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第一章 最推し幸福化計画始動
5.悪役令嬢は危険を回避する
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王宮庭園の花々が、春仕様に変わっている。
勤勉な庭師が丁寧に作業してくれるから、視覚で季節の移ろいを感じることができる。黄色に赤に淡い緑にと、いかにも春らしい優しい色が暖かい。
と、のんびりお姫様気分に浸っている場合じゃなかった。
春がくれば、例の流行病が始まるのだ。
それは何がなんでも避けたい母の死亡フラグが立つ兆しだから、そろそろというか、さっさと王都を離れなければならない。
病弱路線で療養を強請るのは、かなり無理がある。
ペリエ夫人の監視の下、しっかり三食食べさせられているから、リヴシェの容貌はどこからどう見ても元気そのものだ。
「バラ色の頬が、ほんにお美しい」
自分の献立に間違いはないと、朝晩リヴシェの様子を眺めてペリエ夫人は満足そうだ。
これで貧血気味だとか、即座に嘘とバレるだろう。
ここは骨折でもするしかないか。
でも骨折はなぁ……。
前世一度やったことがあるが、あれはハンパじゃなく痛い。涙が出るほど痛かった。しばらくは痛み止めすら効かず、夜だって痛みで眠れなかった。
ではどうする。
多少いやらしいやり方だが、異母妹を使わせてもらうか。
先日の愛妾親子とのやりとりは、なぜだか王宮中に拡がっていた。
無礼千万にも王女に声をかけた愛妾とその娘。
娘の方はあろうことか、人前でリヴシェ王女を「お姉さま」と呼んだと。
それに表情1つ変えず毅然としていたリヴシェ王女は、ご立派だった。さすが女神ヴィシェフラドの血を継ぐ姫の品格だと、恥ずかしくなるような持ち上げ方をされている。
あのやりとりで気が沈んだとか、気分が晴れないとか言えば、今なら周りも納得してくれるかもしれない。
誰よりもリヴシェを溺愛してくれる母なら、納得した上でついてきてくれるのじゃないかと企む。
「まあ、それはつらかったわね。
きっといろいろと感じるところがあったのでしょう。
いいわ。
他ならぬリーヴのおねだりですもの。
どこへでも連れて行ってあげてよ」
思ったとおり、母は即座に頷いてくれた。
まばゆい見事な金髪は、ラーシュのものよりやや色調が薄いが、海のような青い瞳はそっくりだ。
美貌で知られたラチェス公爵家の出だから不思議ではないが、母もかなりの美人なのだ。けれど控えめな装いのせいで、どちらかといえば清楚に見える。
どうやら父は、わかりやすいゴージャス美人が好みみたいだ。
一般論として、人の好みはいろいろだ。だから悪いとは言えないのだけど、娘としては複雑だった。
趣味悪い。そう思う。
とりあえずまぁ父の趣味は趣味として、プライオリティの高い順に片付けることにする。
できるだけ王都から離れたいと甘えて言えば、まあまあと青い瞳を潤ませて母はリヴシェを抱きしめてくれた。
「北の山地に、わたくしがラチェスから持ってきた別荘があるわ。
少し遠いから不便だけれど、その方がリーヴは良いのよね。
すぐに使いを出しておくわ。
それから陛下には、わたくしからお伝えしておきますからね」
よし!
内心で拳を握りしめたが、殊勝らしく母に頭を下げる。
「ごめんなさい。
お母さま、お忙しいのに」
「なにを言うの。
たまにはわたくしがいない方が、陛下だってお気持ちが楽ですよ。
公務だって、なんとかなさるでしょう」
あれ?
