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第一章 セルメシア編
第14話 ラマー・ゴードン・アルメスタ
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時刻は夜7時を過ぎた頃、太陽は世界の裏側にその身を潜め、夜の天を統べる月がその姿を現す。
エドワード城の中庭では豪華な衣装やドレスを着た貴族たちが、食事や会話をしながらパーティーを楽しんでいる。
色とりどりの衣装に身に纏った彼らはいわば今夜の花であり、この会場全体にはたくさんの花が咲いているといってもいい。
その花の一つでもあるロベルトとアイリも、豪華な食事に舌鼓を打っていた。
「おいしーい! あ、これもいいかも!」
「お前さぁ……ケーキいくつ食べた?」
「……3個くらい?」
「8個だ! 食べすぎや!!」
先ほどからアイリは豪華な食事よりも、甘いケーキばかりを皿にのせては次々と自分の胃の中に納めていく。
光沢感のあるチョコソースがたっぷり塗られたガトーショコラに、新鮮な牛乳から作られた生クリームが塗られたショートケーキ。
王宮に仕えている一流パティシエによって作られたケーキは、食べた者を甘い世界へと導く。
現にアイリがそのケーキの虜となっていた。
「いいじゃん別に! こんな豪華なケーキ、前世じゃホテルや銀座の高級店とかにある奴だから、ここぞいうときに食べないと!」
彼女の言う通り、今目の前に置かれているケーキは前世では東京の一流ホテルのお店や、銀座の高級店などに並べられているような超一級品のものばかり。
こういうケーキは、一切れだけで前世では数千円はするものであり、さらに一部のパティスリーは海外の王室も御用達にするほどである。
騎士団に所属している以上いつどこで死んでもおかしくないため、生きているうちに腹に入る物は入れておこうというアイリらしく、食い意地が張った発言である。
「……太って体重増えても知らねーぞ」
「聞こえませーん」
都合の悪いことは耳に入れようとしないのか、アイリはケーキを食べながらロベルトの言葉を一蹴する。
と、そこで……
「おっ! ロベルト! アイリ! やっと見つけた!」
「ん? あぁ、アルトか」
「あ、ノエルー!」
アルトがノエルを引き連れて、ロベルトたちの前に現れた。
金の刺繍が目立つ衣装で童話の話の王子様のような衣装を着ての登場であり、ノエルは紫色の露出少なめのドレス。
膝下から人魚の尾ひれのように裾が広がっている、マーメイドラインと呼ばれるデザインのドレスだ。
彼女の奥ゆかしい性格も相まってか、ノエルにふさわしいドレスと言えよう。
「ロベルト様、アイリ様、こんばんは」
「ノエルこんばんわー! なかなかいいドレスじゃん!」
「お褒めいただきありがとうございます。とても恐縮でございます」
ノエルは軽く笑み、頭を少しだけ下げる。
「どうよロベルト! この衣装、マダム・リーチェの店の一級品だぜ! 今日のために用意したんだからな!」
「へーなかなか似合ってるじゃん」
「いやいや! こっち見ろよ! 絶対褒めてないだろ!?」
だが肝心のロベルトは口では褒めているものの、目線は完全にノエルのほうに向いていた。
完全にアルトの衣装の事なんて上の空で、アウトオブ眼中である。
ちなみにアルトの言っているマダム・リーチェとは、この街メランシェルにある貴族御用達の仕立て屋のことである。
高級素材を使った服を取り扱っているため、この店の服は庶民では買えないだろう。
実は現在ロベルトが来ている衣装も、数年前にマダム・リーチェが用意した服だ。
「冗談だって……ほぅ、見事に決まってるな」
「だろ!」
ロベルトは改めてアルトのほうを向き、彼が来ている衣装を見て一言。
マダム・リーチェは客を見てから服を一から作るので、彼女が作る服は非常にセンスが良い。
今アルトが来ている服も、さぞかし作るのに腕がなっただろう。
「あっ……そういえばアルト。ちょっと耳かせ」
「なんだ?」
あることを思い出したロベルト。
それは先ほどハイドから聞き出した情報、鎧姿の冒険者のことだ。
「さっき団長に会って、王子の周りにいる鎧姿の連中の事を聞いたぞ」
「あぁあれか。実は俺も少し気になってたんだよ。で? どうだった?」
「あいつら、王子がグラハマーツ大陸から連れてきた冒険者たちだってさ」
その言葉を聞いたアルトの表情が、時が止まったかのように凍り付いた。
「……マジで?」
「大マジ。団長自ら言ったんだよ」
「……あいつら、こっちの大陸に来て問題とか起こさないよな?」
「そんなに嫌なのか?」
「嫌ってわけではない。俺自身は冒険者に対しては本の中で勉強したイメージしかないからな」
本の中……すなわち、セルメシア大陸の歴史のことだろう。
実はアルトは結構読書家であり、騎士学校時代の成績も勉強に関してはロベルトの成績をも上回っていたほどだ。
当然、冒険者たちが過去にこの大陸で起こした事件も彼の頭の中に資料として残っている。
「問題は俺の親父だ。親父は冒険者の事を鬱陶しいやつだと吐き捨てていたからな」
「あんたのお父さんって何の仕事をしてたっけ?」
「配達局の局長だ。親父だけじゃなくて歴代の配達局の局長も、当時の冒険者に仕事を妨害されたって議事録に記録として残っていたらしいぞ」
アルトの言った配達局というのは、前世でいう郵便局の事だ。
彼の父は現在、その配達局の局長を務めている。
「どんなふうに妨害されたんだ?」
「俺は直接は知らないが、親父が言うには冒険者に荷物を奪われたり、荷物が危険な時限式魔法に入れ替わっていたりとか」
「時限式魔法って……あれか」
アルトの言葉にロベルトは以前独学で学んだ魔法の事を脳の中で思い出す。
時限式魔法……いわゆる時限爆弾の魔法バージョンで、特定の時間になると魔法が発動するものである。
主にグラハマーツ大陸では魔獣をとらえるために罠として使うものだが、冒険者はあまり使うことはないらしい。
「だから俺も冒険者って聞くといいイメージがないのよね」
どうやらこの世界の冒険者は過去に色々と、この大陸でやらかしてくれたらしい。
ロベルトの中でのロマン溢れる異世界の冒険者のイメージがどんどんと崩れ落ちてゆく。
その時……
「皆さまお静かに! これよりラマー王子がお越しになられます! ぜひ盛大な拍手をお願いします!」
王宮士官の言葉の直後、金楽器を持った音楽隊が演奏を始め、城のほうから本日のパーティーの主役がその姿を現した。
この会場に咲く花の中で、誰よりも大きな花弁を咲かせる大輪の花。
パーティー用の豪華な衣装を着たラマーが王冠を頭に乗せ、横に麗しい美少女二人を引き連れて会場の演説台へと向かって歩いていく。
彼の登場によって会場からは盛大な拍手の嵐が起こり、女性を中心にこの場が騒がしくなった。
「おいロベルト。あれ」
「例の冒険者だな」
ロベルトとアルトの視線の先、ラマーの後ろには体全体を鎧で包み、大剣に弓、杖といったものを身に着けたグラハマーツ大陸の冒険者4人の姿もいた。
制服を着て警備をしている騎士団員とは違って、この会場ではあまりに場違いな格好である。
そのためロベルトの周辺にいる貴族たちから品のない恰好だと、好き勝手にいう貴族が続出した。
「皆の者、本日は私の凱旋パーティーに参加してくれてありがとう! 私は見事、父上からの任務を果たし、無事に帰還した!」
壇上に上がったラマーは腹の底から大声を出し、この会場にいる貴族たちに言葉を投げる。
その言葉を聞いた貴族たちは、再び両手を叩いて拍手をする。
「私の後ろにいるものが気になった者もいるだろうから紹介しよう。彼らは私と共に任務をこなしてくれたグラハマーツ大陸の冒険者たちだ」
ラマーがそう言った瞬間、会場の空気が一瞬にして凍る。
「やだ。冒険者ですって?」
「あいつら、よくこの大陸に顔を出せたものだな」
「冒険者って金のためなら汚いことでもするんだろ?」
周囲から聞こえる冒険者への悪口。
ハイドが言った通り、やはり今でもこの大陸では冒険者に対するイメージはほぼ底辺だ。
ロベルトももし自分がこの世界の冒険者として転生したらと思うと、考えただけでも頭が痛くなってくる。
「諸君! 静かにしてほしい!」
