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婚約破棄……そして覚醒。

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「エリス・フォン・エルストリア!たった今を持って貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる!」

とあるお城の大広間。
階段の上から怒りを抱きながらそう宣言するのは、シャルル・アンタルシア・メルフェルク。
このメルフェルク王国の第一王子にして次期王位継承者。
彼の横には百合のように美しく、しなやかな髪が風で揺れる女性が今にも泣きながら王子に抱き着いていた。

「な、なぜですかシャルル様!?」

「なぜだと? ふん、そんなもの……己の胸に問いかけてみたらどうだ?」

「分かりません! 私が何をしたというのですか!?」

王子に婚約破棄された女性……エリス・フォン・エルストリアは今にも泣きだしそうな表情で王子に問いかける。
彼女はこのメルフェルク王国の貴族の一家に生まれ、何一つ不自由なく生きてきた。
そして目の前にいるシャルル王子の婚約者でもある……いや、あったといったほうが正しい。
つい今しがた、婚約破棄されたばかりなのだから。

「分からないだと! マリアから聞いたぞ! 貴様は彼女に対して毎日嫌がらせや暴力を振るったとな!」

「そんな……何を根拠に!」

マリア……王子シャルルの横にいる女性。
彼女はこの国の魔法学校に特待生として入学した生徒で、同じ魔法学校の生徒でもあるシャルルとも何度か面識がある。
だが彼女は貴族ではなく平民であり、魔法学校は9割の生徒が貴族出身のため、平民である彼女が学校にいるのがよく思わない貴族がいるのも確か。
しかしエリスは彼女が平民だからと言って差別することはなく、むしろ比較的仲が良かったはず。
エリスも彼女の事を友達だと思っていた。
そのはずだった。

「エリス様……貴方は先日私が作ったお菓子を川に捨ててしまいましたね。せっかく朝早くから起きて作ったお菓子を……」

「そんなことしてないわ! マリア、貴方どうしたの!? 私たち、友達じゃなかったの!?」

「確かに私もつい先日までそう思っておりました……ですが、このようなことをされてしまっては、私も友達だと思えなくなりました!」

マリアは今にも泣きながら大声でそう叫ぶ。
彼女が作ったお菓子……それを川に捨てたなど、エリスからしたらすべて身に覚えのないこと。
だが彼女はエリスにそういった類の嫌がらせをしたと証言する。

「それだけではない。貴様はマリアの教科書を燃やしたり、私物が盗まれたといってその犯人を彼女に仕立てたらしいな」

「全部身に覚えありません! シャルル様! 信じてください!」

あたかも自分が常日頃からマリアに対して嫌がらせをしていると、周りは完全にそう信じ切っている。
そのおかげで周りにいる貴族たちから、エリスに対して小さく罵倒の声がちらほら聞こえた。

「信じられない。貴族としてあり得ないわ」

「メルフェルク王国の恥だな。このような女が貴族だなんて世も末だ」

「王子の言う通り、国外追放……いや、貴族の地位も剥奪してもらいましょう」

周りからの容赦ない誹謗中傷。
自分が一体、何をしたというのか……自分は何一つ悪いことなどしていない。
しかし周りからのエリスに対する非難の言葉が次々と彼女の心に容赦なく突き刺さり、ついには涙を流しながら膝をついてしまった。
その時、エリスはマリナの表情の陰にあるものが見えた。
他人の不幸を見て表情を歪む魔性の女の顔が。
そう、このマリアという女は表向きは優等生を演じているが、裏の顔は他人を陥れてその幸福を奪う……まさに悪魔が人間に転生したような女だった。

「一同静粛に! 私はエリスとの婚約を破棄し、今ここにマリアとの婚姻を宣言する!」

幼い頃に契りを交わした王子は横にいた悪魔との婚約を宣言してしまった。
なぜ信じてくれないのか。
次々と彼女を軽蔑する視線が、エリスをどん底に落とす。

「この女を外に追い出せ! 兵士よ、連れていけ!」

王子がそう叫ぶと鎧を着た二人の兵士が前に出て、地面に膝をついて絶望しているエリスに近づく。
シャルル王子はもはやエリスを婚約者と思っておらず、その瞳には彼女に対しての軽蔑の感情が強く浮かぶ。

(……もういっそのこと……死んでしまいたい……うっ!?)

