その傘をはずして

みたらし

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第一章

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 しかし僕の胸中を先読みしたのか、彼女は恐怖の言葉を言い放った。

「ちなみに断ったら、あなたから悪ふざけで告白をされてひどく傷ついたと友達に泣きつくから。そうなったらあなたは、女性優位の我が校で私を慕う皆から激しく糾弾されることになるわ」

「なんて卑劣なことを……」

 このことを口外されるのは非常にまずい。彼女は可憐でおしとやかで、花でも愛でるようなイメージを持たれているから、僕が彼女に脅されたと叫んでも誰も信用してくれないだろう。

「おとなしく私に従うか、友達から避難囂々の集中砲火を受けるか、好きな方を選びなさい。何だったら、生徒指導部の先生にあることないこと吹き込んで、あなたの夏休みを消滅させることだって……」

「わ、分かった。従うから、従いますから!」

 彼女は目じりを垂らして、すべて計算通りといったようにいやらしく口角を上げた。

「じゃあ、交渉成立ね」

 彼女はごちそうさまと言って、帰り支度を始めた。

 嘘の告白がこんなにも簡単にばれて、おまけにそれを理由にゆすられてとんでもない契約を交わされ、今日は本当にいろいろなことがあった。

 めまぐるしい一日に辟易していると、鞄を持って立ち上がった彼女は僕の方を見下ろして、微笑を浮かべながら手を伸ばしてきた。

「ちゃんとあなたにもメリットがあるように計らうから、あなたは黙って私に従っていればいいの。だから、改めてよろしくね。月島歩くん」

 その笑みを見た瞬間、不安で真っ黒に塗り固められていた胸の中の世界に、一筋の光が差したような気がした。

 僕はその白く細い手をそっと握り、控え目に頷いた。悪魔の化身のような彼女にも、少しだけ良い所があるのかもしれない。

「あと、これよろしくね。か・れ・しさん」

 彼女は僕の手に伝票を握らせると、颯爽と喫茶店を出て行った。

 放心状態で彼女の背中を見送っていると、グラスを洗っているマスターと目が合った。マスターはわざとらしい咳払いをして、気まずそうに視線をそらした。
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