ラマーの一声でざわついていた会場が一気に静まる。
そして彼は、言葉を続ける。
「確かに諸君らはグラハマーツ大陸の冒険者たちをよく思っていないのは分かる。私とて無知ではない。今から400年ほど前にこのアルメスタ王国の当時の王が冒険者によって暗殺された歴史は私もしっかりと勉強している。しかし! それは過去の事だ! 私は、過去は乗り越えなければならないと思っている! 少しずつでいい。これから彼らの事を見て、少しでも冒険者の事を知ってほしい。これはその第一歩である! よって、今後彼ら4人は私の私兵部隊として常に行動してもらう! どうから彼らをこの大陸に迎え入れてほしい!」
ラマーの口から語られる冒険者に対する思い。
起こってしまったことは変えられないが、未来は変えられる。
だが一度塗られたイメージを払拭することは、なかなかに難しい。
キャンパスに塗られた絵の具だって、一度ついてしまえば上から塗りつぶさない限り落とすことは難しいからである。
彼の熱い演説の後、会場は少しの間、静寂が支配したが……
「……そうよね。ラマー王子の言う通りよ」
「もう400年も前の事だもんな。昔と今じゃ変わっているかもしれないしね」
「ラマー様! 私はぜひとも賛成です!」
数名の女性たちがラマーの意見に賛同し、彼女たちを中心に拍手が続々と沸き上がっていく。
そして……会場は拍手の音で埋め尽くされた。
「ありがとう! では、パーティーはまだまだ続くから、引き続き楽しんでくれたまえ!!」
ラマーは喜びながらそう叫び、演説台から降りながら拍手をする貴族たちに向かって手を振る。
「あの王子、なかなかいいこと言うな」
「……そうか?」
ロベルトはラマーの熱い演説に耳を傾けていたものの、正直彼の言葉を聞いてもいい王子という印象がどうしても沸かない。
やはり以前にアイリが言っていたラマーにしつこくナンパされたという事と、セラから聞いた女性が行方不明になっている事件にラマーが関与しているという話を聞いていたからだろう。
それにロベルトは、ラマーの赤い瞳を見てはっきりと確信した。
あの男は危険だと、彼自身の本能がそう告げていた。
「あれ? アイリは?」
「は?」
アルトが傍にいたはずのアイリがいないことに気づく。
周りを見ても彼女の姿が見られなかったからだ。
「アイリ様ならラマー王子の演説が始まる前に静かにこの場を離れましたよ」
「……あいつ、どこに行ったんだよ」
一緒にいたノエルがそう教えてくれた。
おそらく、こっそりいなくなったのはラマーから距離をとるためだったのだろう。
現在ロベルトたちがいる場所は、ラマーが演説した壇上から距離が近い。
ラマーに目をつけられているアイリにとってこの場所にいては見つかりやすいと判断し、すぐさまその場を離れたのだ。
ラマーの演説後、アイリと逸れたロベルトはアルトとノエルと一度別れ、彼女を探しながら知り合いたちに挨拶をしていった。
同じ騎士団の警備署に努めている人に中級貴族の子供たち、色々な人達がロベルトと顔見知りで彼も丁寧に挨拶をする。
「あっ! ロベルト!」
「ん? おっ、セラ! ヴィンセントにモニカも」
自分を呼ぶ女性の声が聞こえ、その声のほうに振り向くと可愛いドレスを身に纏ったセラとモニカ、スーツをかっこよく着こなしているヴィンセントの姿を見つけた。
「やっと見つけたよ! これだけ人が多いと知り合いを見つけるのに苦労するね!」
「そうだな。それと華蓮を見なかったか?」
「アイリ? そういえば見てないね。どこにいるんだろ?」
この反応からして、彼女たちもアイリの姿を見ていないのだろう。
一体どこに行ったのだろうかとロベルトは考えていると……
「それとロベルト、はいこれ」
「なんだ?」
セラが小さな紙袋を取り出してロベルトに渡してきた。
「この前誕生日だったんでしょ? 私からのプレゼント!」
「ありがとう。じゃあ受け取るよ。中身見ていいか?」
「もちろん!」
ロベルトはセラの紙袋を受け取り、封を開けて中身を取り出すと三日月の形をした髪留め、バレッタが入っていた。
「これ、髪留めだよな」
「そうだよ。ロベルト可愛いから似合うかなって思って作ったんだよ」
「作った? これお前が作ったの?」
セラが作ったというバレッタは三日月の形をしているが、小さな宝石でデコレーションされている。
しかもかなり凝っており、素人では作るのは難しい。
「うん。私のお父さんの仕事、知ってるでしょ?」
「確か……メランシェルの工場の局長だっけ?」
「正確に言うと産業開発局の局長。だから家に専用の工具や機械もあって、それを使って作ったんだよ。ほら、貸して。あと後ろ向いて」
「えっ!? ちょっと!?」
セラの父はメランシェルの西側にある大きな工場エリアの局長であり、彼女も父の影響を受けたのか機械を使った作業が得意なのである。
セラはロベルトが持っているバレッタを奪い、彼を後ろに向かせる。
ロベルトの肩まで伸びた銀髪の髪を慣れた手つきでいじり、手に持ったバレッタで止める。
左右の耳から上の髪を中央に纏め、そこでバレッタで止める髪型、ハーフアップ。
バレッタを使った定番の髪型だ。
「おっ! いいじゃん! 可愛くなった!」
「あのなぁ……まぁいいわ。ありがたくもらっておくわ」
男というのにも関わらず、どんどんと可愛さが増して女に近づいていくロベルト。
このままでは本当に女になってしまう日も近いかもしれない。
「ごめんねロベルト。私、誕生日だってこと知らなくて何も用意できなかった」
「気にするな。感謝の気持ちだけでも十分ありがたい」
「僕も忙しくて用意できなかったよ。後日ちゃんと用意するよ」
「そこまでしなくていいって」
モニカとヴィンセントはプレゼントを用意できなかった自分を責めるも、ロベルトはそんなことは気にしない性格だ。
友人との楽しい会話に花を咲かせていた4人だったが……
「おい! エルヴェシウス!!」
邪魔者は突然に、というやつだろうか。
後ろから超がつくほど不快な声が聞こえ、ロベルトは嫌な顔をしながら声の主のほうへと振り向く。
そこには豪華な装飾で自分を着飾ったエリックと、彼の取り巻きのアントンとニコライも嫌味な笑みを浮かべながら立っていた。
「なんだモアイ。こっちは今忙しいんだ。イースター島に行って埋めてもらいたい約束なら後にしな」
「だから何だよそのイースター島って!?」
イースター島とはロベルトの前世でいうチリ領の太平洋上に位置する島の事だが、この世界に当然ながらそんな島は存在しない。
「で? モアイ。俺に何か用?」
「そ、そうだエルヴェシウス! 僕は見事に王子の護衛をやり遂げたぞ! どうだ! 凄いだろ!」
と、胸を張って自分の仕事の成果を自慢するエリックだが……
「わーすごーいー」
「おめでとー」
「よくできましたー」
ロベルト、セラ、ヴィンセントにモニカの4人は全く心のこもっていない言葉をエリックに投げる。
誉め言葉も子供を褒めるような言葉で、傍から見ればエリックは完全にこの4人になめられていた。
「うぐぐ……そ、そうだエルヴェシウス! さっき君の妹を見かけたぞ!」
「……リナリーを?」
エリックがリナリーの話題を口にした途端、ロベルトのこめかみがピクリと動く。
「随分と薄汚いドレスを来ていたね。王族主催のパーティーにそんなものを着ていくなんて、八貴族の品性を疑うよ」
「……あぁ?」
彼の吐く言葉にロベルトの表情が少しずつ変化していき、怒りを露わにする。
「あぁそうだったなエルヴェシウス。君の妹だからね。品性もなければ礼儀作法も知らないか。パーティーに来ている色んな人に声をかけていたけど、あんな薄汚いドレスを来て周りの人たちも嫌そうな顔をしていたね」
「テメェ……!」
エリックの口から出てくるのは大事な妹を侮辱する暴言の数々。
最初は我慢していたロベルトも、ここまで言われると堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題である。
右手に拳を作り、この男に怒りの鉄拳の一つでもくれてやろうかと思って前に出たが……
「ちょ、ロベルト駄目!」
「怒りたい気持ちは分かるよ。でもここで暴れたら……」
「……ちっ!」
セラとモニカがロベルトを止める。