その瞬間、彼女の脳に電流が駆け巡る。
見たことのない光景が次々と脳内に浮かび、頭痛が始まる。

(うっ……ううっ!こ、これは……)

ある一枚の光景が彼女の脳に刻まれた。


四方八方から聞こえる銃声、鼻先に掠る焦げた火薬の香り、目の前に広がる幾多の屍の山。
空を見上げれば無数の大きな鉄の鳥がエンジン音を唸らせながら、敵基地に向かって空爆を仕掛ける。
中東の紛争地域、イスラエルの首都、エルサレム。
そのエルサレムから東に離れたとある地域……そこは文字通り地獄と化していた。
ここ数年、反政府武装組織が拡大し、イスラエルはアメリカ政府に援軍を要請。
その結果、アメリカ政府は100万近い陸軍をイスラエルへ派遣することを決定した。

「ジェームズ! 左だ!」

「わかってる!」

ここに、一人のアメリカの軍人が自分に向かって攻撃してくるゲリラたちに弾丸の嵐を降らせる。
その男の名はジェームズ・アンダーソン。
アメリカ陸軍でもエリートだけが入ることが許された特殊部隊、グリーンベレーの隊員だ。
本来であれば彼はここに派遣される予定はなく、今頃は休暇を利用して大学時代の友人たちとナイトクラブでパーリーナイトの予定だった。
しかし反政府勢力のゲリラたちの攻撃が思ったより激しくなり、彼は追加の増援としてくる羽目になった。
そのため、彼はクラブで遊べなくなったことに非常にイラついていた。

「あのクソどもが! 俺の予定をぶち壊しやがって! あいつらさえいなければ今頃はケリーやマーカス、パティと一緒にどんちゃん騒ぎだったのによぉ」

「遊びたかったらさっさと殲滅するぞ!」

「ちくしょう! クソゲリラ共が! 俺のパーティーの予定をぶっ壊したお礼だ! 俺の怒りの鉛玉をプレゼントしてやるぜ!! クリスマスも近いしな! 一足早いサンタからのプレゼントを受け取りな!!」

ジェームズは両手に強く握りしめた、アメリカ陸軍でも広く採用されているアサルトライフル、M16の銃口をゲリラたちに向ける。
引き金を引くと、銃口からマズルフラッシュという火花が発生する現象が起きて、次々と55.6ミリNATO弾が発射された。
その弾幕の嵐はゲリラに向かって一直線に飛び、彼らの心臓、脳と言った臓器を容赦なく貫通する。
その弾には休日を潰されたジェームズの怒りも込められているのだろう。
4人、5人と倒れても、ジェームズの怒涛の攻撃は収まることはない。

「あっちは片付いたぞ! お前のほうは!?」

「こっちも終わった!」

ジェームズの相方も敵の殲滅をしたようだ。
周りを見ても生き残っているゲリラはいないと判断した。

「よし、終わったな!」

「じゃあかえってテキーラの一杯でも……」

本来は任務中に酒を飲むなど言語道断だが、何か目標を終えた際に乾杯したいというのは分からなくもない。
ジェームズと相方はM16を背中に担いで、今回の作戦のために建てられた前線基地へと帰還しようとしたが……

「アールピージイィィィィ!!」

「「何っ!?」」

少し離れた別の部隊の隊員が、そう叫んだ。
RPG……旧ソ連が開発した携帯対戦車擲弾発射器……RPG7の事である。
広く一般的にいえばロケットランチャーと言ったほうが分かりやすい。
一部の国の正規軍はもちろんの事、ゲリラや果てはテロリストもご愛用の最強クラスの武器だ。
そんなRPG7の弾が……

