2 / 49
第一章 最推し幸福化計画始動
2.婚約者はやはり美しかった
しおりを挟む
「喜んでもらえると良いんだけど」
薄い水色のリボンがついた小箱を差し出して、輝く金の髪をした少年は微笑んだ。海のように青い瞳は、ほんの少し不安げに揺れている。
「開けてみてよ」
促されてリボンを解く。蓋を開けると、ふんわりと甘い香りがした。
整然と並んだ小さな焼き菓子に、自然と笑顔になる。
貝の形をした焼き菓子には、レモングレーズがかけられている。その隣の舟形のタルトには、アーモンドキャラメルとスライスが、マーガレット型のタルトにはイチゴが美しく飾られていた。
「お母様の宝石箱みたいだわ」
きれいと笑顔のまま答えると、ラーシュの金色の長いまつ毛が幾度か上下する。
「そ……っ、それは良かった」
よほど意外な反応だったらしい。ラーシュの青い目がまぁるくなっている。
そうか。
これまでのリヴシェなら、お菓子程度で喜ぶことなどなかったんだろう。
(ツンデレ気質のリヴシェ、かわいいんだけどね。
でもまあ、わかりにくいかも。
特にお子様には)
我が事ながら、記憶が戻る前のリヴシェにはため息が出る。
本当にきれいで美味しそうなお菓子、これを見て悪態をつけるなんてかなりのへそ曲がりだ。
「食べても良い?」
さすがにその場で箱に手をつっこむのはまずいだろうと、上目遣いに許可を求めてみた。
するとなぜだかラーシュは口元を手で覆い、顔を背ける。
「ラーシュ?」
どうしたのだろう。まさかおやつの時間までお預けとか?
確かにリヴシェのおやつは王女付きの栄養士によって、厳しく管理されている。決められた時間以外に予定外の甘いものは、禁じられていた。
でもこんなに綺麗なイチゴ、明日までおいておいたら萎びてしまう。もったいない。
「今日は特別だって、お母さまにお願いしてくるからっ。
ね、良いでしょ?」
引き続きの上目遣い。できれば一緒にお願いしてくれれば、もっとありがたい。
母はラーシュに甘いのだ。
「食べてもらうために持ってきたんだから。
好きなだけ食べてよ」
顔を背けたまま、ぼそぼそと答えるラーシュの耳が赤いような気がする。風邪でもひいているのだろうか。そういえば、いつもよりずっと口数が少ないような。
「ラーシュ、どこか具合が悪いの?」
ラーシュは大丈夫だと首を振ってくれたけど、相変わらず顔は背けたままだ。
いきなりは反則だとか、どうして急に変わったんだとか、落ち着けとか、ぶつぶつ独り言を言っている。
さすがにリヴシェも気づいた。
これは前世でいうところの、ギャップ萌えというやつか。
以前のリヴシェの悪態に慣れたラーシュにしてみれば、一般的には普通の今の反応がとても新鮮に見えるに違いない。そしてそれはとても好印象のようだ。
小説の中のリヴシェは、やや直情的過ぎるがけっして意味なくわがままで残酷なわけじゃない。
いわゆるツンデレなんだとは、前世のリヴシェを愛でる同志たちの間ではコンセンサスのとれたことだった。
小説の中の男どもは見る目ないよね、これも共通認識で。
その見る目のない男の一人、それも少年時代のラーシュには、あまりツンツンしてはいけない。その点は確かに気をつけたが、特に変わったことはしていない。
それなのに!
この程度、普通にしているだけでギャップ萌えしてくれるとは。
なんというか……チョロ過ぎる。
少し冷めた目でラーシュを見てしまうが、いや油断大敵と唇の端を大きく上げて笑顔に戻す。
「じゃあ、一緒にね?