彼女の言う通り、王族主催のこのパーティーで暴力沙汰などが起こればロベルトだけの問題では済まない。
エルヴェシウス家全員が出入り禁止を食らってしまい、他の貴族たちの噂の的になって家族に迷惑をかけてしまう。
「はっきり言って君の家族はこのパーティーに来るのはふさわしくない。君の家族はせいぜい街の場末とかにある寂れたレストランでの外食がお似合いだね!」
エリックのこの一言で、ロベルトの何かが切れた。
家族に迷惑をかけるだの出入り禁止を食らうだの、もう彼の頭の中にはそんな理性は残っていなかった。
「テメェ……いい加減に……」
ただ目の前の男をぶん殴るという考えしか頭に浮かばなかったロベルトは、セラとモニカを押しのけ、右手の拳を上げようとしたが……
「おいロベルト! 大変だ!」
突如、横から乱入してきたアルトがロベルトを止める。
だが彼の表情からして、二人の口論を止めるために飛び出したわけではなさそうだ。
「なんだアルト! 今から俺はこのクソモアイをぶん殴って、イースター島に生き埋めにしないといけないから邪魔するな!」
「何わけわからん事言ってんだよ! アイリが!」
「は? 華蓮がどうかしたのか?」
「いいからこっちこい!!」
アイリの名前を出されたロベルトが急に冷静になり落ち着きを取り戻すも、アルトがロベルトの腕を掴んで人込みの奥へと引き込んでいく。
そしてなぜかセラ、モニカにヴィンセントも、彼らの後を走りながらついていく。
ヴィンセントはともかく、セラとモニカは走るのに向いていないドレス、さらにヒールを履いているため走るだけでも大変だった。
それでも3人はアルトに連れていかれたロベルトに食らいつくように走る。
アルトに腕を掴まれてある程度人込みの中を走ったロベルトの視線の先にあったものは……
美少女二人を両隣に並ばせてアイリと会話しているラマーの姿だ。
以前のパーティーでラマーにしつこくナンパされたアイリはそれ以来彼が苦手になり、できることなら会いたくなかった。
先ほどもラマーに見つからないようにうまく会場を動き回っていたのだが、ついに彼に見つかってしまったようだ。
「アイリ、この前の俺の質問の答え、そろそろ答えてくれるかな?」
「……それは」
ラマーの問いにアイリは言葉を出せなくなっていた。
だが問題は、ラマーはアイリに何を質問していたかどうかである。
その時……
「華蓮!!」
「……翼!!」
彼女にとっての救世主が現れた。
信頼できる彼の顔を見た瞬間、アイリの表情に笑顔が戻る。
「なんだ君は……うん?」
突如乱入してきたロベルトを見たラマーは、赤い瞳を輝かせてロベルトの顔を観察する。
整った輪郭、シミ一つない雪のように白く美しい肌、大きな青い瞳に肩まで伸びた銀色の髪。
ラマーにとって、目の前に現れたこの人物は女神のように見えた。
「君、とても可愛いね。俺好みの女性だ。お名前を聞かせてもよろしいかな?」
どういうわけかラマーはロベルトを女性だと勘違いし、突然ナンパをし始める。
いきなり女性扱いされたロベルトは少しだけしかめっ面しながらも彼の問いに答える。
「こうして言葉を交わすのは初めてですね。ラマー王子。私はアルメスタ王国八貴族が一つ、エルヴェシウス家のロベルト・エルヴェシウスと申します」
ロベルトは右手を腹部に添えて、ラマーに向けて軽く会釈をする。
「ロベルト……? 随分と男っぽい名前だね」
「そりゃそうですよ。だって、俺男ですから」
「!!」
ロベルトの口から発した、自分は男だという発言。
それを聞いたラマーの中に一つの落雷が落ち、彼自身の中で衝撃が走った。
「おっ男だと……!? こんなに美しいのに……」
ラマーはロベルトの顔を何度も目を瞬きしながら見る。
だが何度目を開けてみても結果は同じだ。
女性のように可愛く美しいが、目の前にいるロベルトは間違いなく男なのである。
それにロベルトは現在セラに髪型をいじられているため、余計にかわいくなっていた。
「ラマー王子、不敬を承知で聞きますが……今、彼女と何を話していたのですか?」
「……質問を許したわけではないが、特別に答えてやろう。俺は彼女……アイリにプロポーズしていたのだよ。俺の未来の嫁になってくれってな」
「なっ!? プロポーズ!?」
ラマーが先ほどアイリとしていた会話の内容、それはプロポーズの返答だ。
予想だにしなかった言葉にロベルトが驚いてしまうが、彼はさらにラマーに言葉を投げる。
「えっと王子……もう一つお聞きしたいのですが……横にいる女性たちは?」
「彼女も、俺の未来の嫁だ」
そう言ってラマーは両隣にいる女性二人を抱き寄せる。
その女性二人だがラマーに抱かれたせいか、とても恍惚な表情をしていた。
「王子、この国は一夫多妻制ではありませんよ」
「左様。だが俺が将来国王になったら、この国に一夫多妻制度を導入する予定だ。その時すぐに結婚できるように彼女を俺の嫁の一人にしようと思ってな」
金髪の前髪をかき分けながら、ラマーはアイリのほうに顔を向ける。
しかし肝心のアイリは完全に嫌がっており、ラマーに向かって軽蔑の視線を送っていたがラマー本人はそれに気づいていない。
「それで? そろそろ答えを聞きたいのだが……どうだアイリ? 俺の女になる気になったか? 王子である俺の答え……受け取らないなんてこと、ないよな?」
にやりと笑ってアイリにプロポーズの答えを引き出そうとする。
この時、ロベルトは自身が感じたラマーの中にある邪な何かの正体が分かった。
表では民に信頼されるいい王子を演じながら、裏では自分が欲しい物のためならば手段を選ばない卑劣な思考。
それが彼の本性であったのだ。
「………………」
ラマーの質問にアイリは顔を下に向けて、口を閉ざしてしまう。
相手はこの国の未来の王。
それを拒否するということは自分だけじゃなくて、家族や周りに迷惑をかけることになる。
「ラマー王子。私の中で答えは決まりました」
「おぉそうか。では俺の嫁に――」
「お断りします」
たった一言、アイリのその言葉で周囲が時が止まったかのように、静かになった。
「……へ? 今、何て言った?」
「お断りします、と言いました。なぜなら……」
アイリはそう言ってロベルトの右腕に抱き着き……
「私はつば……いえ、ロベルトとは将来を誓い合った仲ですので」
「なにっ!? こ、こいつとか!?」
ロベルトと将来結婚するということをラマーに言い放った。
ラマーも驚いていたが、一番驚いていたのはロベルトである。
何せ幼馴染がいきなり自分の事を将来を誓い合った仲なんて言い出したら、驚くもの無理はない。
「えっ!? ちょ、華蓮!? どういう……」
「ごめん翼!ちょっとの間だけ話を合わせて!」
アイリは驚くロベルトの耳元に自分の顔を寄せて、ラマーに聞こえないように小声でそうお願いする。
将来うんぬんはこの場を切り抜けるための嘘だ。
「……わかったよ。お前に付き合ってやる」
彼女の必死のお願いにロベルトも思わずニヤリと笑って、そう返す。
彼としても、大事な幼馴染が王子に取られるのは嫌なのだろう。
そう考えたロベルトは、ラマーに向き直る。
「ラマー王子、彼女の言う通りです。私は幼き頃、かれ……アイリとは大きくなったら結婚しようと約束をしているのです。なので彼女の事は諦めてください」
「……アイリ、本当にそいつと結婚するのか?」
「はい。あと数年で式を挙げる予定です」
無論、そんなのは嘘である。
だがアイリはラマーとは結婚したくないため、仕方なくこのような嘘をついている。
彼女としてもこんな嘘をつくのは非常に心苦しいが、いくら王子だろうが何人も女性を侍られている男の嫁になるなんて、死んでもごめんであろう。
「何よあの女、ラマー王子のプロポーズを断るなんて、どうかしてるわよ」
「そうよね。王子と結婚すれば将来安泰なのに、何考えているのかしら?」
この騒ぎを外野で見ていた令嬢たちがひそひそとアイリの事を悪く言う。
そのほとんどがアイリに対する嫉妬だ。
王子と会話をするだけでも羨ましいのに、彼のプロポーズを断るという蛮行をしたアイリに対して令嬢たちは軽蔑の視線を彼女に送っていた。
しかし、当のアイリは全く相手にしていない。
「……ふ、ふふ……」
「……?」
突如、ラマーが声を上げて笑い始める。
「ふふふ……はははははは!!」