ジェームズのほうに向かって飛んできた。

「おいっ! 嘘だろぉぉぉ!!」

気づいたときには既に近くまで来ており、もはや避ける暇すらなかった。
直撃こそは免れたものの、弾はジェームズの近くに着弾。
彼はその爆風をモロに食らい、吹き飛ばされてしまった。

「ジェームズ!!」

相方が顔を真っ青にして吹き飛ばされたジェームズに駆け寄る。
しかし彼は既に顔の7割が重度の火傷を負い、右腕が吹き飛んでいた。

「ジェームズ! しっかりしろ! ジェームズ!!」

「あぁ……ついてねぇな……まさか、ここで死ぬなんてよぉ」

戦場というのは予測できないことも多く、一瞬の判断が命取りになる。
彼は最後の最後で気を抜いてしまった結果、このような事態になってしまったのである。

「なぁ……もしこれが終わったら……俺の友人に……こう、伝えてくれないか? ……最高の友達だってよ」

「……わかった。約束する」

ジェームズ自身、もう自分はここで死ぬのだと、もう生きて帰れないと思った。
だから最期に、自分の友にメッセージを送ってほしいと必死に言葉を振り絞って願いを託した。
体全体が傷みが伝わり、やがて何も感じなくなる。
急激に体温が下がっているのが分かった。
意識も遠くなり、最後に太陽に向かってあげた手が、力なく崩れ落ちた。

「ジェームズぅぅぅぅぅ!!」

相方の悲痛な叫びが、イスラエルの国中に響き渡った。
生きて帰るはずだった相方をなくし、彼はジェームズの首にぶら下がっていたドッグタグを引きちぎって、腰のポーチへと入れた。
ジェームズ・アンダーソン……イスラエルの土地にて、殉職す。

激しい頭痛が終わり、エリスは目を開けた。
彼女の視界に映ったのは階段の上から自分を見下ろす王子と、友達だと思っていた女。
しかし……この時彼女の心はそれどころではなかった。

(……思い出した。俺はあの時、イスラエルでRPGの攻撃を受けてお陀仏して……)

次々と頁が捲られるように、封印されていた記憶が流れ込んできた。
大学時代に友人と遊んでは、ニューヨークのタイムズ・スクエアで買い物をしたこと。
アメリカ陸軍に入隊してからは、地獄のような訓練に耐えに耐え、ついには特殊部隊グリーンベレーに編入され、戦場を駆け巡ったことを。
そして……あの時、イスラエルで反政府ゲリラのRPG7による不意打ちを食らい、命を落としたことを。

(そうだ……私はエリス・フォン・エルストリアなんかではない! 私は……いや、俺は!!)

エリスの傍には今にも自分を追い出そうとする兵士が、自分を拘束しようとする。

「さぁ、大人しくしろ」

二人の兵士が彼女の両腕を拘束しようと、腕を伸ばした瞬間……
エリス……いや、「彼」はついに動いた。
左側にいた兵士の腕を掴むな否や……

「うおらぁぁぁぁぁ!!」

「ぎゃああああ!!」

乙女とは思えない声と豪快な怪力で、流れるような綺麗な背負い投げを繰り出した。
休む暇もなく続いて彼は右側にいた兵士の腕を掴んで右肘を腕に落とし、更に肘で兵士の顔面を攻撃する。
そんな強力な技を連続で食らえば、とてもじゃないが立っていられるわけがなく、二人の兵士は力なく地に伏せた。

「やれやれ……あの時イスラエルで死んだかと思ったら……日本ジャパンのコミックでよく見る異世界ってやつに転生しちまうとはな。だけどここには煙草もなければコーラもない。つまらない世界だな」

「え、エリス!? い、一体どうしたというんだ!?」

「エリスだぁ?違うな。エリスなんて女はいなくなった……俺の名は……」

まるで人が変わったようにエリスが変貌を遂げ、王子は顔を青くする。
怖かったものの、彼は勇気を出して変貌したエリスだった人物に質問する。
すると彼女は前髪を後ろに纏め、大きな美しい瞳は獲物を狩る狂気へと変貌した。