棘があるような気がするけど、気のせいか。
「お母さまがおいでにならなくて、本当に大丈夫なのでしょうか」
大丈夫じゃないと言われても、引っ張っていくつもりだけど、一国の王妃がそうそう長い間、王宮を離れて良いわけがない。
確か隣国からラスムスが訪問してくるのも、この時期のはずだった。
「ノルデンフェルトから親善使節がおいでになるのでしょう?」
「あら、よく知っているわね。
さすがにわたくしのリーヴだわ。
表の動きにも敏感なのね」
頭を撫でられて、少しばかり面はゆい。
だってそれは、知っていたからに過ぎないから。ちょっとズルした気分だ。
「大丈夫よ。
今のところノルデンフェルトとはうまくいっているし。
今度の訪問を受け入れたのは、親善とは名ばかりで別の狙いがあるみたいだわ。
わたくしとリーヴは、むしろいない方がいいのよ」
すっと、母の顔から表情が消える。
別の狙いとは、よほど面白くないことなのだろう。
小説では、この訪問でラスムスと二コラが初めて出会う。
ラスムスの美貌に目のくらんだリヴシェが、やたらにべたべたとラスムスにまとわりついて、辟易として逃げ出した先の庭園で二コラを見つける。
確かそんな感じの筋だったか。
母の死亡フラグを立てた上に、ラスムスに嫌われるなんて、ほんと冗談じゃない。
踏んだり蹴ったりとは、こういうことだと思う。
ここは母の言うとおり、逃げるの一択だ。
「すぐに仕度しますわ!」
素直に声を弾ませて、喜んで見せた。
「もう少し早くに教えてくれれば、なんとしてでも一緒に行ったのに」
王宮まで見送りに来てくれたラーシュは、あまりに急に決まった静養に予定の調整が間に合わず、一緒に行けないと不満顔だった。
「後で僕も追いかけるから。
それまで良い子にしてるんだよ」
馬車の窓越しにリヴシェの手を握って、真剣な目で見つめてくる。
「知らない人、特に男とは、絶対に口をきいてはいけないよ」
2歳しか違わないというのに、子供に言い聞かせる大人のような口をきくのがおかしくて、思わず笑ってしまう。
「大丈夫よ。
お母さまとペリエ夫人も一緒だもの」
王妃の別荘に、いったいどこの誰が勝手に入れるものか。知らない人どころか、知らない猫一匹、自由に出入りはできない。
大丈夫だからともう一度言ってもラーシュは手を離してはくれず、馬車が動き出してやっとしぶしぶ手を引いてくれた。
「ラーシュは本当にリーヴが好きなのね。
まだこちらを見ているわ」
兄の息子である少年を、母はとても可愛がっている。最愛の娘の婚約者にと、強く望んだのも母だと聞いた。
「ラーシュ公子は、文武両道のとても優秀な方ですわ。
姫様を心から大事に思っておいでで、なによりそれが頼もしゅうございます」
ペリエ夫人もラーシュ贔屓を隠しもしない。例のジェリオ伯爵夫人との一件以来、その傾向はとみに顕著だった。
あの後、ラーシュは父であるラチェス公爵になにやら情報操作を依頼したらしい。
それだけでなく、リヴシェ付きの侍女長であるペリエ夫人には、ジェリオ伯爵夫人の詳細な行動予定を毎日届ける念の入れようで。
「あんな風に突然に、僕の大事なリーヴが虫の親子が出くわすことがないように、夫人には取り計らっていただきたいんです」
天使のような美しい顔を曇らせて見上げてくる青い瞳には、海千山千の宮廷闘争をくぐってきたペリエ夫人の頬も赤らんだのだとメイドから聞いた。
さすがに2番手の男主人公。
顔が良いだけではない。
こうまで裏工作に堪能だとは知らなかったけど。
とにかく、ラーシュには嫌われてはいないようだと安心する。
これで春先を無事過ごせれば、母の死亡フラグは回避できる。
どんなに短くとも1か月、なんとか別荘に引きこもらなくては。
「見えてきましたわ、姫様」
車窓から見える緑の森の向こうに、白い瀟洒な城があった。
前世幼い日に童話の挿絵で見たような、両端に尖塔を持つ美しいお城だった。
勤勉な庭師が丁寧に作業してくれるから、視覚で季節の移ろいを感じることができる。黄色に赤に淡い緑にと、いかにも春らしい優しい色が暖かい。
と、のんびりお姫様気分に浸っている場合じゃなかった。
春がくれば、例の流行病が始まるのだ。
それは何がなんでも避けたい母の死亡フラグが立つ兆しだから、そろそろというか、さっさと王都を離れなければならない。
病弱路線で療養を強請るのは、かなり無理がある。
ペリエ夫人の監視の下、しっかり三食食べさせられているから、リヴシェの容貌はどこからどう見ても元気そのものだ。
「バラ色の頬が、ほんにお美しい」
自分の献立に間違いはないと、朝晩リヴシェの様子を眺めてペリエ夫人は満足そうだ。
これで貧血気味だとか、即座に嘘とバレるだろう。
ここは骨折でもするしかないか。
でも骨折はなぁ……。
前世一度やったことがあるが、あれはハンパじゃなく痛い。涙が出るほど痛かった。しばらくは痛み止めすら効かず、夜だって痛みで眠れなかった。
ではどうする。
多少いやらしいやり方だが、異母妹を使わせてもらうか。
先日の愛妾親子とのやりとりは、なぜだか王宮中に拡がっていた。
無礼千万にも王女に声をかけた愛妾とその娘。
娘の方はあろうことか、人前でリヴシェ王女を「お姉さま」と呼んだと。
それに表情1つ変えず毅然としていたリヴシェ王女は、ご立派だった。さすが女神ヴィシェフラドの血を継ぐ姫の品格だと、恥ずかしくなるような持ち上げ方をされている。
あのやりとりで気が沈んだとか、気分が晴れないとか言えば、今なら周りも納得してくれるかもしれない。
誰よりもリヴシェを溺愛してくれる母なら、納得した上でついてきてくれるのじゃないかと企む。
「まあ、それはつらかったわね。
きっといろいろと感じるところがあったのでしょう。
いいわ。
他ならぬリーヴのおねだりですもの。
どこへでも連れて行ってあげてよ」
思ったとおり、母は即座に頷いてくれた。
まばゆい見事な金髪は、ラーシュのものよりやや色調が薄いが、海のような青い瞳はそっくりだ。
美貌で知られたラチェス公爵家の出だから不思議ではないが、母もかなりの美人なのだ。けれど控えめな装いのせいで、どちらかといえば清楚に見える。
どうやら父は、わかりやすいゴージャス美人が好みみたいだ。
一般論として、人の好みはいろいろだ。だから悪いとは言えないのだけど、娘としては複雑だった。
趣味悪い。そう思う。
とりあえずまぁ父の趣味は趣味として、プライオリティの高い順に片付けることにする。
できるだけ王都から離れたいと甘えて言えば、まあまあと青い瞳を潤ませて母はリヴシェを抱きしめてくれた。
「北の山地に、わたくしがラチェスから持ってきた別荘があるわ。
少し遠いから不便だけれど、その方がリーヴは良いのよね。
すぐに使いを出しておくわ。
それから陛下には、わたくしからお伝えしておきますからね」
よし!