最初は静かな笑いだったが次第に声のボリュームが大きくなり、最終的には会場全体までその声を響かせる。
「そうかそうか……二人は幼馴染で将来を誓い合った……か」
この時、ロベルトの中の危険を知らせる信号が警鐘を鳴らす。
こういった男は窮地に立たされると、何をしでかすか分からないからだ。
そして、それは見事に的中した。
「じゃあその婚約者を俺が奪い取るのも面白そうだ」
「何っ!?」
ラマーは邪悪な笑みを浮かべながらそう言い放ち、指を鳴らすと近くで待機していた鎧姿の冒険者がロベルトとアイリを背後から拘束する。
ロベルトは振りほどこうとするがこの冒険者の力が異常に強く、抵抗しようにも全く歯が立たなかった。
「お前たち、そのままそいつらを動かすなよ? さて……婚約者の前で彼女を奪われる気分はどうかな? ロベルト?」
「くっ!」
ロベルトは表情を歪めて殺気を込めた視線をラマーに向けるが、彼は完全に勝ち誇った表情をしており完全ににやけている。
その間にラマーはアイリに近づき、彼女の顎に手を添える。
「ラマー王子……やめてください」
「いいじゃないかアイリ。その瞳、とても美しい。まさにこの俺のためにある美しさだ」
彼女の翠玉色のような輝きを持つ瞳は、ラマーを映している。
彼はその宝石のような瞳を自分のものにしたいようだ。
「アイリ……動くなよ? この俺自らお前の唇にキスをしてやろう。光栄に思え」
「……い、嫌……」
そう言ってラマーはアイリの顔に少しずつ顔を近づける。
このままではあの王子に幼馴染の唇が奪われてしまう。
ロベルトはどうにかして止めたいものの、背後にいる冒険者に羽交い絞めにされて身動き一つとれない。
もはやこれまで、ラマーがアイリの唇にキスをしようとした時……何かが飛んできて、ラマーの側頭部に命中し、大きな音が鳴った。
「いったああああああああああああ!!」
急に自分の頭に衝撃が走ったラマーはその場に蹲り、痛みを抑えようと必死になって頭部を両手で抑える。
彼の頭に飛んできたもの……それは花の入っていない大きな花瓶であり、ラマーの頭に当たった瞬間派手に割れて破片が地面に散った。
「だ、誰だ!? こんなものを俺に投げつけた愚かな不敬者は!?」
王子である彼に対してものを投げて怪我をさせたのだ。
当然、不敬どころか重い罪になるのだが……
「ほぅ? じゃあ俺は自分の息子に花瓶を投げつけた愚かな不敬者ってことになるよな?」
「えっ!?」
その言葉に、会場が一瞬にして静かになる。
ラマーに対して自分の息子と言うのは、この国では一人しかいない。
ロベルトは、首をゆっくりと動かして声の主のほうに顔を向けた。
オスカー・スタンリー・アルメスタ。
このアルメスタ王国の現国王でラマーの父親。
王子であるラマーを殴っても罪に問われない唯一の男だ。
髭はちゃんと剃っているため清潔感があり、40代でありながら非常に若々しい。
庶民の服を来ていれば、国王とは思われないだろう。
だがそんなオスカーの今の表情は……一言で言えば、怒髪天を突くといったところだろうか。
背後に仁王の幻影が見えてしまいそうなほど、今の彼は息子にキレていた。
「あああああああののののの……ち、ちちちち父上……」
そんな父を見たラマーの顔はまさにこの世の絶望でも見たかのように、顔面蒼白であった。
言葉を発しようにも恐怖のあまり、声がうまく出ない。
オスカーは右手に拳を作り、怯える息子に近づくと……
「こんの……バカ息子があああああああああああああ!!」
「ぐべぇええええ!!」
右腕から放たれる渾身の一撃が、ラマーの顔面に吸い込まれるように命中した。
殴り飛ばされたラマーは近くの机に激突し、机の上に乗っていた料理やデザートが地面に零れ落ちる。
料理にかかっていたソースなどが彼の豪華な衣装にかかってしまい、大きく汚れてしまう。
「さっきから黙って聞いてりゃべらべらべらべら好き放題ほざきやがって……このパーティーだってテメェのわがままで開いたものだろうが! 余計な金を使わせやがって!! それに王に就いたら一夫多妻制度を入れるだぁ? バカも休み休み言え! 俺が生きているうちはそんな下らん制度は絶対にいれねぇぞ!! 分かったかこのバカ息子が!!」
「ひ、ひいいいいいいいいいい!!」
あまりに衝撃的な出来事に、ロベルトたちはただ口をあんぐりと上げて茫然としていた。
先ほどまで横暴な態度をとっていたラマーが父親に殴り飛ばされて、ここまで縮こまっている。
もっとも、ロベルトとしてはいい気味であろうが。
そしてオスカーはロベルトとアイリのほうに視線を向ける。
「お前たち、そいつらを放してやれ」
ロベルトたちを拘束していた冒険者たちにオスカーはそう命令すると、彼らは大人しくその言葉を受け入れロベルトとアイリを開放する。
あまりに状況が急展開すぎたが、これにはオスカーに感謝すべきであろう。
あともう少し遅れていれば、アイリの唇はラマーに奪われていたのだから。
するとオスカーは直後、アイリに対して驚きの行動に出る。
「ミス・カタルーシア。此度は俺のバカ息子が失礼なことをして済まなかった。一人の父親としてここにお詫び申し上げる」
なんと、オスカーはアイリに対して頭を下げて息子のやらかした無礼を詫びる。
この光景にロベルト含めた周りの貴族も驚きを隠せなかった。
一国の王が自国の国民一人に対して頭を下げて謝罪しているなんて、誰もが驚くであろう。
「へ、陛下! 頭を上げてください! 私はもう気にしていませんし、王様であるあなたが謝るなんてとんでもないですよ!」
「いや、そういうわけにはいかない。失礼なことをしたらちゃんと謝る。これは当然のことだ。それが俺のルールだからな。それでミス・カタルーシア? 許してくれるかな?」
「わかりました! 許しますから頭を上げてください!」
本来であれば父親ではなく、問題を起こした張本人のラマーが謝るべきだろう。
だが彼の性格を考えると、ラマーは絶対自分から謝ることはない。
問題児を抱える親というのは大変なのだ。
親がしっかりしているのに、なぜ息子はああなってしまったのだろうか。
「ロベルト・エルヴェシウスだな?」
「えっ?あ、は、はい!」
頭を上げたオスカーは、今度はロベルトのほうに顔を向ける。
突然声をかけられた彼は、緊張のあまり声が裏返りながらも姿勢を正して返事を返す。
「そう緊張しなくていいぞ。君の事はハイドとシャルロット副団長から聞いている。最近随分と活躍しているみたいじゃないか」
「いえ、自分は騎士団員として与えられた任務をこなしているだけです」
まさか自分の活躍がオスカーの耳に入っているとは思わなかったのだろう。
だがロベルトは普通に仕事をしていただけで、別に褒められることなんてしていない。
せいぜい王都の警備、地方の村への遠征に最近はアムレアン盗賊団の討伐任務をしているだけだ。
「そうかそうか! でな、せっかくのパーティーだ。ここはひとつ、催し事でもしようと思ってな。少し待ってろ!」
オスカーは笑いながらロベルトに背を見せ、未だに倒れているラマーのほうへと向かって歩きだす。
その肝心のラマーは先ほどのオスカーの一撃が響いているのか、顔を押さえて痛みを堪えている。
「おい、バカ息子」
「は、はい! なんでしょうか父上!?」
「こっち来い」
オスカーは縮こまっているラマーに近づくと、そのまま彼の首根っこを掴み、彼をズルズル引きずりながらロベルトたちのほうに戻っていく。
「ロベルト。ここはひとつ、このバカと剣で勝負してみないか?」
「へっ!?」
オスカーのやりたい催し事、それはラマーと剣を使った模擬戦である。
「あの……陛下、なぜ私が?」
「失礼ながら、騎士学校時代の君の成績を調べさせてもらった。君は特に剣を使った実践訓練の成績が優秀だったらしいな。このバカも剣をたしなんでいてね、せっかくの機会だから君の腕を見てみたいんだよ。どうだ?」
オスカーはにやりと笑う。
国王自らのお願いである以上、断ることはできない。
「……わかりました。その勝負、受けて立ちましょう!」
ロベルトも、覚悟を決めたようでまっすぐとオスカーに向けて青い瞳を向けながら強い口調でそう答えた。
「よし! ならば場所を移そう! この隣に屋外訓練所がある! 皆の衆、申し訳ないが移動をお願いしたい!」
ただのパーティーだったはずが、事態は急展開。
王子とまさかの模擬戦をする羽目になってしまった。
エドワード城の中庭では豪華な衣装やドレスを着た貴族たちが、食事や会話をしながらパーティーを楽しんでいる。
色とりどりの衣装に身に纏った彼らはいわば今夜の花であり、この会場全体にはたくさんの花が咲いているといってもいい。
その花の一つでもあるロベルトとアイリも、豪華な食事に舌鼓を打っていた。
「おいしーい! あ、これもいいかも!」
「お前さぁ……ケーキいくつ食べた?」
「……3個くらい?」
「8個だ! 食べすぎや!!」
先ほどからアイリは豪華な食事よりも、甘いケーキばかりを皿にのせては次々と自分の胃の中に納めていく。
光沢感のあるチョコソースがたっぷり塗られたガトーショコラに、新鮮な牛乳から作られた生クリームが塗られたショートケーキ。
王宮に仕えている一流パティシエによって作られたケーキは、食べた者を甘い世界へと導く。
現にアイリがそのケーキの虜となっていた。
「いいじゃん別に! こんな豪華なケーキ、前世じゃホテルや銀座の高級店とかにある奴だから、ここぞいうときに食べないと!」
彼女の言う通り、今目の前に置かれているケーキは前世では東京の一流ホテルのお店や、銀座の高級店などに並べられているような超一級品のものばかり。
こういうケーキは、一切れだけで前世では数千円はするものであり、さらに一部のパティスリーは海外の王室も御用達にするほどである。
騎士団に所属している以上いつどこで死んでもおかしくないため、生きているうちに腹に入る物は入れておこうというアイリらしく、食い意地が張った発言である。
「……太って体重増えても知らねーぞ」
「聞こえませーん」
都合の悪いことは耳に入れようとしないのか、アイリはケーキを食べながらロベルトの言葉を一蹴する。
と、そこで……
「おっ! ロベルト! アイリ! やっと見つけた!」
「ん? あぁ、アルトか」
「あ、ノエルー!」
アルトがノエルを引き連れて、ロベルトたちの前に現れた。
金の刺繍が目立つ衣装で童話の話の王子様のような衣装を着ての登場であり、ノエルは紫色の露出少なめのドレス。
膝下から人魚の尾ひれのように裾が広がっている、マーメイドラインと呼ばれるデザインのドレスだ。
彼女の奥ゆかしい性格も相まってか、ノエルにふさわしいドレスと言えよう。
「ロベルト様、アイリ様、こんばんは」
「ノエルこんばんわー! なかなかいいドレスじゃん!」
「お褒めいただきありがとうございます。とても恐縮でございます」
ノエルは軽く笑み、頭を少しだけ下げる。
「どうよロベルト! この衣装、マダム・リーチェの店の一級品だぜ! 今日のために用意したんだからな!」
「へーなかなか似合ってるじゃん」
「いやいや! こっち見ろよ! 絶対褒めてないだろ!?」
だが肝心のロベルトは口では褒めているものの、目線は完全にノエルのほうに向いていた。
完全にアルトの衣装の事なんて上の空で、アウトオブ眼中である。
ちなみにアルトの言っているマダム・リーチェとは、この街メランシェルにある貴族御用達の仕立て屋のことである。
高級素材を使った服を取り扱っているため、この店の服は庶民では買えないだろう。
実は現在ロベルトが来ている衣装も、数年前にマダム・リーチェが用意した服だ。
「冗談だって……ほぅ、見事に決まってるな」
「だろ!」
ロベルトは改めてアルトのほうを向き、彼が来ている衣装を見て一言。
マダム・リーチェは客を見てから服を一から作るので、彼女が作る服は非常にセンスが良い。
今アルトが来ている服も、さぞかし作るのに腕がなっただろう。
「あっ……そういえばアルト。ちょっと耳かせ」
「なんだ?」
あることを思い出したロベルト。
それは先ほどハイドから聞き出した情報、鎧姿の冒険者のことだ。
「さっき団長に会って、王子の周りにいる鎧姿の連中の事を聞いたぞ」
「あぁあれか。実は俺も少し気になってたんだよ。で? どうだった?」
「あいつら、王子がグラハマーツ大陸から連れてきた冒険者たちだってさ」
その言葉を聞いたアルトの表情が、時が止まったかのように凍り付いた。
「……マジで?」
「大マジ。団長自ら言ったんだよ」
「……あいつら、こっちの大陸に来て問題とか起こさないよな?」
「そんなに嫌なのか?」
「嫌ってわけではない。俺自身は冒険者に対しては本の中で勉強したイメージしかないからな」
本の中……すなわち、セルメシア大陸の歴史のことだろう。
実はアルトは結構読書家であり、騎士学校時代の成績も勉強に関してはロベルトの成績をも上回っていたほどだ。
当然、冒険者たちが過去にこの大陸で起こした事件も彼の頭の中に資料として残っている。
「問題は俺の親父だ。親父は冒険者の事を鬱陶しいやつだと吐き捨てていたからな」
「あんたのお父さんって何の仕事をしてたっけ?」
「配達局の局長だ。親父だけじゃなくて歴代の配達局の局長も、当時の冒険者に仕事を妨害されたって議事録に記録として残っていたらしいぞ」
アルトの言った配達局というのは、前世でいう郵便局の事だ。
彼の父は現在、その配達局の局長を務めている。
「どんなふうに妨害されたんだ?」
「俺は直接は知らないが、親父が言うには冒険者に荷物を奪われたり、荷物が危険な時限式魔法に入れ替わっていたりとか」
「時限式魔法って……あれか」
アルトの言葉にロベルトは以前独学で学んだ魔法の事を脳の中で思い出す。
時限式魔法……いわゆる時限爆弾の魔法バージョンで、特定の時間になると魔法が発動するものである。
主にグラハマーツ大陸では魔獣をとらえるために罠として使うものだが、冒険者はあまり使うことはないらしい。
「だから俺も冒険者って聞くといいイメージがないのよね」
どうやらこの世界の冒険者は過去に色々と、この大陸でやらかしてくれたらしい。
ロベルトの中でのロマン溢れる異世界の冒険者のイメージがどんどんと崩れ落ちてゆく。
その時……
「皆さまお静かに! これよりラマー王子がお越しになられます! ぜひ盛大な拍手をお願いします!」
王宮士官の言葉の直後、金楽器を持った音楽隊が演奏を始め、城のほうから本日のパーティーの主役がその姿を現した。
この会場に咲く花の中で、誰よりも大きな花弁を咲かせる大輪の花。
パーティー用の豪華な衣装を着たラマーが王冠を頭に乗せ、横に麗しい美少女二人を引き連れて会場の演説台へと向かって歩いていく。
彼の登場によって会場からは盛大な拍手の嵐が起こり、女性を中心にこの場が騒がしくなった。
「おいロベルト。あれ」
「例の冒険者だな」
ロベルトとアルトの視線の先、ラマーの後ろには体全体を鎧で包み、大剣に弓、杖といったものを身に着けたグラハマーツ大陸の冒険者4人の姿もいた。
制服を着て警備をしている騎士団員とは違って、この会場ではあまりに場違いな格好である。
そのためロベルトの周辺にいる貴族たちから品のない恰好だと、好き勝手にいう貴族が続出した。
「皆の者、本日は私の凱旋パーティーに参加してくれてありがとう! 私は見事、父上からの任務を果たし、無事に帰還した!」
壇上に上がったラマーは腹の底から大声を出し、この会場にいる貴族たちに言葉を投げる。
その言葉を聞いた貴族たちは、再び両手を叩いて拍手をする。
「私の後ろにいるものが気になった者もいるだろうから紹介しよう。彼らは私と共に任務をこなしてくれたグラハマーツ大陸の冒険者たちだ」
ラマーがそう言った瞬間、会場の空気が一瞬にして凍る。
「やだ。冒険者ですって?」
「あいつら、よくこの大陸に顔を出せたものだな」
「冒険者って金のためなら汚いことでもするんだろ?」
周囲から聞こえる冒険者への悪口。
ハイドが言った通り、やはり今でもこの大陸では冒険者に対するイメージはほぼ底辺だ。
ロベルトももし自分がこの世界の冒険者として転生したらと思うと、考えただけでも頭が痛くなってくる。
「諸君! 静かにしてほしい!」
ラマーの一声でざわついていた会場が一気に静まる。
そして彼は、言葉を続ける。