「ジェームズ・アンダーソン! アメリカ合衆国陸軍特殊部隊、グリーンベレー所属の軍人だ!! クソ王子、そしてクソアマ!! よくも俺をはめようとしたな! てめぇらブチのしてやるから覚悟しな!!」

覚醒したエリス……転生したジェームズは命を落とした際に記憶を失ってしまった。
しかし先ほどの出来事が引き金となり、エリスの中に封じられていた記憶が覚醒した。
その結果、彼はジェームズとして復活した……女になってしまったのは想定外だったが。
エリスの急激な変貌により、己を取り囲む貴族までもが言葉を失っている。
おしとやかな女性が急にあんな口調が荒々しくなってしまえば、無理もないだろう。

「な、なにを言っているのか分からないが、ようやく本性を現したようだな!やっぱりマリアに対して嫌がらせしていたというのも本当だったみたいだな! もういい! 兵士よ! その女を始末しろ!」

さっきは国から追い出そうとしたのに、今度は殺せと命令する王子。
頭に血が上ってもはやエリス……ジェームズのいう事なんて聞かないだろう。
ならば……さっきも宣言したように、このクソ王子の顔面に鉄拳の一つでもプレゼントしてやったほうがいい。
そして王子の命令で複数の兵士が彼を取り囲み、腰に差していた剣を鞘から引き抜く。
よい素材から造られた銀の剣……王宮の兵士が使う剣はそこらの冒険者が使う剣なんかよりは上質。
何の防具もないままあの剣で斬られたら、間違いなく致命傷を負うだろう。

「ふぅん……やっぱり異世界って剣と魔法か。日本のアニメが好きだったケリーがこの世界に来たらどう思うかな」

「何を言っている!?」

「ただの独り言だ。それより俺に向けて剣を抜いているんだ。だったら殺されても文句ないよな?」

先ほど記憶を取り戻した際、エリスとしての以前の記憶は持っている。
故に、ジェームズは彼女が使う魔法の事は既に頭の中に入っていた。
エリスの魔法……空想創世魔法はエリスの家であるエルストリア家だけが使える特殊性の高い魔法。
頭の中で浮かんだものが実体化する魔法である。
それを知ったジェームズはさっそく頭の中にあるものを浮かべ、それを右手で強く握りしめた。

「さぁ……始めようか! 即刻終わらせてやるからよぉ!」

「愚かな! そんな短剣一本で勝てるわけが……ぐわはぁ!!」

ジェームズが右手に握りしめているのは、生前死ぬまで愛用した米軍で公式に採用されている大型のサバイバルナイフ。
彼は自分に対して切りかかってきた兵士の攻撃を、そのナイフで見事にさばく。
その後懐に入り込んで首元を掴み、手前に強く引っ張り地面にねじり伏せた。
彼が行ったのは軍隊で使われる近接戦闘術、クローズ・クォーターズ・コンバット……通称CQCと呼ばれるもの。

「この女……うわぁ!」

今度は横から兵士が切りかかってきたものの、ジェームズは体を軽く横に動かし、すんなりとかわす。
そして剣を振り下ろした腕を掴み、その腕に向かって膝を大きく上げた。

「ぎゃあああ!!」

関節とは逆のほうに衝撃が加わり、腕があらぬ方向に曲がってしまう。
しかしジェームズは容赦なく、首根っこを掴んで前に投げ飛ばした。
気づけばジェームズを取り囲んでいた兵士は全員地面とキスして気絶していた。

「なんなんだ……あれがエリスなのか!? こうなったら……」

階段の上からジェームズの無双劇を見ていたシャルルが右腕を天に掲げる。
掌の上に小さな火の玉が形成され、それが次第に大きくなってゆく。
魔法……それこそが掌で大きくなっている火の玉の正体である。