内心で拳を握りしめたが、殊勝らしく母に頭を下げる。
「ごめんなさい。
お母さま、お忙しいのに」
「なにを言うの。
たまにはわたくしがいない方が、陛下だってお気持ちが楽ですよ。
公務だって、なんとかなさるでしょう」
あれ?
棘があるような気がするけど、気のせいか。
「お母さまがおいでにならなくて、本当に大丈夫なのでしょうか」
大丈夫じゃないと言われても、引っ張っていくつもりだけど、一国の王妃がそうそう長い間、王宮を離れて良いわけがない。
確か隣国からラスムスが訪問してくるのも、この時期のはずだった。
「ノルデンフェルトから親善使節がおいでになるのでしょう?」
「あら、よく知っているわね。
さすがにわたくしのリーヴだわ。
表の動きにも敏感なのね」
頭を撫でられて、少しばかり面はゆい。
だってそれは、知っていたからに過ぎないから。ちょっとズルした気分だ。
「大丈夫よ。
今のところノルデンフェルトとはうまくいっているし。
今度の訪問を受け入れたのは、親善とは名ばかりで別の狙いがあるみたいだわ。
わたくしとリーヴは、むしろいない方がいいのよ」
すっと、母の顔から表情が消える。
別の狙いとは、よほど面白くないことなのだろう。
小説では、この訪問でラスムスと二コラが初めて出会う。
ラスムスの美貌に目のくらんだリヴシェが、やたらにべたべたとラスムスにまとわりついて、辟易として逃げ出した先の庭園で二コラを見つける。
確かそんな感じの筋だったか。
母の死亡フラグを立てた上に、ラスムスに嫌われるなんて、ほんと冗談じゃない。
踏んだり蹴ったりとは、こういうことだと思う。
ここは母の言うとおり、逃げるの一択だ。
「すぐに仕度しますわ!」
素直に声を弾ませて、喜んで見せた。
「もう少し早くに教えてくれれば、なんとしてでも一緒に行ったのに」
王宮まで見送りに来てくれたラーシュは、あまりに急に決まった静養に予定の調整が間に合わず、一緒に行けないと不満顔だった。
「後で僕も追いかけるから。
それまで良い子にしてるんだよ」
馬車の窓越しにリヴシェの手を握って、真剣な目で見つめてくる。
「知らない人、特に男とは、絶対に口をきいてはいけないよ」
2歳しか違わないというのに、子供に言い聞かせる大人のような口をきくのがおかしくて、思わず笑ってしまう。
「大丈夫よ。
お母さまとペリエ夫人も一緒だもの」
王妃の別荘に、いったいどこの誰が勝手に入れるものか。知らない人どころか、知らない猫一匹、自由に出入りはできない。
大丈夫だからともう一度言ってもラーシュは手を離してはくれず、馬車が動き出してやっとしぶしぶ手を引いてくれた。
「ラーシュは本当にリーヴが好きなのね。
まだこちらを見ているわ」
兄の息子である少年を、母はとても可愛がっている。最愛の娘の婚約者にと、強く望んだのも母だと聞いた。
「ラーシュ公子は、文武両道のとても優秀な方ですわ。
姫様を心から大事に思っておいでで、なによりそれが頼もしゅうございます」
ペリエ夫人もラーシュ贔屓を隠しもしない。例のジェリオ伯爵夫人との一件以来、その傾向はとみに顕著だった。
あの後、ラーシュは父であるラチェス公爵になにやら情報操作を依頼したらしい。
それだけでなく、リヴシェ付きの侍女長であるペリエ夫人には、ジェリオ伯爵夫人の詳細な行動予定を毎日届ける念の入れようで。
「あんな風に突然に、僕の大事なリーヴが虫の親子が出くわすことがないように、夫人には取り計らっていただきたいんです」
天使のような美しい顔を曇らせて見上げてくる青い瞳には、海千山千の宮廷闘争をくぐってきたペリエ夫人の頬も赤らんだのだとメイドから聞いた。
さすがに2番手の男主人公。
顔が良いだけではない。
こうまで裏工作に堪能だとは知らなかったけど。
とにかく、ラーシュには嫌われてはいないようだと安心する。
これで春先を無事過ごせれば、母の死亡フラグは回避できる。
どんなに短くとも1か月、なんとか別荘に引きこもらなくては。
「見えてきましたわ、姫様」
車窓から見える緑の森の向こうに、白い瀟洒な城があった。
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