わたくし一人で食べてたら、後でお小言をたっくさんいただくことになるわ。
だから、ね?」
こくりと頷いてくれたので、給仕のメイドに取り分けてもらった。
イチゴ。
この中から1つ選ぶなら、絶対にイチゴだろうと思う。
ナパージュで仕上げられたつやつやのイチゴタルトは、本当に綺麗で美味しそう。甘酸っぱい香りもたまらない。
ラーシュの前にも同じものが出されていた。
「いただきます!」
この世界の製菓レベル、すごく高い。小説の中にはなかったけど、これは本気でヤバい。レモンのマドレーヌもきっとおいしいはず。
すっごく食べたい。
箱の中をガン見していると、ラーシュがくっくっと楽しそうに笑っていた。
「本当に気に入ってくれたんだね。
嬉しいよ。
初めてだ、こんなリヴシェ見るの」
「美味しいものは美味しい、綺麗なものは綺麗。
嬉しいは嬉しいって、言わなければ伝わらないんですって」
さも教えられたように言ったけど、前世23歳まで生きていれば、その程度のことはわかる。
まあ、わかるのとできるのは違うんだけど、幸い今のリヴシェは子供だからある日を境に変わることだって、そう不自然じゃない。
「うん、そうだね。
ほんとはね、今日もまた喜んでもらえないんだろうなあって思ってたんだよ。
だからこうしてリヴシェが喜んでくれて、僕今日はとっても嬉しいんだ」
うわっと声に出さなかった自分を、リヴシェは褒めてやりたい。
なんだ、この麗しい生き物は。
金髪碧眼、聖堂の天井に描かれている天使でさえ、ラーシュの微笑の前には裸足で逃げ出すんじゃないかと思う。そのくらい胸にきゅんとくる、汚れなく愛らしい微笑だった。
「ずっとそのままでいてくれる?」
強請るような表情で請われれば、頷くしかない。
こくこくと首を縦に振りながら、ああラーシュ推しに宗旨替えしようかと思うリヴシェだった。
薄い水色のリボンがついた小箱を差し出して、輝く金の髪をした少年は微笑んだ。海のように青い瞳は、ほんの少し不安げに揺れている。
「開けてみてよ」
促されてリボンを解く。蓋を開けると、ふんわりと甘い香りがした。
整然と並んだ小さな焼き菓子に、自然と笑顔になる。
貝の形をした焼き菓子には、レモングレーズがかけられている。その隣の舟形のタルトには、アーモンドキャラメルとスライスが、マーガレット型のタルトにはイチゴが美しく飾られていた。
「お母様の宝石箱みたいだわ」
きれいと笑顔のまま答えると、ラーシュの金色の長いまつ毛が幾度か上下する。
「そ……っ、それは良かった」
よほど意外な反応だったらしい。ラーシュの青い目がまぁるくなっている。
そうか。
これまでのリヴシェなら、お菓子程度で喜ぶことなどなかったんだろう。
(ツンデレ気質のリヴシェ、かわいいんだけどね。
でもまあ、わかりにくいかも。
特にお子様には)
我が事ながら、記憶が戻る前のリヴシェにはため息が出る。
本当にきれいで美味しそうなお菓子、これを見て悪態をつけるなんてかなりのへそ曲がりだ。
「食べても良い?」
さすがにその場で箱に手をつっこむのはまずいだろうと、上目遣いに許可を求めてみた。
するとなぜだかラーシュは口元を手で覆い、顔を背ける。
「ラーシュ?」
どうしたのだろう。まさかおやつの時間までお預けとか?
確かにリヴシェのおやつは王女付きの栄養士によって、厳しく管理されている。決められた時間以外に予定外の甘いものは、禁じられていた。
でもこんなに綺麗なイチゴ、明日までおいておいたら萎びてしまう。もったいない。
「今日は特別だって、お母さまにお願いしてくるからっ。
ね、良いでしょ?」
引き続きの上目遣い。できれば一緒にお願いしてくれれば、もっとありがたい。
母はラーシュに甘いのだ。
「食べてもらうために持ってきたんだから。
好きなだけ食べてよ」
顔を背けたまま、ぼそぼそと答えるラーシュの耳が赤いような気がする。風邪でもひいているのだろうか。そういえば、いつもよりずっと口数が少ないような。
「ラーシュ、どこか具合が悪いの?」
ラーシュは大丈夫だと首を振ってくれたけど、相変わらず顔は背けたままだ。
いきなりは反則だとか、どうして急に変わったんだとか、落ち着けとか、ぶつぶつ独り言を言っている。
さすがにリヴシェも気づいた。
これは前世でいうところの、ギャップ萌えというやつか。
以前のリヴシェの悪態に慣れたラーシュにしてみれば、一般的には普通の今の反応がとても新鮮に見えるに違いない。そしてそれはとても好印象のようだ。
小説の中のリヴシェは、やや直情的過ぎるがけっして意味なくわがままで残酷なわけじゃない。
いわゆるツンデレなんだとは、前世のリヴシェを愛でる同志たちの間ではコンセンサスのとれたことだった。
小説の中の男どもは見る目ないよね、これも共通認識で。
その見る目のない男の一人、それも少年時代のラーシュには、あまりツンツンしてはいけない。その点は確かに気をつけたが、特に変わったことはしていない。
それなのに!