「ファイアーボール!!」

そう叫んだシャルルは上げた右手を階段下で暴れているジェームズに向かって振り下ろす。
大きくなった火の玉はそのまま真っすぐジェームズに飛んでいき、獄炎の業火で彼の体を焼き尽くそうとした。
結果、シャルルが放った火の玉はジェームズのいた付近に着弾し、辺りは黒い煙に包まれる。

「ふん……さっきは驚いたが所詮はこんなものか。無様な最期だったな」

「誰が無様だって?」

「なんだと!?」

魔法が命中し、死んだと確信したシャルルだったが、黒煙の中から聞こえたのは更に絶望に導く乙女……ではなく男の声だ。
次第に黒煙が晴れていき、隠れていたジェームズが姿を現す。
彼は近くにいた兵士を盾にし、先ほどシャルルが放った魔法を防いだのだ。

「あの時の不意打ちは流石にもう勘弁だからな。お前の事は警戒していたさ。さて……そろそろお前の事をボコボコにしてやる!!」

「や、やめろおお!!」

「シャ、シャルルさまああああ!!」

王子はジェームズの怒りに満ちた表情を見て、心の底から恐怖に支配され、ついに錯乱状態に陥る。
隣に抱いているマリアも化粧が崩れ落ちるほど泣き出し、百合の花のような乙女とは程遠いひどい顔になる。
こういうのを顔面土砂崩れというのだろう。
一方のジェームズはそろそろ頃合と見たのか、魔法を防ぐ盾にした兵士をそのあたりに放り捨て、階段の上にいるシャルルとマリアに向かって走り出した。

「く、来るな来るな来るなぁぁぁぁ!!」

シャルルはパニックになり、左手を開いてジェームズに向け、ファイアーボールを次々と連発する。
しかし恐怖のあまり、まったく違うところに飛んでいき、周りの貴族たちのほうに飛び火してしまう。

「きゃあ!!」

「熱い! ここにいては危険だぁ!!」

大広間がパニックに支配され、この部屋にいた集合していた貴族たちは急いで部屋を出ていく。
しかしジェームズにとって貴族がいなくなるのはかなり好都合だった。
なぜなら、これからこのクソ王子をボコボコにするのだから。
そのため誰かに見られていると非常に面倒である。

「ひ、ひいいいい!!」

「捕まえた。さぁて王子……お仕置きの時間だ。歯ぁ食いしばれ!!」

右腕をジェームズにつかまれ、ついにあとがなくなった。
剣を引き抜いていれば彼にも勝算はあったかもしれないが、あまりに近すぎる。
もはや抵抗すら叶わない。

「まずは……これだ!」

「ひぎいいいい!!」

ジェームズは掴んだシャルルの右腕をそのまま背後にねじるように回す。
地獄のような痛みにシャルルは顔に苦悶の表情を浮かべ、今にも泣きたい気持ちで一杯だった。

「次は……おらよっと」

「いだいいだいいだいいだい!!」

次に右腕を掴んだままシャルルの背中を足でけり倒す。
更に倒した王子の背中を足でぐりぐりと背骨辺りを押し付ける。
しかも今のジェームズはエリスの体……女であり、今彼はヒールをはいている。
そのヒールの踵がシャルルの背中を容赦なくえぐる。

「最後に……ホームランでもかまそうか。ほらたて!」

「ひゃ、な……何を……ぶへぇら!!」

とどめにジェームズは倒したシャルルを無理やり起き上がらせ、右手に魔法で創造した金属バットを握りしめる。
狙うは彼の顔面ホームラン。
腰を下げてバットを構え、彼は仕上げに王子の顔面に見事なフルスイングをぶちかました。
イケメンであったはずのシャルル王子の顔面はもはや醜い顔になり、とても見ていられない。

「さて、王子はこれくらいにして……次はお前だな」

「た、助けて……」

シャルルをぶちのめしてすっきりしたところで、今度は横にいたマリアの番だ。
この女はエリスから王子を横取りした上に、無実の罪をエリスに着せようとした最低の女。
本来であれば女性に手を出そうなど最低の行為だが……生憎と今はジェームズも女だ。