「確かに諸君らはグラハマーツ大陸の冒険者たちをよく思っていないのは分かる。私とて無知ではない。今から400年ほど前にこのアルメスタ王国の当時の王が冒険者によって暗殺された歴史は私もしっかりと勉強している。しかし! それは過去の事だ! 私は、過去は乗り越えなければならないと思っている! 少しずつでいい。これから彼らの事を見て、少しでも冒険者の事を知ってほしい。これはその第一歩である! よって、今後彼ら4人は私の私兵部隊として常に行動してもらう! どうから彼らをこの大陸に迎え入れてほしい!」
ラマーの口から語られる冒険者に対する思い。
起こってしまったことは変えられないが、未来は変えられる。
だが一度塗られたイメージを払拭することは、なかなかに難しい。
キャンパスに塗られた絵の具だって、一度ついてしまえば上から塗りつぶさない限り落とすことは難しいからである。
彼の熱い演説の後、会場は少しの間、静寂が支配したが……
「……そうよね。ラマー王子の言う通りよ」
「もう400年も前の事だもんな。昔と今じゃ変わっているかもしれないしね」
「ラマー様! 私はぜひとも賛成です!」
数名の女性たちがラマーの意見に賛同し、彼女たちを中心に拍手が続々と沸き上がっていく。
そして……会場は拍手の音で埋め尽くされた。
「ありがとう! では、パーティーはまだまだ続くから、引き続き楽しんでくれたまえ!!」
ラマーは喜びながらそう叫び、演説台から降りながら拍手をする貴族たちに向かって手を振る。
「あの王子、なかなかいいこと言うな」
「……そうか?」
ロベルトはラマーの熱い演説に耳を傾けていたものの、正直彼の言葉を聞いてもいい王子という印象がどうしても沸かない。
やはり以前にアイリが言っていたラマーにしつこくナンパされたという事と、セラから聞いた女性が行方不明になっている事件にラマーが関与しているという話を聞いていたからだろう。
それにロベルトは、ラマーの赤い瞳を見てはっきりと確信した。
あの男は危険だと、彼自身の本能がそう告げていた。
「あれ? アイリは?」
「は?」
アルトが傍にいたはずのアイリがいないことに気づく。
周りを見ても彼女の姿が見られなかったからだ。
「アイリ様ならラマー王子の演説が始まる前に静かにこの場を離れましたよ」
「……あいつ、どこに行ったんだよ」
一緒にいたノエルがそう教えてくれた。
おそらく、こっそりいなくなったのはラマーから距離をとるためだったのだろう。
現在ロベルトたちがいる場所は、ラマーが演説した壇上から距離が近い。
ラマーに目をつけられているアイリにとってこの場所にいては見つかりやすいと判断し、すぐさまその場を離れたのだ。
ラマーの演説後、アイリと逸れたロベルトはアルトとノエルと一度別れ、彼女を探しながら知り合いたちに挨拶をしていった。
同じ騎士団の警備署に努めている人に中級貴族の子供たち、色々な人達がロベルトと顔見知りで彼も丁寧に挨拶をする。
「あっ! ロベルト!」
「ん? おっ、セラ! ヴィンセントにモニカも」
自分を呼ぶ女性の声が聞こえ、その声のほうに振り向くと可愛いドレスを身に纏ったセラとモニカ、スーツをかっこよく着こなしているヴィンセントの姿を見つけた。
「やっと見つけたよ! これだけ人が多いと知り合いを見つけるのに苦労するね!」
「そうだな。それと華蓮を見なかったか?」
「アイリ? そういえば見てないね。どこにいるんだろ?」
この反応からして、彼女たちもアイリの姿を見ていないのだろう。
一体どこに行ったのだろうかとロベルトは考えていると……
「それとロベルト、はいこれ」
「なんだ?」
セラが小さな紙袋を取り出してロベルトに渡してきた。
「この前誕生日だったんでしょ? 私からのプレゼント!」
「ありがとう。じゃあ受け取るよ。中身見ていいか?」
「もちろん!」
ロベルトはセラの紙袋を受け取り、封を開けて中身を取り出すと三日月の形をした髪留め、バレッタが入っていた。
「これ、髪留めだよな」
「そうだよ。ロベルト可愛いから似合うかなって思って作ったんだよ」
「作った? これお前が作ったの?」
セラが作ったというバレッタは三日月の形をしているが、小さな宝石でデコレーションされている。
しかもかなり凝っており、素人では作るのは難しい。
「うん。私のお父さんの仕事、知ってるでしょ?」
「確か……メランシェルの工場の局長だっけ?」
「正確に言うと産業開発局の局長。だから家に専用の工具や機械もあって、それを使って作ったんだよ。ほら、貸して。あと後ろ向いて」
「えっ!? ちょっと!?」
セラの父はメランシェルの西側にある大きな工場エリアの局長であり、彼女も父の影響を受けたのか機械を使った作業が得意なのである。
セラはロベルトが持っているバレッタを奪い、彼を後ろに向かせる。
ロベルトの肩まで伸びた銀髪の髪を慣れた手つきでいじり、手に持ったバレッタで止める。
左右の耳から上の髪を中央に纏め、そこでバレッタで止める髪型、ハーフアップ。
バレッタを使った定番の髪型だ。
「おっ! いいじゃん! 可愛くなった!」
「あのなぁ……まぁいいわ。ありがたくもらっておくわ」
男というのにも関わらず、どんどんと可愛さが増して女に近づいていくロベルト。
このままでは本当に女になってしまう日も近いかもしれない。
「ごめんねロベルト。私、誕生日だってこと知らなくて何も用意できなかった」
「気にするな。感謝の気持ちだけでも十分ありがたい」
「僕も忙しくて用意できなかったよ。後日ちゃんと用意するよ」
「そこまでしなくていいって」
モニカとヴィンセントはプレゼントを用意できなかった自分を責めるも、ロベルトはそんなことは気にしない性格だ。
友人との楽しい会話に花を咲かせていた4人だったが……
「おい! エルヴェシウス!!」
邪魔者は突然に、というやつだろうか。
後ろから超がつくほど不快な声が聞こえ、ロベルトは嫌な顔をしながら声の主のほうへと振り向く。
そこには豪華な装飾で自分を着飾ったエリックと、彼の取り巻きのアントンとニコライも嫌味な笑みを浮かべながら立っていた。
「なんだモアイ。こっちは今忙しいんだ。イースター島に行って埋めてもらいたい約束なら後にしな」
「だから何だよそのイースター島って!?」
イースター島とはロベルトの前世でいうチリ領の太平洋上に位置する島の事だが、この世界に当然ながらそんな島は存在しない。
「で? モアイ。俺に何か用?」
「そ、そうだエルヴェシウス! 僕は見事に王子の護衛をやり遂げたぞ! どうだ! 凄いだろ!」
と、胸を張って自分の仕事の成果を自慢するエリックだが……
「わーすごーいー」
「おめでとー」
「よくできましたー」
ロベルト、セラ、ヴィンセントにモニカの4人は全く心のこもっていない言葉をエリックに投げる。
誉め言葉も子供を褒めるような言葉で、傍から見ればエリックは完全にこの4人になめられていた。
「うぐぐ……そ、そうだエルヴェシウス! さっき君の妹を見かけたぞ!」
「……リナリーを?」
エリックがリナリーの話題を口にした途端、ロベルトのこめかみがピクリと動く。
「随分と薄汚いドレスを来ていたね。王族主催のパーティーにそんなものを着ていくなんて、八貴族の品性を疑うよ」
「……あぁ?」
彼の吐く言葉にロベルトの表情が少しずつ変化していき、怒りを露わにする。
「あぁそうだったなエルヴェシウス。君の妹だからね。品性もなければ礼儀作法も知らないか。パーティーに来ている色んな人に声をかけていたけど、あんな薄汚いドレスを来て周りの人たちも嫌そうな顔をしていたね」
「テメェ……!」
エリックの口から出てくるのは大事な妹を侮辱する暴言の数々。
最初は我慢していたロベルトも、ここまで言われると堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題である。
右手に拳を作り、この男に怒りの鉄拳の一つでもくれてやろうかと思って前に出たが……
「ちょ、ロベルト駄目!」
「怒りたい気持ちは分かるよ。でもここで暴れたら……」
「……ちっ!」
セラとモニカがロベルトを止める。
彼女の言う通り、王族主催のこのパーティーで暴力沙汰などが起こればロベルトだけの問題では済まない。
エルヴェシウス家全員が出入り禁止を食らってしまい、他の貴族たちの噂の的になって家族に迷惑をかけてしまう。