この程度、普通にしているだけでギャップ萌えしてくれるとは。
なんというか……チョロ過ぎる。
少し冷めた目でラーシュを見てしまうが、いや油断大敵と唇の端を大きく上げて笑顔に戻す。
「じゃあ、一緒にね?
わたくし一人で食べてたら、後でお小言をたっくさんいただくことになるわ。
だから、ね?」
こくりと頷いてくれたので、給仕のメイドに取り分けてもらった。
イチゴ。
この中から1つ選ぶなら、絶対にイチゴだろうと思う。
ナパージュで仕上げられたつやつやのイチゴタルトは、本当に綺麗で美味しそう。甘酸っぱい香りもたまらない。
ラーシュの前にも同じものが出されていた。
「いただきます!」
この世界の製菓レベル、すごく高い。小説の中にはなかったけど、これは本気でヤバい。レモンのマドレーヌもきっとおいしいはず。
すっごく食べたい。
箱の中をガン見していると、ラーシュがくっくっと楽しそうに笑っていた。
「本当に気に入ってくれたんだね。
嬉しいよ。
初めてだ、こんなリヴシェ見るの」
「美味しいものは美味しい、綺麗なものは綺麗。
嬉しいは嬉しいって、言わなければ伝わらないんですって」
さも教えられたように言ったけど、前世23歳まで生きていれば、その程度のことはわかる。
まあ、わかるのとできるのは違うんだけど、幸い今のリヴシェは子供だからある日を境に変わることだって、そう不自然じゃない。
「うん、そうだね。
ほんとはね、今日もまた喜んでもらえないんだろうなあって思ってたんだよ。
だからこうしてリヴシェが喜んでくれて、僕今日はとっても嬉しいんだ」
うわっと声に出さなかった自分を、リヴシェは褒めてやりたい。
なんだ、この麗しい生き物は。
金髪碧眼、聖堂の天井に描かれている天使でさえ、ラーシュの微笑の前には裸足で逃げ出すんじゃないかと思う。そのくらい胸にきゅんとくる、汚れなく愛らしい微笑だった。
「ずっとそのままでいてくれる?」
強請るような表情で請われれば、頷くしかない。
こくこくと首を縦に振りながら、ああラーシュ推しに宗旨替えしようかと思うリヴシェだった。
16
お気に入りに追加
265
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。
待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。
父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。
彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。
子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。
私と運命の番との物語
星屑
恋愛
サーフィリア・ルナ・アイラックは前世の記憶を思い出した。だが、彼女が転生したのは乙女ゲームの悪役令嬢だった。しかもその悪役令嬢、ヒロインがどのルートを選んでも邪竜に殺されるという、破滅エンドしかない。
ーなんで死ぬ運命しかないの⁉︎どうしてタイプでも好きでもない王太子と婚約しなくてはならないの⁉︎誰か私の破滅エンドを打ち破るくらいの運命の人はいないの⁉︎ー
破滅エンドを回避し、永遠の愛を手に入れる。
前世では恋をしたことがなく、物語のような永遠の愛に憧れていた。
そんな彼女と恋をした人はまさかの……⁉︎
そんな2人がイチャイチャラブラブする物語。
*「私と運命の番との物語」の改稿版です。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
侯爵家のお飾り妻をやめたら、王太子様からの溺愛が始まりました。
二位関りをん
恋愛
子爵令嬢メアリーが侯爵家当主ウィルソンに嫁いで、はや1年。その間挨拶くらいしか会話は無く、夜の営みも無かった。
そんな中ウィルソンから子供が出来たと語る男爵令嬢アンナを愛人として迎えたいと言われたメアリーはショックを受ける。しかもアンナはウィルソンにメアリーを陥れる嘘を付き、ウィルソンはそれを信じていたのだった。
ある日、色々あって職業案内所へ訪れたメアリーは秒速で王宮の女官に合格。結婚生活は1年を過ぎ、離婚成立の条件も整っていたため、メアリーは思い切ってウィルソンに離婚届をつきつけた。
そして王宮の女官になったメアリーは、王太子レアードからある提案を受けて……?
※世界観などゆるゆるです。温かい目で見てください
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる