝日でもあるこの日。
早朝から王宮は騒がしいけど、リヴシェはいつもどおり朝食を済ませてから仕度にとりかかれば良い。だから起きるのもいつもと同じ午前6時。入浴を済ませて簡単な部屋着に着替えたところに、今日のもう1人の主役ラーシュがやって来た。
「朝食を一緒にと思ってね」
あれ、なんだか緊張している?
口調が硬いし、なんとなくだけど暗い感じがする。
「どうかしたの?」
メイドを下げてからラーシュの腕に両手をかけると、いきなり抱きしめられる。
ぶるぶるとラーシュの身体が震えていた。
なんだろう。この期に及んで、また面倒ごとが起きたのだろうか。
「リーヴ、僕はまだ信じられないんだ。夢じゃないよね」
顔を上げた先に、リヴシェの方こそが信じられないものを見る。
海のように青い瞳からぼろぼろと涙がこぼれていて、白い頬は赤らんでいた。
こんなラーシュ、見たことがない。
「小さな頃からずっと願い続けて、今日のこの日を僕は何度も夢にみてたんだ。
だからこれも夢で、目が覚めたらただの婚約者に戻っているかも……。
リーヴ、僕は怖いんだよ」
ああ、もう。
結婚式の朝にギャップ萌えだ。
金髪碧眼、ザ・王子様の美貌をくしゃくしゃにして、信じられなくて怖いと泣くなんて。その表情のなんと尊い。
「夢じゃないわよ。後4時間もしたら、わたくしはラーシュの妻でラーシュはわたくしの夫よ」
今日は長丁場になるから朝食はしっかり食べておくようにと言われているけど、この尊みの前に空腹を我慢することくらいなんでもない。
式の仕度が許すギリギリまで、ラーシュと一緒にいたい。
目が腫れるから泣かないでとか、鼻をかんでとか、なんだか子供に言い聞かせるみたいにお世話するのも嬉しい。
ああ、この人と本当に結婚するんだなあと実感が湧いて、ふんわり幸せな気分に浸った。
午前10時、いよいよ結婚式に臨む。
ヴィシェフラド大聖殿の礼拝堂には、各国の王族貴族がずらりと並んでいる。前世テレビで観たロイヤルウェディングのようだ。
首元まで総レースで覆われたドレスは5メートルのロングトレーン付きで、歩くだけでも大変。ラチェスの伯父にエスコートされてゆっくりと進む。
祭壇前には既にラーシュが待っていた。
白の騎士礼装に揃いのマント、すっきり伸びた背筋の立ち姿は颯爽としていて、ホントに絵になる。むしろぜひ絵に残したい。
ファンタジー小説の世界よ、ありがとうだ。
誓いの言葉が終わって、オトメ的にはメインイベントたる誓いのキスが来る。
リヴシェのヴェールをラーシュが上げる。緊張した表情のラーシュが、そっと唇を重ねた。
さすがにこの瞬間は感動した。
幼い日から今日まで、どんな時も一緒にいてくれたラーシュとの時間が一気に思い出されて、胸が熱くなって。
涙がこぼれた。
ラーシュが優しく微笑んで、その涙を唇で拭う。いかめしい顔をした神官も思わず笑顔になっていた。
「良いね、リーヴ。絶対に僕の傍から離れちゃダメだよ」
さっきから煩いくらい同じことを繰り返すのは、晴れて夫になったばかりのラーシュだ。
披露のパーティには当然各国の王族貴族、国中の主だった貴族や忠臣、経済界の大物が招待されている。
彼らがリヴシェに何かするとは、とても思えない。それに夫になったラーシュは既に王配で、彼だって王族の一人。パーティの参加者が彼の意思を無視して、リヴシェに何かやらかすことなどとてもできないはずだ。
「リーヴを僕の妻にしたら、もう少し安心するのかと思ってたけど。
全然だね」
パーティ用の盛装に着替えたラーシュは、「情けないな」と小さく続ける。
「僕のものになったら、もっと怖くなった。失くすのがこれまでよりずっと怖いんだ」
弱みを見せてくれるようになったと思う。これまでリヴシェを護ると、いつも安定して頼りになる姿しか見せてくれなかったのに。
これが心を開くということなんだろうか。
そう思ったら、きゅんと来た。
「大丈夫、いなくならない」耳元でそう言って、パーティ会場へ入る。
参加者の視線が、一斉にこちらへ集まった。
滅多に使わない大広間は、いつも大切にしまわれている国宝級の燭台やタペストリー、絨毯で飾られていて、どこか別の国の王宮へ来たんじゃないかと錯覚するほどだ。
こんな贅沢なもの、うちにあったんだなあなどとのんきに辺りを見回していると、黒い盛装のラスムスが近づいてくるのが見えた。
ノルデンフェルト皇帝ラスムスは、遠目にもはっきりわかる長身の美青年だ。
だけどもう、ため息をついて見惚れることはな……、多分ない、ないと思う。
複雑だ。
オタク的な趣味で言えば、ラスムスの容姿や性格はけっこう好きなのだ。言ってみればファンみたいな感じ。
一方ラーシュは、現実を一緒に過ごす夫。
そもそも比較の対象にならないと思うんだけど、この理屈は多分ラーシュには通らない。
だからため息をついて見惚れるのはご法度だ。
目に力をいれて、さらに気合を入れ直す。
「ごきげんよう、ノルデンフェルトの皇帝陛下」
よし。満点の社交的微笑を作れた。
「お祝いを申し上げる。ヴィシェフラドの女王、それに王配の君」
薄い青の瞳は氷のようで、どんな表情も読み取ることができない。
ハータイネンやセムダール、ヴァラートの王族貴族が後ろに控えていたから、長々とご挨拶を続けることもできず、短く感謝を告げてその場を去ろうとした瞬間のこと。
「今は……と、付け加えておく。
俺の番は生涯おまえ一人だ。
それは誰にも変えられない。たとえおまえ自身であってもだ」
リヴシェの耳元に囁いた声。
低く艶やかにしっとりと甘く、そして切なげに。
聴覚の拾った言葉を消化するのに、反応が一瞬遅れた。
顔を上げた時、既にラスムスは背を向けて会場出口に向かっていた。
「ヤツは何を言ったの?」
反対の耳元に、氷点下の囁きが降る。
「ねぇリーヴ?」
あぁ、これはもう。パーティの後が恐ろしい。
普通に言ったら今夜は初夜だ。
幸せに蕩けるような甘い夜になるはずなのに、多分この時点でそれは無理だとあきらめる。
けどまあ、それもこれも含めてラーシュだから。
嫉妬深くて意外に泣き虫で、けっこう、いやかなり面倒くさいけど、そこさえ愛おしいと思う。
思い返せばこの世界に転生して、悪役王女リヴシェを幸せにしたいと計画をたてた。
婚約者のラーシュと結婚して穏やかな人生を送るのが目標。
政略結婚で十分だと思ってたのに、今や愛し愛されての結婚だ。
まだ番だなどと言ってくる方もおいでになるけど、まあとりあえずはハピエンでしょう。
「ミッションコンプリート」
唇の端を綺麗に上げて、リヴシェは満足げに呟いた。
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