「はっきり言って君の家族はこのパーティーに来るのはふさわしくない。君の家族はせいぜい街の場末とかにある寂れたレストランでの外食がお似合いだね!」
エリックのこの一言で、ロベルトの何かが切れた。
家族に迷惑をかけるだの出入り禁止を食らうだの、もう彼の頭の中にはそんな理性は残っていなかった。
「テメェ……いい加減に……」
ただ目の前の男をぶん殴るという考えしか頭に浮かばなかったロベルトは、セラとモニカを押しのけ、右手の拳を上げようとしたが……
「おいロベルト! 大変だ!」
突如、横から乱入してきたアルトがロベルトを止める。
だが彼の表情からして、二人の口論を止めるために飛び出したわけではなさそうだ。
「なんだアルト! 今から俺はこのクソモアイをぶん殴って、イースター島に生き埋めにしないといけないから邪魔するな!」
「何わけわからん事言ってんだよ! アイリが!」
「は? 華蓮がどうかしたのか?」
「いいからこっちこい!!」
アイリの名前を出されたロベルトが急に冷静になり落ち着きを取り戻すも、アルトがロベルトの腕を掴んで人込みの奥へと引き込んでいく。
そしてなぜかセラ、モニカにヴィンセントも、彼らの後を走りながらついていく。
ヴィンセントはともかく、セラとモニカは走るのに向いていないドレス、さらにヒールを履いているため走るだけでも大変だった。
それでも3人はアルトに連れていかれたロベルトに食らいつくように走る。
アルトに腕を掴まれてある程度人込みの中を走ったロベルトの視線の先にあったものは……
美少女二人を両隣に並ばせてアイリと会話しているラマーの姿だ。
以前のパーティーでラマーにしつこくナンパされたアイリはそれ以来彼が苦手になり、できることなら会いたくなかった。
先ほどもラマーに見つからないようにうまく会場を動き回っていたのだが、ついに彼に見つかってしまったようだ。
「アイリ、この前の俺の質問の答え、そろそろ答えてくれるかな?」
「……それは」
ラマーの問いにアイリは言葉を出せなくなっていた。
だが問題は、ラマーはアイリに何を質問していたかどうかである。
その時……
「華蓮!!」
「……翼!!」
彼女にとっての救世主が現れた。
信頼できる彼の顔を見た瞬間、アイリの表情に笑顔が戻る。
「なんだ君は……うん?」
突如乱入してきたロベルトを見たラマーは、赤い瞳を輝かせてロベルトの顔を観察する。
整った輪郭、シミ一つない雪のように白く美しい肌、大きな青い瞳に肩まで伸びた銀色の髪。
ラマーにとって、目の前に現れたこの人物は女神のように見えた。
「君、とても可愛いね。俺好みの女性だ。お名前を聞かせてもよろしいかな?」
どういうわけかラマーはロベルトを女性だと勘違いし、突然ナンパをし始める。
いきなり女性扱いされたロベルトは少しだけしかめっ面しながらも彼の問いに答える。
「こうして言葉を交わすのは初めてですね。ラマー王子。私はアルメスタ王国八貴族が一つ、エルヴェシウス家のロベルト・エルヴェシウスと申します」
ロベルトは右手を腹部に添えて、ラマーに向けて軽く会釈をする。
「ロベルト……? 随分と男っぽい名前だね」
「そりゃそうですよ。だって、俺男ですから」
「!!」
ロベルトの口から発した、自分は男だという発言。
それを聞いたラマーの中に一つの落雷が落ち、彼自身の中で衝撃が走った。
「おっ男だと……!? こんなに美しいのに……」
ラマーはロベルトの顔を何度も目を瞬きしながら見る。
だが何度目を開けてみても結果は同じだ。
女性のように可愛く美しいが、目の前にいるロベルトは間違いなく男なのである。
それにロベルトは現在セラに髪型をいじられているため、余計にかわいくなっていた。
「ラマー王子、不敬を承知で聞きますが……今、彼女と何を話していたのですか?」
「……質問を許したわけではないが、特別に答えてやろう。俺は彼女……アイリにプロポーズしていたのだよ。俺の未来の嫁になってくれってな」
「なっ!? プロポーズ!?」
ラマーが先ほどアイリとしていた会話の内容、それはプロポーズの返答だ。
予想だにしなかった言葉にロベルトが驚いてしまうが、彼はさらにラマーに言葉を投げる。
「えっと王子……もう一つお聞きしたいのですが……横にいる女性たちは?」
「彼女も、俺の未来の嫁だ」
そう言ってラマーは両隣にいる女性二人を抱き寄せる。
その女性二人だがラマーに抱かれたせいか、とても恍惚な表情をしていた。
「王子、この国は一夫多妻制ではありませんよ」
「左様。だが俺が将来国王になったら、この国に一夫多妻制度を導入する予定だ。その時すぐに結婚できるように彼女を俺の嫁の一人にしようと思ってな」
金髪の前髪をかき分けながら、ラマーはアイリのほうに顔を向ける。
しかし肝心のアイリは完全に嫌がっており、ラマーに向かって軽蔑の視線を送っていたがラマー本人はそれに気づいていない。
「それで? そろそろ答えを聞きたいのだが……どうだアイリ? 俺の女になる気になったか? 王子である俺の答え……受け取らないなんてこと、ないよな?」
にやりと笑ってアイリにプロポーズの答えを引き出そうとする。
この時、ロベルトは自身が感じたラマーの中にある邪な何かの正体が分かった。
表では民に信頼されるいい王子を演じながら、裏では自分が欲しい物のためならば手段を選ばない卑劣な思考。
それが彼の本性であったのだ。
「………………」
ラマーの質問にアイリは顔を下に向けて、口を閉ざしてしまう。
相手はこの国の未来の王。
それを拒否するということは自分だけじゃなくて、家族や周りに迷惑をかけることになる。
「ラマー王子。私の中で答えは決まりました」
「おぉそうか。では俺の嫁に――」
「お断りします」
たった一言、アイリのその言葉で周囲が時が止まったかのように、静かになった。
「……へ? 今、何て言った?」
「お断りします、と言いました。なぜなら……」
アイリはそう言ってロベルトの右腕に抱き着き……
「私はつば……いえ、ロベルトとは将来を誓い合った仲ですので」
「なにっ!? こ、こいつとか!?」
ロベルトと将来結婚するということをラマーに言い放った。
ラマーも驚いていたが、一番驚いていたのはロベルトである。
何せ幼馴染がいきなり自分の事を将来を誓い合った仲なんて言い出したら、驚くもの無理はない。
「えっ!? ちょ、華蓮!? どういう……」
「ごめん翼!ちょっとの間だけ話を合わせて!」
アイリは驚くロベルトの耳元に自分の顔を寄せて、ラマーに聞こえないように小声でそうお願いする。
将来うんぬんはこの場を切り抜けるための嘘だ。
「……わかったよ。お前に付き合ってやる」
彼女の必死のお願いにロベルトも思わずニヤリと笑って、そう返す。
彼としても、大事な幼馴染が王子に取られるのは嫌なのだろう。
そう考えたロベルトは、ラマーに向き直る。
「ラマー王子、彼女の言う通りです。私は幼き頃、かれ……アイリとは大きくなったら結婚しようと約束をしているのです。なので彼女の事は諦めてください」
「……アイリ、本当にそいつと結婚するのか?」
「はい。あと数年で式を挙げる予定です」
無論、そんなのは嘘である。
だがアイリはラマーとは結婚したくないため、仕方なくこのような嘘をついている。
彼女としてもこんな嘘をつくのは非常に心苦しいが、いくら王子だろうが何人も女性を侍られている男の嫁になるなんて、死んでもごめんであろう。
「何よあの女、ラマー王子のプロポーズを断るなんて、どうかしてるわよ」
「そうよね。王子と結婚すれば将来安泰なのに、何考えているのかしら?」
この騒ぎを外野で見ていた令嬢たちがひそひそとアイリの事を悪く言う。
そのほとんどがアイリに対する嫉妬だ。
王子と会話をするだけでも羨ましいのに、彼のプロポーズを断るという蛮行をしたアイリに対して令嬢たちは軽蔑の視線を彼女に送っていた。
しかし、当のアイリは全く相手にしていない。
「……ふ、ふふ……」
「……?」
突如、ラマーが声を上げて笑い始める。
「ふふふ……はははははは!!」
最初は静かな笑いだったが次第に声のボリュームが大きくなり、最終的には会場全体までその声を響かせる。
「そうかそうか……二人は幼馴染で将来を誓い合った……か」
この時、ロベルトの中の危険を知らせる信号が警鐘を鳴らす。