「ほらほら! 俺と遊ぼうぜ!」

「きゃあ、こ、来ないで! 来ないでぇぇ!」

自分には手を出さないでとマリアは泣きながら命乞いをする。
美しい女が命乞いをすれば、相手が男であれば許してしまうかもしれない。
だが生憎とジェームズは……

「ほぉら、捕まえた!」

許す気はない。
彼女の右腕を掴みこちら側に強く引っ張り、ジェームズは右腕の肘でマリアの顔面を強く叩きつけた。

「いぎゃああ!!」

「ほらほら!!」

次に右腕に肘を叩き落し、背負い投げでマリアを豪快に投げ飛ばして、とどめに彼女の左腕にヒールの踵を落とした。
地獄を見ているかのような痛みが彼女の腕に襲い掛かり、マリアはシャルル同様、苦悶の表情を浮かべる。
両目から大粒の涙が滝のように溢れ、気分を美しく着飾った化粧が涙で崩れる。
もはや美しき姫などではなく、ただの妖怪だ。

「あーすっきりしたー!」

ただ一人、荒れ果てた大広間にてジェームズのその一言だけが強く響いた。

数時間後、家に帰ってきたジェームズは両親に王子をボコってきたと伝えると、父親は顔を真っ赤にして激怒した。
しかしジェームズはそんなこと知らんと開き直り、一度部屋に戻ると、ある準備をした。
着ていた高価なドレスを乱暴に脱ぎ捨て、下着姿になる。
エリスの体なので当然着ていた下着は女物だが、この際仕方ないと割り切り、彼は空想創世魔法であるものを作り出した。
生前着慣れたアメリカ軍の軍服を作り、それを慣れた手つきで着る。
そして次に装備を作り出した。
生前、嫁のように長く愛した彼専用のアサルトライフル、M16と、M9と呼ばれるハンドガン。
他にも500MILLSと呼ばれるショットガンとM67と呼ばれる破片手榴弾……グレネードを6個ほど生産した。
そして最後に先ほどの戦闘でも使用したサバイバルナイフを右手に握りしめ、左手で長い髪を纏めると、ジェームズは長い髪をそのまま切り落とした。
床にはらりと落ちる、エリスの時には大事にしていた長い髪も、ジェームズからしてみれば戦闘の邪魔になるもの。

「さてと……じゃあ行くか」

数時間後、ジェームズはメルフェルク王国の国境付近にいた。
理由は単純、先ほどあの王子とマリアとかいう女をボコった結果、彼は指名手配されたからだ。
このまま国内にいれば捕まって死刑になるのは目に見えている。
なのでジェームズはあの王子の手が及ばない、国外へと逃亡しようとしていた。
彼は現在、女性が乗るにはかなり大きい大型バイクに乗り、エンジンをふかしながら先ほどまで自分がいた城を眺めている。

「さてと……あの王子をボコったことだし……どうしようかなー」

これからの彼の予定は……逃亡、これに尽きる。
もしかしたらこれからも追手が来るかもしれない。
だがそれも彼にとっても、悪くはないと考えている。

「そういえば……こういうのって冒険者って職業があるんだよな。それになるのも悪くはないか」

にやりと笑ったジェームズはサングラスをつけて、更には煙草を口に咥え、火をつけると思いきり吸い込んで、灰に煙を貯める。
吐き出された煙が宙に舞い、空に昇っては消えていくの見ると、彼はエンジン音を唸らせ……

「じゃあ隣国へと逃げるとするかー! じゃあなー! なんとか王国ー! 数時間だけだが楽しかったぞー!」

その場でバイクをクイックターンさせて、マフラーから黒煙と轟音を巻き散らかし、隣国へと走らせていく。
国中に指名手配されて追われる身になりながらも、ジェームズはこれから先、何があるのかと……そんな期待に満ちた表情をしていた。
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