こういった男は窮地に立たされると、何をしでかすか分からないからだ。
そして、それは見事に的中した。
「じゃあその婚約者を俺が奪い取るのも面白そうだ」
「何っ!?」
ラマーは邪悪な笑みを浮かべながらそう言い放ち、指を鳴らすと近くで待機していた鎧姿の冒険者がロベルトとアイリを背後から拘束する。
ロベルトは振りほどこうとするがこの冒険者の力が異常に強く、抵抗しようにも全く歯が立たなかった。
「お前たち、そのままそいつらを動かすなよ? さて……婚約者の前で彼女を奪われる気分はどうかな? ロベルト?」
「くっ!」
ロベルトは表情を歪めて殺気を込めた視線をラマーに向けるが、彼は完全に勝ち誇った表情をしており完全ににやけている。
その間にラマーはアイリに近づき、彼女の顎に手を添える。
「ラマー王子……やめてください」
「いいじゃないかアイリ。その瞳、とても美しい。まさにこの俺のためにある美しさだ」
彼女の翠玉色のような輝きを持つ瞳は、ラマーを映している。
彼はその宝石のような瞳を自分のものにしたいようだ。
「アイリ……動くなよ? この俺自らお前の唇にキスをしてやろう。光栄に思え」
「……い、嫌……」
そう言ってラマーはアイリの顔に少しずつ顔を近づける。
このままではあの王子に幼馴染の唇が奪われてしまう。
ロベルトはどうにかして止めたいものの、背後にいる冒険者に羽交い絞めにされて身動き一つとれない。
もはやこれまで、ラマーがアイリの唇にキスをしようとした時……何かが飛んできて、ラマーの側頭部に命中し、大きな音が鳴った。
「いったああああああああああああ!!」
急に自分の頭に衝撃が走ったラマーはその場に蹲り、痛みを抑えようと必死になって頭部を両手で抑える。
彼の頭に飛んできたもの……それは花の入っていない大きな花瓶であり、ラマーの頭に当たった瞬間派手に割れて破片が地面に散った。
「だ、誰だ!? こんなものを俺に投げつけた愚かな不敬者は!?」
王子である彼に対してものを投げて怪我をさせたのだ。
当然、不敬どころか重い罪になるのだが……
「ほぅ? じゃあ俺は自分の息子に花瓶を投げつけた愚かな不敬者ってことになるよな?」
「えっ!?」
その言葉に、会場が一瞬にして静かになる。
ラマーに対して自分の息子と言うのは、この国では一人しかいない。
ロベルトは、首をゆっくりと動かして声の主のほうに顔を向けた。
オスカー・スタンリー・アルメスタ。
このアルメスタ王国の現国王でラマーの父親。
王子であるラマーを殴っても罪に問われない唯一の男だ。
髭はちゃんと剃っているため清潔感があり、40代でありながら非常に若々しい。
庶民の服を来ていれば、国王とは思われないだろう。
だがそんなオスカーの今の表情は……一言で言えば、怒髪天を突くといったところだろうか。
背後に仁王の幻影が見えてしまいそうなほど、今の彼は息子にキレていた。
「あああああああののののの……ち、ちちちち父上……」
そんな父を見たラマーの顔はまさにこの世の絶望でも見たかのように、顔面蒼白であった。
言葉を発しようにも恐怖のあまり、声がうまく出ない。
オスカーは右手に拳を作り、怯える息子に近づくと……
「こんの……バカ息子があああああああああああああ!!」
「ぐべぇええええ!!」
右腕から放たれる渾身の一撃が、ラマーの顔面に吸い込まれるように命中した。
殴り飛ばされたラマーは近くの机に激突し、机の上に乗っていた料理やデザートが地面に零れ落ちる。
料理にかかっていたソースなどが彼の豪華な衣装にかかってしまい、大きく汚れてしまう。
「さっきから黙って聞いてりゃべらべらべらべら好き放題ほざきやがって……このパーティーだってテメェのわがままで開いたものだろうが! 余計な金を使わせやがって!! それに王に就いたら一夫多妻制度を入れるだぁ? バカも休み休み言え! 俺が生きているうちはそんな下らん制度は絶対にいれねぇぞ!! 分かったかこのバカ息子が!!」
「ひ、ひいいいいいいいいいい!!」
あまりに衝撃的な出来事に、ロベルトたちはただ口をあんぐりと上げて茫然としていた。
先ほどまで横暴な態度をとっていたラマーが父親に殴り飛ばされて、ここまで縮こまっている。
もっとも、ロベルトとしてはいい気味であろうが。
そしてオスカーはロベルトとアイリのほうに視線を向ける。
「お前たち、そいつらを放してやれ」
ロベルトたちを拘束していた冒険者たちにオスカーはそう命令すると、彼らは大人しくその言葉を受け入れロベルトとアイリを開放する。
あまりに状況が急展開すぎたが、これにはオスカーに感謝すべきであろう。
あともう少し遅れていれば、アイリの唇はラマーに奪われていたのだから。
するとオスカーは直後、アイリに対して驚きの行動に出る。
「ミス・カタルーシア。此度は俺のバカ息子が失礼なことをして済まなかった。一人の父親としてここにお詫び申し上げる」
なんと、オスカーはアイリに対して頭を下げて息子のやらかした無礼を詫びる。
この光景にロベルト含めた周りの貴族も驚きを隠せなかった。
一国の王が自国の国民一人に対して頭を下げて謝罪しているなんて、誰もが驚くであろう。
「へ、陛下! 頭を上げてください! 私はもう気にしていませんし、王様であるあなたが謝るなんてとんでもないですよ!」
「いや、そういうわけにはいかない。失礼なことをしたらちゃんと謝る。これは当然のことだ。それが俺のルールだからな。それでミス・カタルーシア? 許してくれるかな?」
「わかりました! 許しますから頭を上げてください!」
本来であれば父親ではなく、問題を起こした張本人のラマーが謝るべきだろう。
だが彼の性格を考えると、ラマーは絶対自分から謝ることはない。
問題児を抱える親というのは大変なのだ。
親がしっかりしているのに、なぜ息子はああなってしまったのだろうか。
「ロベルト・エルヴェシウスだな?」
「えっ?あ、は、はい!」
頭を上げたオスカーは、今度はロベルトのほうに顔を向ける。
突然声をかけられた彼は、緊張のあまり声が裏返りながらも姿勢を正して返事を返す。
「そう緊張しなくていいぞ。君の事はハイドとシャルロット副団長から聞いている。最近随分と活躍しているみたいじゃないか」
「いえ、自分は騎士団員として与えられた任務をこなしているだけです」
まさか自分の活躍がオスカーの耳に入っているとは思わなかったのだろう。
だがロベルトは普通に仕事をしていただけで、別に褒められることなんてしていない。
せいぜい王都の警備、地方の村への遠征に最近はアムレアン盗賊団の討伐任務をしているだけだ。
「そうかそうか! でな、せっかくのパーティーだ。ここはひとつ、催し事でもしようと思ってな。少し待ってろ!」
オスカーは笑いながらロベルトに背を見せ、未だに倒れているラマーのほうへと向かって歩きだす。
その肝心のラマーは先ほどのオスカーの一撃が響いているのか、顔を押さえて痛みを堪えている。
「おい、バカ息子」
「は、はい! なんでしょうか父上!?」
「こっち来い」
オスカーは縮こまっているラマーに近づくと、そのまま彼の首根っこを掴み、彼をズルズル引きずりながらロベルトたちのほうに戻っていく。
「ロベルト。ここはひとつ、このバカと剣で勝負してみないか?」
「へっ!?」
オスカーのやりたい催し事、それはラマーと剣を使った模擬戦である。
「あの……陛下、なぜ私が?」
「失礼ながら、騎士学校時代の君の成績を調べさせてもらった。君は特に剣を使った実践訓練の成績が優秀だったらしいな。このバカも剣をたしなんでいてね、せっかくの機会だから君の腕を見てみたいんだよ。どうだ?」
オスカーはにやりと笑う。
国王自らのお願いである以上、断ることはできない。
「……わかりました。その勝負、受けて立ちましょう!」
ロベルトも、覚悟を決めたようでまっすぐとオスカーに向けて青い瞳を向けながら強い口調でそう答えた。
「よし! ならば場所を移そう! この隣に屋外訓練所がある! 皆の衆、申し訳ないが移動をお願いしたい!」
ただのパーティーだったはずが、事態は急展開。
王子とまさかの模擬戦をする羽目になってしまった。
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